第3話

焼酎を飲みながら玲子の作った料理を食べ始めた。

「今日もお疲れ様。一日何事もなく無事に済みましたか?課長様。」と顔を少し傾けながら微笑む玲子の姿が可愛いと思って暫く見つめていたが、「何事もなく無事に」の言葉で今日の失態を思い出してしまった。その瞬間、大きな溜息が出た。

「あら、その様子じゃ何かあったのね?」悟ったように玲子が俺の顔を覗き込んだ。

「そうなんだよ。今日はトラブルがあってさ、また部長に謝罪したよ。中間管理職の定めだな。」と溜息混じりに水沢君の失敗を玲子に愚痴っていた。そんな俺の話に対して玲子はいつも肯定も否定もせずに「うんうん。」と相槌をしながら聞いていくれる。玲子のこういう所が好きなんだよなと改めて思っていた。ここに来ると溜まっているストレスが浄化されていくのがよく解る。だから玲子との関係は止められないと思う。


 ユリにはしない話…と言うか出来ない話。結婚当時はユリも俺の話を聞いてくれていたが、美那が産まれて、初めての子育ては解らない事ばかりで夜泣きなど大変そうだった。俺の仕事に支障が出ないように気も使ってくれていたが、俺よりも子どもが一番と優先順位がいつの間にか変わっていた。それは仕方のない事だと俺も納得している。三年後に龍之介が産まれて益々子ども達にかかりっきりになり数年後、子ども達にも手がかからなくなって、やっと余裕が出てきた時、今度は親の介護が始まった。また亭主の順位は二番になった。これも仕方ないと思っている。まして俺の両親なのだから、逆に感謝している。ユリが家族に時間を使っているので俺の話を聞く余裕なんてある訳がない。だからと言って浮気をしていい訳ではない。でも仕事のストレスは溜まる。それで嫌な事があるとついつい玲子に甘えてしまうようになった。

 玲子は取引先の受付嬢をしている。俺が何度か取引先に伺う内に顔見知りになった。初めは敬語で話していたが何度か伺う内に他愛無い話をするようになっていた。俺は玲子の事をもっと知りたいと思うようになっていった。ある時、玲子が一人で受付していたので思い切って食事に誘ってみた。その時の玲子の顔は驚き,

警戒しているような表情を見せていた。とても美味しい店があるから一緒に行きませんかと誘った。玲子と他愛ない話をする中で食べ物の話が多かったから俺はこの時のために「美味しい店」を探した。その努力もあって

「是非その美味しい店に行きたいです。」と了解してくれた。それから何度か食事をするうちにお互いの仕事に対する考え方や価値観、人に対しての好し悪しの境界線が似ている事に気が付き、食事をする度に意気投合していた。二人の距離が徐々に縮まってきていた。そんなある日、いつものように玲子との食事が終わりお互いが帰路に着こうとした別れ際に玲子が

「もし良かったら家でお茶でもどうですか?」と恥ずかし気に俯き加減で言った。俺ももっと一緒に居たいと思っていた。

「美味しいお茶を入れてくれますか?」

「はい。」二人で見つめあいながら笑っていた。それからは仕事帰りに玲子の家で過ごす事が多くなっていた。

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