第44話 次のイベントに備えて2(Side.アルフレッド)
※前回の続きです。
※次回は1章の加筆修正をアップ予定なので、続きは四月に入ってからになります。
「体調は大丈夫として……マリア、今日の目的はわかっているね?」
目の前に座るマリアを見据えながら、俺は今日の予定を問うた。
なんたって今日のメインはマリアなのだから。当の本人が理解していないと話にならない。
すればマリアは「もっちろん!」と得意げに親指を立てた。貴族令嬢としては減点だけど、目的はしっかり理解しているようで安心――
「いつものスラムと市井観察でしょ? あ、アタシ串焼き食べたい! あとハンバーガーとアイス!」
「マリアのイベント対策のためにきたの!! 食べ歩きのために来たんじゃないの!!」
今は丁度昼時。街の至るところから食欲を刺激する匂いが漂ってくる。何か食べたくなる気持ちはわかるけど、目的は腹を満たすことじゃない。
マリアにとって、市井の食事は故郷の味で楽しみなんだろう。実は俺も楽しみにしている。この世界の食事が前世に近いのは救いだ。ハンバーガーとか存在してて良かった……嬉しい。
けれどその前に、やるべき事はやらなければいけない。次またいつ四人で外に出られるかわからないのだから、時間を無駄に出来ない。今後の俺たちのためだ。妥協は許さないぞ。
マリアは「わかってるよ~」なんて唇を尖らせて言っているけど、本当にわかっているのか問い詰めたいところだ。
「今日の目的は、マリアが【聖女認定式】で無事に聖剣を出現させるために、実際の剣を見てイメージを練り上げることだよ」
「前から思ってたんだけど、それってそんなに急ぐ事なの?」
「急ぎ。超急ぎ。一秒でも無駄に出来ない。出来れば今日中にイメージまとめておいてほしい」
「そんなに??」
俺の即答にマリアが目を丸くしているけれど、俺は至って大真面目だ。冗談でこんな真剣に返す訳がない。
色んなイベントが前倒しになって発生している。それはマリアとの出会いが物語っていた。
俺達との出会いは、本当なら学園に入ってからだ。三年前に取得した“裁きの光”もそう。既にストーリーはスタートしている。なら他のイベントもいつ起こってもおかしくない。
「前から考えていたが……そのイベントやらは必ず発生するのか?」
俺とマリアの会話を静かに聞いていたウィリアムが口を開いた。
ウィリアムの疑問は当然だと思う。だって、今までその話しをした事がなかったのだから。
「そうですね……アル様は必ず起こる事として行動されていますが、根拠というか、何をもって確信しているのかは、私も気になります」
ウィリアムの疑問に賛同する様にノエルも問うてくる。
小首を傾げる仕草が可愛い……じゃなかった、今は悶えてる場合じゃなかった。ノエルの可愛らしさが俺の正気を奪っていく。危ない危ない。
「幾つか理由はあるよ。一つ目は、まぁ強制力かな」
「その強制力? って、どのくらい強いの?」
「ん~、前世の知識ではほぼ一〇〇%かな。例えば、俺はマリアとの出会いを潰すか、または回避出来ないかって考えて行動してたけど」
「うわ、ひどっ」
「……悪かったよ。それでもこうして出会っちゃったし、今も付き合いが続いてる。ていうかこれからも続いて行くんだけど。そんな感じで、ゲームと比べて状況は違うけど、出会いや関わりはゲーム通りになってる。だから今後も、ゲームとは違う状況でもイベントは発生するだろうと思ってる」
怖れていた強制力は確かに存在しているらしい。俺がどうにか出来ないか模索していたからなのか、はたまた別の要因があるのかまでは不明だが、出会いイベントも技取得イベントも達成してしまった。しかもゲーム開始時期より六年も早くだ。偶然と処理するには少し恐ろしい。
「転生者が他にもいるかもしれないでしょ? 俺みたいにイベント回避しようとしてるならまだしも、アカリみたいにイベント発生させてやらかす奴だったら、ぜーったいに似た状況を作り出すよ。まぁ根拠というより可能性の話だね。これが二つ目」
【先読みの巫女】の話の公爵令嬢も転生者だった。俺がこの世界の転生者一号だと勝手に思っていたので衝撃的だったけど、アカリやミツキが転生している時点で可能性は否定できない。
時間軸が大きく違うのは各世界の時間の流れが違うからだろうなと予想している。それとタイミング。公爵令嬢が何の情報を元に奔走したのは今では確かめようもないのが惜しい。
もし、同じゲームをした事のある転生者が同じ世代に生まれて来たとして、何か企てないという保証が何処にもない。またアカリみたいなのが生まれて来たら最悪だ。アカリは考えが単調だったけど、腹黒系が登場したらと肝を冷やしている。
さっき言った通り、これは可能性レベルの話でありただの憶測だ。けれど用心に越したことはない。
「……ていうか、既にその兆しがあるというか」
「はい?」
「イベントを発生させようとしてる奴がいるってことだよ」
ゲームでは、マリアとの出会いの次に“裁きの光”を取得するイベントが発生する――“聖女認定式”だ。
【聖女認定式】
読んで文字の如く、聖女として正式に認める儀式のことだ。
ゲームのマリアは“裁きの光”を発動させたことで教会の目に留まり、聖女候補として三ヶ月間教会に入る事となる。
ゲームでの教会の生活は、実にアッサリしたものだった。コマンドでその日の何の仕事をするのかを選んで、経験値を積み聖女の力を上げていく、そのくらい簡単な内容だった。
けれど、現実の聖女候補生の日常はそんな簡単なものではない。調べた時には「ブラック企業だ!!」と叫んだくらいにはブラックな内容だった。
朝の祈りから一日は始まり、その後シスターたちと掃除やら食事の準備やらといった使徒職を熟し、合間合間に聖女の勉強という名の洗脳授業を受け、その後更に祈りを捧げ就寝する……言葉にすると簡単に聞こえるだろう。だが休憩が一切ないのである。睡眠時間もどう計算しても四時間あるかないかだ。
騎士も厳しい訓練や任務を熟す職だけど、休憩時間はあるし、騎士舎の食堂以外……街の飲食店では好きな物を飲み食い出来る。時間が空けば家族や恋人の下に帰り、普通に出かけたりも出来る。
それが、聖女候補には全くない。シスターとなれば立場上そうなるのも仕方ないとは思うけど、聖女候補はシスターと違う。神に身を捧げた訳でもなく、あくまで聖なる力を持っただけの女性に過ぎない。本来、縛り付けることすら間違いなのだ。
(ゲームでは攻略対象が会いに来てお茶する時間くらいはあったみたいだけど、現実の研修期間はそんな甘くないだろうね。洗脳だもん。休憩なんて与えないでしょ)
ゲームでは好感度イベントだったこの修行も、現実となればただの犯罪。一人の少女を民衆の好みに合わせるなんて、前世の記憶持ちの俺からすれば狂気の沙汰だ。
尚、ゲームでは公務として訪れていたノエルと衝突するシーンがある。ゲームのノエルは悪役令嬢なので、攻略対象から『こんな所に来てまでマリアを害そうとするか』と嫌悪をぶつけられる。主に、アルフレッドから。
酷くない? 公務だよ、仕事だよ? 婚約者も仕事も放り投げて女に会いに来てる奴なんかに云われたくないよね。
そんな嫌なイベントが起きようとしているのだから、もう全力で抗わせてもらう。
だからこそ、マリアには人一倍頑張ってもらわないといけない。
「真実の聖女の話は覚えてる?」
「えっと、あれでしょ? 初代聖女は剣を持っていたってやつ」
「そう、教会が必死に隠してる、歴代聖女の神器ね」
聖女候補生は、聖女認定式で“聖なる乙女の杖”を出現させる事によって、正式な聖女となる。実際子ども向けに作られた童話でもそう描かれていた。子どもの時から『聖女とはこういうもの』という印象を植え付けられているのだ。
「私も、教会に通いながら知りませんでした」
「親も、そのまた上の者も知り得ない情報なので、致し方ないかと……」
自身の無知を恥じるノエルにウィリアムがフォローする。
ちょっと、俺の役目取らないでよ。
「俺自身知らなかったし、知ってるのはほんの一握りの人物だけだと思う」
「アルはなんで知ってたの?」
「伯父上に見せてもらったからだよ」
俺だって知った時は驚いた。常識だと、少なくとアルフレッドの思い込みだけではないと安心しきっていた歴史が、王家と協力関係にある教会によってねじ曲げられていただなんて。
「ディア叔父上に会わなかったら、マリアは聖女の道まっしぐらだったよ」
俺は国王の弟……アルフレッドの叔父であり、大公であるディア・キリスティスとの出来事を三人に打ち明けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます