第3話

 隣の席の徳大寺さんは、少し変わっている。


 教室では相変わらずひとりで本を読んでいるけれど、ブックカバーを何種類も持っていることに、僕は最近気がついた。

 きっとそのひとつひとつにも、名前がついているんだろう。


「僕の部活が終わるまで2時間以上あると思うけど、それまで何してるの?」


 ある日の帰り道、僕は徳大寺さんに尋ねた。


「図書室にいるの。いろいろと、調べたいことがあるから」


 予想通りの答えだった。

 うちの高校の図書室はとても大きくて、蔵書数は10万冊ぐらいらしい。


「今日は何を調べてたの?」

「私、いつも帰りに本屋に寄るんだけどね」

「うん」

「なぜか、よく御手洗いに行きたくなるの。この現象について、調べていたのよ」

「そうなんだ。何か分かったの?」


 徳大寺さんは頷いて、いつものように笑顔を向けてきた。


「青木まりこ現象っていうんだって」

「へぇ。そうなんだ」


 ……ん?青木、まりこ?


「ところで、青木まりこって、誰?」

「1985年当時29歳で杉並区在住だった、一般女性よ。この現象のことを、雑誌の読者欄に投稿した人なの」

「へぇ。そうなんだ」

「うん」

「じゃあ、本屋に行く前にトイレを済ませておいた方がいいね」

「そうね。もしもの時のために、本屋の御手洗いの場所を確認することも大切ね」


 やっぱり、隣の席の徳大寺さんは、少し変わっている。

 

 結局、トイレに行きたくなる原因は、よく分かっていないらしい。

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