第32話
ユリと一緒に部屋の片づけを始めた。
「あいつ、よくこんなになるまで暴れたな。」と苦笑すると
「私もあの子がこんな事するなんて驚きましたよ。見たことが無い顔してたので本当に生きた心地がしなかったわ。」と大きなガラスの破片を拾い袋に入れていた。
「そうだろうな。未だに俺も想像できないから。」龍之介の異変に薄々は気付いていたものの、まさかこんな事をするまで、あいつが追い詰められていたとは分からなかった。ユリが警察から帰宅する前に父親としてもう少し歩み寄っておけばよかったと後悔した。
次の日、俺は田所主任に連絡を入れた。
「主任、申し訳ありませんが暫く休暇を頂きたいのですが…。」
「どうかされましたか?」業務的な返答だった。俺は余り理由を言いたくなかったが、会社を休むにはそれなりの理由が必要だという事は社会人として常識だと思っているので、ここは隠さずに話さなければと思った。
「実は家内の体調が悪いので…。」と言うと電話の向こうで「フフッ」と含み笑いのような声が聞こえた。一瞬、聞き間違えかとも思ったが、この主任ならあり得るんじゃないかとも考えた。
「そうですか、無理しないよう奥さんに伝えて下さい。こちらの仕事は特に急ぎではないので、きちんと回復されるまで休んで頂いて構わないですから。」と楽しんでいるような声だった。やはり、この人は苦手だと実感したが、ここは俺の方が立場が低い。なので嫌味であっても耐えるしかないと思った。
「申し訳ありませんが、宜しくお願いします。」と言って電話を切った。隣で聞いていたユリが
「ごめんなさい。私の事でまた仕事を休んでしまって…。」と気にしていた。
「いいんだよ、家族なんだから。今までは子どもの事をユリに任せっきりにしていた俺にも責任あるし、龍之介は俺たちの子どもじゃないか。これからは二人で協力していこう。」
「…貴方…ありがとう。」と目に涙を潤ませていた。
家の外壁には今も(人殺し)(この町から出ていけ)などと書いた紙が貼られていたり、酷い時にはスプレーで悪戯書きをされた事もあった。多分、夜間に記者やカメラマンが居なくなった時に悪戯に来ると思われる。俺の日課は、人が少ない早朝に外に出て外壁に悪戯されていないかを確認する事から一日が始まる。日中は悪戯電話や記者の対応なども未だに続いていた。事故を起こした直後よりは減っているものの、こんな状況の中で家に閉じこもっていては、真面な人間だって可笑しくなる。やはり二人を家に残して仕事に行くのは暫く無理だと実感していた。
あれから龍之介の食事はユリが作り、俺が運ぶよう分担していた。ユリはあの時の龍之介の顔が忘れられず恐怖で二階には上がれないと言っている。リビングの散乱状態を見れば、俺だって恐怖でしかないと思う。下手すれば龍之介がユリを殺していたかもと思うと生きた心地がしない。龍之介に多少の理性があって良かったと今は思う。外壁の確認が終わり、家に入り龍之介のご飯を二階に持っていこうとした時、俺の携帯が鳴った。画面には美那が借りているマンションの大家からだった。
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