第42話 閑話・幸せの跡(マーガレット話)

アカリに乗っ取られる少し前のマーガレットの話。

※ラブラブだけどバッドエンドです。




 白い雲が、風に乗って大空を流れて行く。その流れに乗って、小鳥がピィピィと鳴きながら飛んでいた。


(今日も平和だなぁ~)


 そんな穏やかな風景を、丘の上に1本だけ生えている木の下で、マーガレットはぼんやりと眺めていた。

 丘からは、マーガレットが住む小さな町が一望出来る。

 今は昼に差し掛かる時刻。午前の仕事を終えるために躍起になる男衆や、一日の食材の調達に歩き回る女衆。パン屋や弁当屋、飯処なども忙しくなるだろう。いつも通りの町を眺めるのが、マーガレットは好きだった。

 だが今彼女が注目してるのは町ではない。彼女の友人であり、頭上を飛び回っている小鳥――フィーだ。


(良いなぁ~、自由に飛べて)


 空を自由に飛び回る友人を眺めて、溜め息を吐く。

 人間とて魔力を持ち魔法が使えれば空を飛ぶ事は可能だ。魔力量にもよるが、強い者は人を連れて飛ぶ魔法を取得出来るし、弱い者は箒に乗って飛ぶ事が出来る――魔力さえあれば。


(アタシも、魔力があれば良かったなぁ)


 魔法のある世界といえど、全員が持って生まれて来る訳では無い。むしろ持っていない者の方が多いくらいだ。だから決してマーガレットが劣っている訳でもなければ、彼女自身本気で魔力を望んでいる訳でもない。ただ、魔力がなくても飛べる鳥に憧れている。それだけだ。


「まーた空ばっかり眺めてる」


 ふと気が付けば、いつの間にか傍らに少年が立っていた。見下ろしてくる少年は、不愉快そうに眉間に皺を作っている。


「こんにちは、ロイ。空を眺めてたんじゃないよ。フィーを見てたんだよ」


 少年の名は、ロイ

 マーガレットの幼馴染みで、町の商人の嫡男だ。


「よう、マーガレット。空でもフィーでも同じだろ? ずーっと呼んでんのに、全く気が付かねぇの」


 ムスッとした顔をしながら、ロイは彼女の隣に腰を下ろした。無視されたと、思っているのかもしれない。


「え~っと、その……ごめんね?」


 マーガレットは苦笑いを浮かべながら謝った。というのも、話しを聞いていないというのは、彼女にとって日常的に注意される事だったからだ。

 マーガレットは自分の世界に唐突に沈んでしまう癖がある。マーガレットからすれば人が考えている時に話しかけて来る方が悪いという思いもあるのだが、何しろ大事な話、真剣な話、叱られている時にもその癖を発揮するのだ。流石にそれは駄目だとマーガレット自身自覚している。何よりそのせいで痛い思いをした経験もあるのだ。自業自得だが、マーガレットはその件で心底反省した。

 そんな苦い経験があるため、注意される時には気まずくなり、苦笑いを浮かべる様になっていた。


「いいよ。今更だし」


 ロイの言葉に肩を竦める。

 マーガレットの癖に初めて匙を投げたのは、ロイだった。


 今から四年前の事。マーガレットが五つの時である。

 何度注意しても怒っても、自覚がないせいで中々改善しようとする気にならない彼女に、ロイは『もういいよ。直す気なさそうだし』と背を向けたのだ。

 そんな幼馴染みの態度に、当時のマーガレットは反省するどころか憤慨した。

 なんて奴だ。周囲がしつこく注意してくるから頑張って気を付けているのに、褒められこそすれど怒られるのは違う……ロイなんて、もう知らない!! と、去って行く彼の背を睨み付けたものだった。


 そんな認識が変わったのは、ロイとの交流が一時的に途絶えたこと。


 一日二日は、相手の顔すら見たくないとすら思っていた。三日目からは怒り疲れて『何でアタシばっかり』としょぼくれ、一週間目からはぼんやりし始めた。


『……もう許してあげてもいいかな』


 そう思うようになったのは二週間目に入ってから。それまでの間、毎日の様に会っていたロイとは会っていない。

 そろそろロイも言い過ぎたと反省した頃だろう。謝って来たら許して、今までの付き合いに戻ろう……そう思っていた自分を、マーガレットは後にビンタしたい気持ちでいっぱいになった。


『え……いない?』


 ロイが町からいなくなったと、他の友人に聞いたマーガレットは血の気が引いた。

 いなくなるなんて、聞いていない。そんな話しは一度も聞いていない、話してもくれていない。


『なんでそんな急に……』

『さぁ、でもあと数年で王都に向かうとはいってたよな?』

『うん、いってた』

『え!? いつ!?』

『いつって、マーガレットもいたじゃん』

『聞いてなかったんだろ? いっつもそうじゃん』

『まぁな~、確かに……ロイもかわいそうに』


 友人たちの言葉に、マーガレットは今度こそ『自分のせいじゃない!』等と言えなかった。

 人の話を聞いていないと、マーガレット自身自覚している部分は確かにあった。だがそれ以上に、楽しい想像をしているところに話しかけられる事や、理不尽に叱られる事に腹が立っていた。

 友人たちにロイの様子を聞いたのも、聞いて反省の色が見られないなら、まだ許すのは止めようと、そう考えての事だった。


(このまま会えなかったらどうしよう……)


 三週間、四週間経った頃には、怒りは遙か彼方へ、言い訳や責任転嫁は蒸発していた。


 代わりに心を占めているのは、大切な人を失う恐怖。


 自分が悪かった。もし立場が逆なら、自分もロイの様に去っていただろう。その前に、先の友人たちの様に『まぁ、コイツだしな~』と、注意すらせず適当に流していた筈。

 そもそも話しを聞かないだけでなく逆ギレし、『そろそろ許してやるか』と謎の上から目線……性格的に問題だらけだった。そんな自分に構ってくれていたのだという事実に、マーガレットはようやっと気が付いた。


 そもそも怒り任せにロイが悪いと認識している時点で自身の性根は腐っている。今のマーガレットには黒歴史だ。


 自分の身勝手で大切な人を失うなんて嫌過ぎる。理不尽だ、と思ったのはロイの方だろう。去り際の言葉なんて優しいほうだ。本当なら、罵倒されてもおかしくはないのに。


(謝らないと……)


 それからは、自身の行いに気をつけながら、ロイが戻って来る事を待ち侘びた。


 良い子になるから、もう言い訳もしないから、だから早く戻ってきて。


 そう願いながら待つこと三週間。彼がいなくなってから一ヶ月と三週間目に、彼は父親と一緒に町に戻ってきた。

 帰って来たと聞いたマーガレットは、直ぐさまロイの下へと向かった。

 待っている間、反省に反省をしまくった。『反省したから許されるとは思ってはいけないよ。それを決めるのは向こうだからね』と両親に云われ、そこまで怒らせてしまったのかと絶望すらした。

 だがそれも自分の行いのせいだと心を入れ替え、日々気をつけるようにした。すれば周囲の態度も変わってきて、以前とは比べものにならないくらい皆優しく接してくれるようになった。反対に、今までの自分はどれだけ酷かったのかと、顔を覆いたくなる羞恥に襲われるようになったのだが。


『ロイ!!』


 何台もある馬車から商品を降ろすのを手伝っていたロイを見つけると、マーガレットは猛ダッシュで彼の下に向かい、そのまま勢いよく土下座した。


『アタシがんばって気をつけるからお願いだからみすてないでぇ!!』


 土下座する町娘と、困惑する商人の息子。マーガレットの奇行にしか見えない行動に唖然とする周囲の大人たちと、現場には何とも言えない雰囲気が漂う事になった。


 それからというもの、マーガレットは人の話をちゃんと聞くようになった。時々聞いていないこともあるが、大切な話しをしている時はちゃんと聞くようになった。ロイも呆れつつ今までの様に付き合ってくれている。

 因みに、一ヶ月以上姿を消していたロイは、仕入れの仕事を勉強がてら学ぶため、父親の仕事に一緒に着いて行っていただけであった。

 決してマーガレットを見捨てた訳ではなく、ただ声を掛ける暇もなく旅立ってしまっただけ。スライディング土下座をキメたマーガレットからすれば、己のダメージにしかならない結果であった。彼女の狂ったような勢いに引いたのは、ロイの一生の秘密だ。


「そう言えば、ロイはいつ王都に向かうの?」


 反省はここまでと、マーガレットは今まで気になっていた事を尋ねた。

 彼が十六になった際には、学園・グランディオーソに通う事は知っている。入学前に王都に赴き、そこで生活に慣れるという事も忘れていない。だがいつから向こうへ行ってしまうのか、肝心の出発日がわからずにいた。


「……明日」


 ヒュッ と、息が詰まる。


 何故、もっと早くに聞かなかったのか。早くに知っていれば、突然の別れにならずに済んだ。それだけじゃない。自分の想いを伝える練習だって出来た筈。


「そ……そっか」

「言っておくけど、一ヶ月前にも言ったぞ」

「そっかぁ~……」


 間の抜けた返事しか出来ないのが痛い。

 話しを聞かない癖……いや、これはもう本質なのだろう。以前起こした騒ぎで懲りたのに、またやってしまった……と、マーガレットは初めて己の癖を恨んだ。


「……あのさ」


 口を開いたロイの視線は、空を向いていた。その横顔はどこか大人びて見える。なんとなく同い年には見えず、もう距離が出来てしまったのかと、涙が溢れそうになった。


「……なに?」

「……俺、ちゃんと勉強して、立派な商人になって戻って来るから。だから、その…………待ってて、くれるか?」


――アタシは今、一体何を云われたの?


 ロイの言葉を理解するのに数秒の時間を要したが、理解したらしたで、今度は心臓が爆発しそうになった。


ロイが? アタシを? ウソでしょ??


 次から次へと沸く感情と思考が、胸と頭の中でグルグルと回る。胸は苦しいし、目が回りそうだ。嬉し過ぎて訳がわからない。いっそのこと気絶出来たら良いのにと思うけれど、酔いもしなければ気絶も出来なかった。


「え、えっと、ロイはその……アタシのこと、好きなの?」

「好きじゃなかったらこんな事言わねぇよ」

「そうだよね、うん……その、いつから?」

「四つの時から」

「五年も前!?」

「言っておくけど、何度も告白してきたぞ」

「アタシ、聞いてない!!」

「言葉通り聞いてなかったからな。お前がスライディング土下座してきた時のやつも、あの時も告白したのに聞いてもらえなかったから思わず怒っちまったのが俺側の真実だし」

「え、じゃあ、何も云わず行っちゃったのって」

「出発するのに時間がなかったのは本当だけど、それ以上に気まずかったし、親父に『頭冷やせ』って叱られたからさ」

「そんな……!!」


 なんという事だ。

 まさかそんな大切な事も聞いていなかったのかと、マーガレット自身ショックを受けた。


(告白を聞いてなかったのも酷いけど、まさかアタシのせいでロイが怒られたなんて!)


 勇気を出して告げた想いを、断るでも受け取るでもなく毎回聞いていなかったのに加え、完全なる被害者である筈の彼は叱責まで受けてしまった。ショックだったのはロイの方だろう。


(それなのに、ずっと好きでいてくれたの? そこまでされたら嫌いになってもおかしくないのに……ロイの神経どうなってるの? 鋼なの??)


 ロイの優しさに、感謝と感激と、そして申し訳なさから涙で視界が歪み始めた。泣きたいのはロイの方だろうに、と思いながらも、涙は止ってくれない。


「おい、泣いてほしい訳じゃないぞ」

「うっ、ひっく、ごめんね、いつもっ!」

「謝ってほしい訳でもねぇ。今欲しいのは、返事だ」


 空を向いていた顔は、今はマーガレットを向いている。その顔は赤い。可愛いなんて言ったらきっと怒るだろう。それですら幸せだと思えてしまうのだから、恋とは不思議なものである。


「……酷いことばっかりしてきたのに、アタシで良いの?」

「今、ちゃんと聞いてくれてるだろ。努力が実ったって思えば、ガン無視されてたことなんて大したことねぇよ」


 数秒見つめ合って、照れ臭さに同時に笑う。

 ああ、好きだ と、心が満たされていくのを感じながら、マーガレットは一つ、頷いた。


「ちゃんと帰って来てくれるなら、待ってるよ」

「帰って来るに決まってるだろ」

「ほんと~? 他に好きな子出来ちゃったりするかもよ?」

「そんなことあるわけ無いだろ。告白すら聞いてないお前を飽きもせず好きな俺を嘗めんなよ?」


 寄り添う二人を祝福するように、いつの間にか木の枝に停まったフィーが、唄う様にピィピィと鳴いた。


 これが今生の別れになるとも知らずに……



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