第44話 美那の心情⑧

 みんなに(ごめん)と心の中で思いながら悠太が待つ店に急いだ。店に着いて店内に居るであろう悠太を探した。窓際に座って携帯を見ている悠太を見つけた。

「悠太、お待たせ。」向かいに座る。

「俺も今さっき来た所。まだ注文してないんだ。」

「お腹空いたから食べていい?」

「俺もお腹空いた。」二人でハンバーグセットを頼んだ。お互いに他愛無い話をして美味しい食事を食べて、ただ、それだけなのに私はとっても楽しいと思っていた。今日の出来事が無かったように、二人の時間を満喫していた。食事が終わり店を後にした。二人で手を繋ぎながら歩いた。

「美那、今日はバイトあるの?」

「うん、夕方から…。」

「そっかぁ。」

「悠太は今日バイト無いの?」

「今日は休み。じゃあ、美那の出勤まで時間潰ししよう。」

「うん、ありがとう。」幸せな時間。この時間がいつまでも続くといいな。二人で色んなお店に入って、お互いに似合いそうな洋服、可愛い小物や綺麗な食器を見て回った。私はいずれ悠太と一緒に住みたいと思っていたし、その時の部屋の模様なんかも思い浮かべながら見ていた。楽しい時間は直ぐに過ぎてしまう。

「そろそろ時間じゃん。バイト先まで送るよ。」

「うん…ありがとう。」と言いながら下を向いて、しょぼくれていると悠太が頭に手を置いた。驚いて悠太の顔を見上げた。

「元気だせ。これからバイトだろ。店員がそんな気負ちした顔してたら美味しいご飯も不味くなるじゃん。」と私の顔を覗き込みながら言った。悠太の顔が笑ってる。悠太の笑顔に励まされた。

「そうだね。バイト、頑張るよ。」

「そうだ、その調子で頑張れ。美那は笑ってる顔が可愛いんだから。な。」悠太の言葉に頬が熱くなるのが分かった。私、今、顔が真っ赤かもって恥ずかしくなった。でも、幸せだから気にしない。世界中が私たちを祝福してる位、幸せを実感していた。

「あれっ、里中さんじゃない?今、噂の。」その言葉に今まで味わっていた幸福感はいとも簡単に去って行った。振り返ると、大学で私に事故の事を言ってきた人達だと直ぐに分かった。全身の血の気が一気に引いていくのが分かる位に寒気がした。それと同時に心臓の鼓動も早く波打っていた。何でここで会うの?最悪…。

「大学、途中で帰ったのって彼氏さんと遊ぶ為だったんだ。へぇー、羨ましい。親が大変なのに気にしないのね。」止めて!悠太に話さないで!私は心の中で叫んでいた。隣に居る悠太は何の事を話しているのか解らず、その人たちを前に何も言わずに立ち尽くしていた。

「貴方たちには関係ない事じゃない。」怒りが沸々と沸いてきていた。

「そうよね。関係ないわよね。で、彼氏さんには言ったの?」私は絶句した。どうして悠太の前でそんな事…。

「止めて!言わないで!」思わず大きな声を出してしまった。私の声に驚いた悠太が私の方に振り返った。

「美那、どうした?この人たち、何を言ってる?」やばい、やばい、どうしよう…。

「悠太、何でも無いの。行こう。」悠太の手を引いて足早にその場を離れた。私たちの後ろを大学生たちは薄ら笑いして見ていた。もうこの場所を一刻も早く離れたい。そう思いながら足早に歩いていると急に手を引かれて足が止まった。悠太が私の手を引いたからだった。驚いて振り返ると悠太の顔は、怒りと悲しみが混じった様な複雑な顔をしていた。悠太のこんな顔、初めて見た。

「美那、俺に何か話す事ない?」

私はもう悠太との関係がこれで終わりだと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る