第28話

 嶋さんから仕事を教えてもらいながら少しずつデータ入力を始めていた。資料は昭和の物が多く、データ化が終わっていない状態だった。部屋の中は資料を捲る紙の音とパソコンを叩く音だけが鳴り響いていた。前は他社員と打ち合わせや会議を行いながら仕事を進めていたので、こんなに何時間も人と会話をしない事が今まで無かった。初めは他の社員を気にする事無く仕事に集中出来ると思っていたが、数時間もこの単純な作業をしていると人恋しくなったり、色々な事を考えてしまう。ふっと、この膨大な資料に対して社員の人数が少ないと思い、資料室は田所主任と嶋さん以外には居ないのかと気になった。

「嶋さん、俺達以外に社員は居るのでしょうか?」隣でパソコンを操作していた嶋さんに聞いた。

「いません。」とパソコンから目を離すことなくキッパリと答えた。俺はその態度に違和感を覚えた。聞いてはいけない事だったのかと不思議に思っていると、背後から

「この資料室は三人しか居ませんよ。」と田所主任が答えた。俺は突然の声に驚き、何故か謝ってしまった。

「すみません。」

「いえ、いいですよ。」とまたあの薄ら笑いをしていた。俺はこの人の薄ら笑いが嫌いだと実感し嫌悪感を抱いた。この時、田所主任とは馬が合わないなと感じた。

「里中さんは今日、配属になったから知らないと思いますが、この資料室の仕事には限りがあるという事ですよ。」田所主任が何を言っているのか理解することが出来ず聞き返した。

「それはどういう意味ですか?」

「聞きたいですか?」

「教えて頂けるのであれば是非知りたいです。」と懇願した。

「そこまで知りたいのであれば教えますよ。昔は紙ベースで仕事をしていましたが、平成からパソコンが普及しましたよね。会社もその当時からパソコンを取り入れ始めたんです。それで紙ベースが無くなっていったんです。ということはこの資料室は紙ベースの時の資料しか無いという事です。なので打ち終われば終了です。」とまた薄ら笑いを浮かべた。俺は笑っている場合ではないのではないかと疑問に思った。この作業が無くなれば俺たちの仕事が無くなる訳だから、今後の事を心配しなきゃいけないのではと田所主任の態度に不信感を得た。

「だから、そんなに頑張らなくてもいいですよ。適当に休憩取ってのんびり仕事して下さい。」

「でもこの仕事が無くなれば、他の部署に異動になるのではないでしょうか?それだったら早く終わらせて希望する部署に異動しましょうよ。」

「あんた、自分のした事が解ってないな。」

「どういう意味ですか?」

「ここで仕事しているという事は何かしら問題があっての事だよ。あんたの事情は部長から聞いてるけど、俺たちの事情は知らないだろ?人間生きていれば何かしらの問題が出てくるもんだよ。会社としては戦力外の人間は要らないという事だ。だが簡単に首にすると行政への説明がいる訳よ。じゃあどうするか…もう分かったか?ここはお払い箱って所。」

「そんな…」

「あんた、そんな事も判んなかったの?何年この会社で働いてたの?上層階の人はめでたい人だったんだね。クククッ。」と嘲笑いをしていた。知らなかった。こんな墓場のような場所が存在していたとは。会社の為に精魂尽くして働いてきた俺がこんな所で、こんな人を馬鹿にするような奴と一緒に終わって溜まるか。絶対に這い上がってやる。また上層階で仕事するんだ。こんな薄暗い場所で終わる俺じゃない。終わってなるもんか。俺はパソコン入力の仕事をしながら、どうしたら希望の配属先に移動出来るのかと試行錯誤する日々を送る事になる。

 

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