第35話
俺は管理人が何を言っているのか理解できなかった。
「美那が生きていないとはどういう意味ですか?」心臓の鼓動が早くなり、その振動が声に現れていたのか、俺の声は小刻みに震えていた。そんな俺たちの会話を聞いていた学生たちも管理人の言葉に驚き、声を失い顔を見合わせていた。
「とにかく私たちが中に入るには警察の立ち入りが必要です。」と言いながら警察に連絡していた。俺の頭の中は混乱し何が何だか解らず、管理人の言う事に従うしかなかった。暫くすると警察車両が来た。二人の警察官に管理人が事情を説明していた。最後の方は俺に聞こえないよう小声で話していたので、何を話しているか分からなかった。その後、警察官が
「中を確認します。」と言ってきた。俺も一緒に中に入ろうとすると、今度は警察官に止められた。
「俺は美那の父親です。中に一緒に行きます。」と懇願したが
「現場の状況を確認してからでないとご家族と言えども入れませんので、こちらでお待ちください。」俺は管理人と一緒に玄関前で待つしかなかった。
(美那、何があった?)(何かあったらお父さんに連絡くれって言ったじゃないか)俺の心の声が叫んでいた。
暫くすると中に入った警察官が出てきた。
「事情を聴きたいので、ここに居る方々は警察署にお願いします。」
「ちょっと待って下さい!美那に合わせて下さい!」
「申し訳ありません。現場の保存と遺体検証の為、中に入る事もお嬢さまに合わせる事も出来ません。」俺はその場に膝をつき項垂れた。
遺体って……美那が死んでる?美那が死んだ?美那が俺より先に死んだ?何故?美那が死んだなんて信じられない。信じたくない。嘘だ。誰か嘘だと言ってくれ。
「お父さん、心当たりはありますか?」警察官に聞かれたが
「…全く…分かりません…。」…俺が分かる訳ないだろ…俺が聞きたいのに…。
「分かりました。では署の方で部屋に来た詳しい内容を伺わせてもらいます。」俺は管理人に支えられながら一旦、管理人室に移動した。管理人から
「申し訳ありません。部屋の中に入る事が出来なくて…。」と謝られた。
「実は以前にもこのような事がありまして…。」と前にマンションで起きた事を話し始めた。
マンションの管理人になって間もない頃に、逸り連絡が取れないと家族が心配して訪れたとの事。その時、家族と一緒に部屋に入ると物凄い異臭がして何の臭いか分からず、鼻を抑えながら家族と一緒に住人を探すと、奥の部屋で首を吊って自殺していた。その時、家族の方は失神して意識を失ってしまった。その後、警察に行き事情を聴かれ、帰宅したのは二日後だったとの事。警察は管理人を疑い、説明しても一緒に中に入った家族の意識が戻らず、管理人の話だけでは中々信じてもらえなかった。家族が二日後に意識を取り戻し事情を説明した事で、やっと帰してもらったらしい。そんな事があって、その時の異臭は今も忘れられないと言っていた。だから美那の部屋のドアを開けた瞬間の臭いで「あの時と一緒だ」と分かったらしい。そこで俺が子どもの遺体を見てしまったら失神して、その時の家族と同じようにショックを受けてしまうと心配しての行動だったと話してくれた。また、現場を荒らすと事件と思われてしまう事も、その時に実感したので俺が入ろうとしたのを頑なに止めたのだと分かった。
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