第二章
第43話 次のイベントに備えて(Side.アルフレッド)
Side・アルフレッド
ガタガタと、道の凹凸に馬車が揺れる。貴族街でも揺れていたけれど、市井に入ってから一層強くなった。乗っている馬車が王宮の高価なものでなく、市井の人々が使うものと同じなのも影響しているだろう。道と馬車、それだけで貴族と平民の差を感じる。初めて体感した訳ではないけれど、王家の者として、この感覚は大切にして行きたい。
まぁ、前世一般庶民の俺からすれば、豪奢な馬車より一般的な馬車の方が安心するんだけど。
「暫く揺れが続くけど、皆だい」
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~ アッハハ! 声揺れてる~!」
「…………マリアは元気そうね?」
何故か正面に座っている、俺の婚約者の義妹となった、元孤児であり騎士のたまご――マリア・ランベール に、小さく溜め息を吐いた。
何せずっとこのハイテンションなのだ。貴族令嬢となって三年経つ筈なのに、この騒がしさは何も変わっていない。
公式の場では身に付けた礼儀作法を猫かぶりしながら披露しているが、気心知れた仲間内ではずっとこんな感じだ。むしろ出会った頃よりパワーアップしている気がする。
その賑やかさが嫌だという訳じゃない。マリアの明るさに助かる面があるのは確かだし、本人のストレス発散になっているのならそれで良いと思う。ただ、この狭い馬車の中では少し五月蠅い。
「……ノエルは大丈夫かい?」
俺は何故か、いや本当に何でなのかわからないのだけど、正面ではなく斜め前に座る、最愛の人であり婚約者、ノエル・ランベールの身を案じた。
ランベール姉妹が、視察として頻繁に市井やスラムに赴いているのは知っている。だから彼女たちがこの揺れに慣れている事も承知しているが、それでも愛故に構いたくなるのだ……決して強力なライバルが彼女の義妹になって必死になっている訳ではない。
「はい、大丈夫です。ふかふかなクッションも敷いて下さっていますし、十分です」
そう云って、ノエルはにっこりと微笑んだ。
その天使の微笑みは何だ。可愛すぎて俺の心臓がもたない。
「ねぇ~、こっちには聞かないの~?」
俺がノエルに見惚れていれば、マリアの不服そうな声が現実に連れ戻しにかかってくる。
さっき自己紹介の如く元気ハツラツな姿を見せてたじゃない……今更聞くの? 十分では?
「え~、マリアはさっき自己申告してたよね?」
「え~? そうだっけ? でもほら、聞かれないのは寂しいじゃん?」
「…………マリアはダイジョウブ?」
「ノエルと毎回乗ってるから、ヘーキヘーキ!」
「それが言いたかっただけか」
ドヤ顔をするマリアに思わずジト目になってしまうのは仕方ない気がする。
だって羨ましいじゃないか。仕方ないのはわかっているけど。
マリアはことある度に俺にマウントを取ってくる。おまけに口調も砕け過ぎ。ゲームのマリアとは別の意味で言動が酷い。まぁ、俺が始めに今の口調で良いと言ったから問題はないけど、もうちょっとこう、棘を抜いてくれても良い気がする。
因みにノエルに宥められるとマリアはメチャクチャ大人しくなる。今も目の前で『は~い、ごめんなさいっ』なんて言って素直に従っていた。
露骨に敵対視されてるのは心苦しいけど、元はといえば俺に力がないのがいけない。
『婚約者を守る力もない王子なんて肩書きだけじゃん』
三年前、教会で襲われたノエルを守ってくれていたマリアに、俺が礼を言った時に返された言葉だ。
『マリア、不敬ですよ』
『だって、そうでしょ? ノエルにまともな護衛も付けないでさ、問題があった時に慌てふためくだけの奴らしか動かせないなんて……本当に将来王太子になる力があるとは思えない』
ノエルが宥めるも、止める気はないとばかりにマリアの口から出て来た言葉に、一瞬息をするのを忘れたのを覚えている。
王子という身分では騎士を動かす事は出来ない。そもそも王子という身分にそこまでの権限はない。だからノエルに騎士を付けているのは伯爵家と国王で、指示しているのも両家。だから俺のせいじゃない――とは、言えなかった。
だって、アルフレッドに実力と価値があれば、騎士が次期王太子妃の護衛をサボる……放棄することなんてなかったのだから。
簡単にいえば、『何も出来ない王子』と俺が馬鹿にされているせいで、ノエルまでぞんざいな扱いをされている。ノエルに実績があっても関係ない。“出来損ないの王子”の婚約者というのが騎士のノエルへの印象であり、それが三年前の俺の現実だった。
アルフレッドが駄目人間なのは十分理解していた。だから俺は前世を思い出してから走って来たけど、実際の騎士たちの行動を目にして、第三者に指摘されて、改めてまだまだだと実感した。
『うん……そうだね』
情けない事に、その時俺が答えられたのは、それだけだった。
あれから三年経った。きっと今も、マリアの中で俺はノエルを守れるだけの男じゃないのだろう。俺もそう思う。力が足りない。やっとレベル1になった程度だ。
だから暫くの目標は、ノエルを慕うマリアに認めてもらう事だ。だから口調も態度もそのままで良い。
それに、俺が懸念していたノエルとの仲は良好だし、良い姉妹関係が築けているのならそれで良かった。むしろ乙女ゲームとの違いが近くにあるだけで安心出来る。たまに腹は立つけれど。
「……ウィルは、大丈夫だもんね」
「問題ない、大丈夫だ……マリア、無駄に煽るな」
「可哀想だから?」
「…………」
マリアの言葉に詰まるのは、ジュード侯爵家次男であり、元剣士の祖父を持つ、俺やマリアの兄弟子――ウィリアム・ジュード だ。
俺何も突っ込まないけど……本当、何でそこで言葉に詰まるのだ、友よ。
今から三年前、俺は前世からの天敵である義妹――アカリの襲撃に遭った事で、ショウだった時の記憶が蘇った。
最悪だった。だって前世プレイしつつも感情移入出来なかった乙女ゲームの世界……否、ゲームに酷似した世界に生まれ落ちてしまったのだから。
何よりショックだったのは、俺が一番苦手な攻略対象であり、この国の王子である、アルフレッド・ノーブルに転生してしまった事だ。
婚約者がいるのに恋人を作って浮気するキャラクター(アルフレッドだけじゃないけど)になるなんて、最悪でしかない。
しかも周囲の話しを聞く限り、本当に何もしない人間だった。これといって悪さをしていたという事はなかったものの、ノエルへの態度は失礼どころの話ではない。よく婚約解消しないでいてくれたと感動してしまうところだった。まず反省しろと、自分で自分に言い聞かせるのが最初だろうに。
だから俺は、ゲームのアルフレッドからの脱却と、ノエルや友人たちの未来を守るべく立ち上がった。ノエルが俺の前世の婚約者――ミツキである事に気付いてからは、更に力を入れて頑張った。
そして迎えたアカリ襲撃事件の結末は……何だか、スッキリしない結果に終わってしまった。
自業自得。その言葉はアカリのために生まれたんじゃないかと思う程、彼女の最期は悲惨だった。ただ……骨まで残らなかったのは、今でも憐れに思える。
嫌いだった。義父母の集大成のような、ミツキを貶め追い詰めるだけのアカリが嫌いだった。それは前世でも今世でも変わらない。ミツキを殺したことも、許しはしない。
だから、自分たちの未来のために、アカリをストーリーから外そうと奮闘した。それは確かだ。けれど、死ぬことも、あんな死に方をすることも求めていなかった。ただ俺たちの幸せを守りたかっただけで、あんな終わり方になるとは予想すらしていなかった。
命を落した被害者が何人もいる。悪魔に身を捧げなくても、きっとまともな死に方は出来なかっただろう。それでも、心の奥の方にしこりは残った。
正直、いっぱいいっぱいだった。前世二十を過ぎた大人だったといえど、ライトノベルに多い転生なんて不可思議な現象を体感するなんて夢にも思っていなかったし、自分の采配で人一人の人生を左右させる事の出来る権力を持つことも恐ろしかった。
俺にもっと余裕があって、最善に近い判断が出来ていれば、少なくとも無惨な死に方をせずに済んだかもしれない。
だから俺は、今後現れるでろう敵や壁を前にしても余裕でいられるほどの力を身につけるために努力した。努力をして身に付くのは主に自信だが、その自信が俺に正しい判断を取らせてくれる。だから、日々奔走した。そしてそれは今も変わっていない。
そしてこの三年間、熟して来たのは鍛錬や勉学、公務だけではない。
近い内にかならず起こる“イベント”の対処ために、俺は三年前から動いていた。
今日はその対処法を完璧にするべく、四人で市井に赴いたのだった。
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