第14話

 事故から半月が過ぎたようとしていた。

毎日のように報道記者やカメラマンが家の周りを囲み、俺たちの様子を伺っている。虐めを受けてから龍之介は学校を休んでいる。先生に言われ事もあるが、記者が張り込んでいて出られないのもあった。初めはリビングで一緒に食事をしていたが、最近は部屋に籠るようになってしまった。声を掛けても無反応で出て来ない事があるので、食事を部屋の前に置くようにしている。暫くすると空の食器が廊下に出してあるから、ご飯は食べられているんだと少し安心している。

 俺の携帯が鳴った。画面には弁護士の名前が出たので慌てて通話を押す。

「もしもし里中です。」

「弁護士の岡部です。奥様の釈放が決まりそうです。」突然の事で驚きと嬉しさが混じり混乱していた。

「本当ですか?」と確かめるように聞いた。

「はい。逃走の恐れもないと認められましたので、近いうちに出て来られると思います。」

「有難うございます。」余りの嬉しさに椅子から立ち誰も居ない部屋で何度もお辞儀していた。

「ですが、まだ終わった訳ではありません。被害者の方には誠意を持って接していきましょう。」

「分かりました。これからもお願いします。」と言って電話を切った。弁護士の誠意と言う言葉が重くのしかかった。だが、これで少しずつ元の生活に戻る事が出来ると安堵した俺は玲子に電話を掛けた。

「…もしもし…」久しぶりに聞いた玲子の声に気持ちが安らいだ。

「もしもし…玲子。少し時間が取れそうだから行ってもいいか?」逸る気持ちを抑え静かに言った。だが玲子からの返事は無く、暫く沈黙が続いた。待ちきれなくなった俺が思いを伝える。

「…玲子、会いたい。」

「ごめんなさい。もう会わない方がいいわ。」俺の思いとは裏腹な答えが返ってきた。

「それは何故?もう俺の事が嫌になった?」

「違うの…」

「じゃあ、何故?」問い詰める俺の言葉に観念したのかゆっくりと話し始めた。

「…実は週刊誌が私の所まで来たの。」俺は愕然としたと同時に怒りが込み上げてきた。

「それはいつ?何処に来た?」

「…貴方の奥さんの事故から三日後位だったと思うわ」玲子の声が正気を失くしたように沈んでいた。

「何て言われた?」

「あの事故は奥さんが私たちの関係を知ってて悩んで考え込んでしまった結果、起きてしまったんじゃないかって…」

「そんな事ある訳ない。家内は俺たちの事に気付いてないよ。」

「貴方がそう思ってても奥さんは知っていたのかも知れないわ。」玲子の言葉にまさかと考え込んでしまったが

「…玲子、俺は別れたくない。今は無理でも落ち着いたらまた以前のように会いたい。」沈黙が続いた。すると電話の向こうで小さな溜息が聞こえた。その溜息を聞いて、もう無理なんだと俺は悟った。だったら俺から別れを言う方が玲子にも負担を掛けずに済むのではないかと思い

「ごめん、玲子を困らせた。もう会わないにしよう。今まで有り難う。本当に俺は玲子を…」これ以上言ったらまた引き返せなくなってしまいそうだったから咄嗟に口を押さえた。

「…私の方こそ有り難う。楽しかったわ…こんな事がなかったら…」電話の声が微かに泣いているように聞こえた。それを聞いただけでもう充分だと、俺たちはお互い思いが繋がっていたと実感出来た。

「さよなら、幸せにな。」と言って電話を切った。玲子という大切な存在を失い喪失感に襲われていた。

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