第45話 叔父、ディア・キリスティス(Side.アルフレッド)

※空白の3年間の間の出来事です。王弟であり叔父が登場します。




 それは一年と少し前のこと。


(どうしたもんかねぇ……)


 俺は星古学の研究室の奥の奥で、王家と教会関連の書物を読み漁っていた。

 内容は勿論、双方が記録し開示している聖女に関してだ。


(マリアの聖女の力はまだ外部に漏れてないけど、強制力が働けばあの子は間違いなく聖女候補として教会預かりになる。そうなれば聖女認定式は避けられないだろうし、強制的にマリアは聖女に担ぎ上げられてしまう……)


 どうにかして聖女候補にならずに済むか、若しくは聖女認定式でマリアが聖女に選ばれないか――要は回避対策を練るために、俺は教会と王家の歴史書を漁っていた。


 教会と王家は協力関係ではあるものの、本当にそれだけの関係だ。まず組織からして違うのに、王家と教会が混じる事は無い。

 そもそも、双方の価値観からして全く別。王家は神に敬意を払いこそすれど、聖女に国を導いてもらおう等という意志は皆無。「国を導き豊かにするのは王家であり貴族の義務である」これがこの国の王家の総意。

 一方、聖女の力で国を導こうという考えを持つのが、教会だ。聖女は邪を祓い、神から授かった力で国を豊かにし、人々を光の下へと導く……というのが彼らの言い分らしい。


 いやいや、一人の少女にそんな宿命押し付けるなよ。


(今は違うけど、数百年前までは聖女の役目を終えるのは次の聖女が見つかるか、聖女の力を発揮出来なくなるまでだもんなぁ。それ、奴隷とどう違うのよ……)


 先々代の聖女の時代から、漸く結婚も出来る様になり役目も早期に終える事になったものの、本人の意向を無視して、拉致の如く教会に押し込めて洗脳するのは今も変わっていないようだ。教会の本には記録されていないが、王家の書物にはバッチリと載っていた。

 けれど国立図書館には勿論、王立図書館にも所蔵されていないのを見ると、俺が知ろうとしなければ一生知らなかっただろう。教会との関係悪化を避けるにはここまでが妥協点なんだろうけど、当事者の少女があまりにも不憫だ。


(もっと隠されている事実がある筈だ。そこを突けば解決できるかもしれないのに……)


 国立図書館にはないだろうとは予想していた。だから王が認めた王立図書館には少なくともあるだろうと考えて赴いたものの、あまり差はなく所蔵数が多いだけだった。

 だからこうして星古学の研究室に来て調べているものの、所蔵数は他より圧倒的だが……これといった収穫がない。似たり寄ったりな情報にいい加減うんざりしてきた。


――アタシは、ノエルを守れる騎士になりたいの!


 マリアの真っ直ぐな意志。きっと心からそう思っているのだろう。

 最近、ビルの体調が優れないらしい。登城出来ない日が徐々に増え、訓練のない日が続いている。そんな中でも、マリアは日々鍛錬しているのだとノエルが話していた。彼女の本気は本物だ。嫌われているが同士として何とかしてあげたい……というより、イベント回避のためにも頑張ってほしい。


(最悪聖女認定されたとしても、騎士としてノエルの側にいさせる事が出来ないかねぇ)


 はぁ~ と、溜め息を吐いて背もたれに身を預ける。

 長いこと文字を追っていて目も疲れた。そろそろ休憩でも入れようかと思い立ったその時、本の山の上から見慣れない顔がひょっこりと現れた。


『おや? 本の砦におったのは、可愛い我が甥であったか』


 眉目秀麗な男は、俺の顔を見てニッコリと微笑んだ。


『……ディア叔父上』


 攻略本を捲るように、アルフレッドの記憶を漁る。


 ディア・キリスティス

 国王の弟であり、アルフレッド……今の俺の叔父だ。

 王位を巡る争いを避けるべく、早々に王位継承権を放棄し、臣籍降下した際にキリスティスの姓を承った人。その後は国内外を飛び回り、情報を集めては報告している。

 他にも、個人的に繋がる国との架け橋にもなれば、魔導師団や騎士団と似たような事もする、何でも有りな人だ。

 魔法も使えて剣も得意という……一体どんな超人だよと、思わずにはいられない人だ。


(まぁ、領地があると自由に動けないからって、本当に爵位と姓しか受け取らなかった破天荒な人でもあるけど)


 叔父上の逸話を聞くと、どうしても半目になってしまう。なんというか、自由過ぎて。

 彼は幼い頃から一カ所に留まる事が出来ない人だったらしく、護衛を付けずに勝手に色んな場所に飛び回っていたらしい。それも近所ではなく国内、時には国外に。帰って来るのは半月に一回や数ヶ月に一回という、国を行き来する外交官並の動きをするから、それはもう周囲は振り回されて大変だったという。お疲れ様です。

 本当なら謹慎ものだ。誘拐の危険や、それに伴い国の危機に繋がる行為をしているのだから、謹慎では甘いくらいなのだが、周囲は咎める事をしなかった。いや、出来なかった。


(情報という手土産があって、尚且つ旅の都度パワーアップしていたら、そりゃ誰も何も言えなくなるよ)


 何言っても駄目だろうと悟られたのかもしれないけれど、誰かに咎められたという話は全く聞かない。強いて言えば祖母である前王妃に母親として雷を落されたぐらいだ。

 単独行動のハイリスクではあるけれど、結果的に国にとって有益な行動に繋がっているので、駄目と強く言えないのだろう。領地授与を辞退したときに『だってそっちの方が自由に動けるじゃろ!』と公の場で言い放った人だけある。自由人過ぎるだろ。


(王位に興味がなく兄弟仲も良好なのも、彼の自由度を上げたのかもしれないなぁ)


 国王である彼の兄とは年が若干離れているが、兄弟仲は良好だ。実際、アルフレッドの記憶の中の二人は普通に兄弟していたくらい、良い関係を築いていた……決して表面だけとは思いたくない。


 そんな兄弟の外見は全く似ていない。

 国王は祖父である先代国王に似て、金色の髪に碧色の瞳をしている。アルフレッドはその遺伝子を色濃く受け継いだのだろう。物凄く似ている。

 対して叔父上は、先代王妃である祖母に似て、青み掛かった銀髪と、青紫の瞳を受け継いでいる。髪質は癖のある髪を持つ国王と違い、サラサラストレートだ。羨ましい。

 スラッとした身体に、切れ長の目。長い睫毛に透き通る青紫の瞳という、この繊細で完璧な外見を無視して老人口調なのが特徴だ。兄である国王も三〇と若く、口調もアルフレッドと同じで穏やか(俺のせいで今は違うけど)で、祖父母も隠居の身といえどまだまだ若い。口調だってじゃろうではない。一体誰に似たんだろうか……?


『どうした? こんな歴史書の山に埋もれおって』


 調べ物にも程があるじゃろ、という叔父上の言葉に意識が戻る。

 そうだった、叔父上の人間離れした外見を羨ましがってる場合じゃなかった。


『そうですね……調べ物といえばそうですが』

『なんじゃ、ハッキリせんのぉ。教会と王家の何の相違を調べておる? 言っておくが、文書化された記録に差はないぞ?』


 人が言い訳を考えてる間に完結しないでほしい……って、待って今文書の差はないって云った?


『それは、本当ですか? 全く差はないと?』

『お主が何を調べておるのかによるが、彼奴らの都合に合わせて書かれておる部分が多くてのぉ。彼方の何かしらの裏取りのためなら、ここでの作業は無駄じゃ』


 何だよ……無駄だったのかよ!!


 今まで根詰めていた分、脱力感が強い。今までの時間は何だったのかと頭を抱えたくなった。


(王家の歴史書が教会寄りに書かれてるっていうのも衝撃だけど、何の収穫も出来なかったのはショック過ぎる!)


 イベント発生までの時間が不明な以上早々に調べておきたいのに、まさかこんな足止めを喰らうとは思ってもいなかった。

 書物が駄目なら誰かに聞くしかない。でも誰に? 教会の人間に聞くのはまず無理だ。何か知っているとしても、自分たちのマイナスになる話なんてしないだろう。はぐらかされて終わるに違いない。

 俺の歴史の教師もまず無理だ。王家や教会の本を元に勉強してきた人なんだから、他に何かを知っているとは思えない。

 じゃあ……国王? 聞いてどうすんの? 正当な理由がなきゃ絶対無理だよ? そもそも国王に会うのは息子の俺だって難しいのに、流石にあの人は無理だ。


『ふむ、ならば儂が教えてやろう』


 一人悶々としていれば、叔父上は面白そうに俺を見ながらそう言った。


 そうだよ、叔父上がいたじゃん!!


 そもそも、歴史書に相違点がないというのは叔父上が言い始めたことだ。なら彼は本当の歴史を知っているはずだ。


(それっぽい言い訳じゃ誤魔化されてくれないだろうけど、今は情報が一番だ。リスクがあってもチャンスを逃す訳にはいかない)


『……本当に、良いのですか?』

『ああ、お主が求めているものがハッキリせんと何も言えんがの』


 彼は協力的だと思う。甥には甘いのだろうか。それならその縁を大事にさせてもらうよ。


『じゃが、教えるには幾つか条件がある』

『なんでしょうか』

『まず一つは、お主が何を調べておるのか素直に教えてくれることじゃ。内容がわからんと教える事も出来んからのぉ』


 そりゃそうだ。目的がわからないと何も出来ないのはその通り。

 けれど、馬鹿正直に答えるのは得策ではない。教会と王家の相違点なんて、何かなければ調べないだろう。その内国王や近い人から習うのかもしれないけれど、そんな悠長な事も言ってられない。今知りたいというそれなりの理由を考えなければならないのが難しい。

 相手はこの叔父上だ。隙を見せたら俺が終わる。気は抜けないけど、やるしかない。


『わかりました、他には?』

『ああ、これも素直に教えて欲しいんじゃが――』


 ここで俺は己の過ちに気が付いた。


 あ、ヤバい と思った時には既に遅く。


 雰囲気が一瞬にして変わった叔父上は、俺の頭をガシッと掴んで強制的に顔を上げさせてきた。おいおい、甥にすることかよ。


『――お主、何者じゃ?』


 正直に答えよ、なんて脅してくる叔父上に、思わず遠い目をしてしまうのは仕方ないと思う。


(どこで死亡フラグ立ててしまったんだろうか……)


もう少しアルフレッドぽく振る舞っておけばよかったと、後悔しても遅いのだけど。


『取りあえず……その殺気、抑えてもらえますか』


 俺から目を離さない叔父を、俺も目を離さず真っ直ぐ見据えた。




 

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