第18話

 隣の席の徳大寺さんは、少し変わっている。


 でも、最近は表情が明るくなった、と一部の男子の間で話題になっているらしい。

 僕は、少し複雑な気分だった。


 ここのところ徳大寺さんは、毎日弁当を作ってくれるようになった。

 負担にならないか心配だったけれど、もっと料理を勉強したいと言うと、お母さんが喜んで任せてくれるようになったらしい。


「今日はね、白身魚のフライを作ってきたのよ」

「やった。僕、大好きなんだよ」

「そうなの?よかった。謙介くんメモに追加しておくわ」


 ……謙介くんメモ、とは。

 見てみたいような気もするし、ちょっと怖い気もする。


「ソースはこれを持ってきたわ」

「ありがとう。いただきます」


 徳大寺さんが差し出したのは、ウスターソースの小袋。

 さっそくそれをかけて、大好きな白身魚のフライをいただくことにした。


 小袋はマジックカットになっていて『こちら側のどこからでも切れます』と書いてあるものだ。

 それなのに“こちら側のどこから”も切ることができない。


「開けられない?」

「うん、どこからも切れないね」

「どこからでも切れますって、書いてあるのに……」

「そうだよね。どこからなんだろう」

「ちょっと貸してみて」


 徳大寺さんに小袋を手渡した。

 反対側から開けようとしたり、横じゃなく縦に開けようとしたり、いろいろと試みているけれど、やっぱりどこからも切ることができない。


「……分かったわ」

「なに?」

「どこからでも切れます、というのは……どこから開けようとしても絶対に開かなくてキレます、ということなのね……」


 やっぱり、隣の席の徳大寺さんは、少し変わっている。

 その後、僕はソーイングセットを持っていることを思い出し、そのハサミで小袋を開けて無事に白身魚のフライをいただいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る