第17話

 隣の席の徳大寺さんは、少し変わっている。


 一見地味で目立たないけれど、肩下まである黒髪はサラサラで、とてもいいにおいがするということに最近気が付いた。

 そんな徳大寺さんの髪が、今日は特に綺麗に見えた。


「昨日ね、美容室へ行ったの」

「そうなんだ。いつもに増して髪がサラサラしているなぁって思ってたんだ」


 僕がそう言うと、徳大寺さんは何故か頬を赤らめた。


「あ、あのね。それで、美容室に行くといつも困ることがあるの」

「困ること?」

「シャンプーの時、痒いところありませんか?って聞かれるじゃない?」

「あぁ、そうだね」

「どう答えるのが正解なのかなって。顔にガーゼのようなものをかけられるでしょう?あれがムズムズしてしまって。痒いところありませんか?って聞かれて、正直に鼻が痒いですって言ったの。そうしたら、時が止まったわ……」

「そっか。僕はいつも反射的に“ありません”って答えちゃうからなぁ」

「それを前提として尋ねているのかしら?それなら、儀礼的に訊かないでほしいわ……」


 珍しく、徳大寺さんは表情をくもらせた。

 正直に答えたものをスルーされたのだから、悲しく感じるのは当然だと思った。


「もし痒いところがあっても、場所は説明しづらいよね」

「そうよね。額の中心から右に155本目あたり……なんて言っても、分からないわよね」

「数えるだけで時間かかっちゃうね」

「やっぱり、痒いところはないと嘘をつくのが、一番なのかしら……」

「そう考えると、世知辛いね」

「本当ね。世の中、世知辛いわ……」


 なんとなく、吹く風が冷たく感じた。


「ちなみに、顔にかけられるガーゼのようなものの正式名称を調べたら、フェイスガーゼというとても普通のネーミングだったわ」


 やっぱり、隣の席の徳大寺さんは、少し変わっている。

 でも、どんな些細なことでも真剣に考える彼女のことが、僕はとても好きだと思った。

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