第5話

「行ってきます。」玄関先でユリに靴ベラを渡しながら言った。

「行ってらっしゃい。気を付けて。」

「あぁ。」今日も変わらない毎日が始まる。

無難に仕事が進み、昼休みに入ろうとした時に内線が鳴った。

「はい、里中です。」総務部からだった。

「課長、警察からお電話が入っています。」

「警察?」

「はい。」俺の頭の上で疑問符が飛び交っていた。

「分かった。」俺は外線を押した。

「お待たせいたしました。里中です。」

「こちら県警察ですが、里中仁さんでお間違えないでしょうか?」

「はい、そうですが、何の要件でしょうか?」

「里中ユリさんは貴方の奥様で間違いないでしょうか?」

「はい、ユリは家内ですけど。」

「本日の午前十時半頃に交差点で事故を起こしまして警察の方で身柄を確保しております。」

「身柄を確保って…逮捕って事ですか?」

「そうなります。右折する際に直進車が来ている事に気付かずに曲がり、ぶつかった弾みで歩行者を撥ねてしまったという訳です。怪我をされた歩行者は現在、意識不明の重体でして…。」

「そ、そんな…。」

「警察の方で事情聴取をしております。」

「分かりました、直ぐに行きます。」

「いえ、来て頂いても面会は出来ませんので、弁護士を手配された方がいいと思います。」

俺の頭の中はパニックだった。朝、出かける時はいつもと変わらないユリだった。なのに何故?警察からの電話を切ったが放心状態で動けなかった。

「課長、大丈夫ですか?」俺の異様な状態を見ていた武田君が声を掛けた事で我に返った。

「あぁ、大丈夫だ。心配してくれてありがとう。」

「いえ、昼飯に行きませんか?」

「申し訳ない、ちょっと所要が出来て早退させてもらうよ。」

「え、具合でも悪くなりましたか?」

「いや、俺は大丈夫。午後の仕事に支障が出ないよう部長に頼んでおくから、後は頼んだ。」

「は、はい、分かりました。」俺の切羽詰まった様子を察したのか、それ以上は聞いてこなかった。俺は部長にユリの件を話、早退の手続きをし帰り支度をした。

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