第30話

 家に近づくと俺の帰宅に気が付いた記者の一人が

「今、仕事からの帰宅ですか?奥さんは家で何していたのですか?」そんな事、仕事に出ていた俺が知る訳ないだろうと思ったが無視した。

「日中、家の中から衝撃的な音が多数聞こえましたよ。お子さんと奥さん、大丈夫ですかね?」その言葉に驚き、記者を凝視するとさらに続けて

「ガラスの割れる音とか、お子さんの怒鳴る声が聞こえましたよ。」俺は急いで家に入った。家の中は記者が言っていたような音は何も聞こえない。むしろ無音と言ってもいい程、静かだった。玄関から廊下は特に変わった様子は見られていない。記者が言っていた事は本当なのか?と疑っていた。恐る恐るリビングのドアを開ける。リビングはガラスというガラスが割られ、テレビや観葉植物は倒れて足の踏み場も無い状態になっていた。まるで泥棒が入って荒らしていったような酷い状態だった。俺は床に散乱している物を避けながら、ゆっくりと中に入る。ユリは何処だ?龍之介の姿も見えない。二人に今日、何があったんだ?リビング横の和室に正座して項垂れているユリを見つけた。ユリに駆け寄り声を掛けた。

「ユリ、大丈夫か?」俺の言葉に顔を上げた。その顔を見て衝撃を受けた。顔が傷だらけで目は腫れていた。

「どうした?何があった?」

「貴方、お帰りなさい。ちょっと龍之介と揉めて…。」と言った途端、目からは溢れんばかりの涙が零れた。

「揉めたって…。だからと言ってこんな状態になるのか?龍之介に聞いてくる。」と俺が立ち上がろうとした瞬間、ユリが俺の手を取り

「止めて!」と制止した。

「何で?俺が居なかった間の事を聞かないと解らないじゃないか。」

「私が話しますから。お願いします。龍之介は悪くないから。お願い。」と懇願した。ユリの必死な様子に「分かった。」とユリの傍に座ると、静かに話し始めた。部屋に引き篭もっている龍之介に食事を運んだ。持って行った時は何も声はかけなかった。一時間後に食器を回収しようと二階に上がるとまだ器が廊下に出ていなかったので声を掛けたらしい。

「龍之介、ご飯どうだった?」部屋からは何の返答も無かった。

「ごめんね。龍之介に辛い思いさせてしまって。学校、行けなくなって申し訳ないと思ってる。でもね…。」と続けて話そうとした時にドアが開いた。中から出てきた龍之介の顔は尋常じゃない程、怒りに満ちていたという。

「煩いんだよ。俺に話しかけるな。あんたが事故ったせいで俺の人生がめちゃくちゃになった。」と言いながらユリに詰め寄って来たらしい。今まで見たことが無い龍之介の顔と態度に恐怖を感じて急いで一階に下りた。だが、龍之介の怒りが頂点に達してしまったのか、ユリを追いかけて来たとの事。龍之介の手にはバットが握られていてユリは「殺される」と思ったらしい。

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