第41話 閑話・救済(ディルク&ジリアンwithエイベル)

今回はディルク&ジリアンと、エイベル、マーガレットの話です。





「……よし、問題ないね」


 魔導師のローブを羽織り、身体を軽く動かす。体内を巡る魔力の流れが正常に戻りつつある事を感じ取ったディルクは、満足そうに頷いた。

 調子は悪くない。不規則な箇所もなければスムーズに流れている。多少怠さは残っているが、動いている内になくなるだろう。


「行くのか?」


 彼の身支度が終わるのを待っていたジリアンが問う。顔には微かに心配の色を浮かべていた。


「うん。そろそろ、アンジェリカに他の魔法も教えてあげないといけないからね」


 ディルクの使い魔となったアンジェリカは、今は星古学の研究室に身を置いている。

 彼女が使い魔となって二ヶ月近くが経つ。しかしその半分の時間をベッドの住人として過ごしていたので、教えたものといえば変身魔法ぐらいだ。そろそろ本格的に教えないと、主として、また師として示しが付かない。


『脆い人間の身体で無理する必要もないと思いますけどね』


 声のした方に、二人同時に目を向ける。

 我が物顔でディルクの机の上に寝そべる黒猫が、ニヤリ と赤い三日月を作った。


 悪魔であり死神の役割を担っていたエイベルを自分の支配下に置くため、ディルクは一度魂を身体から離脱させ、本来の姿であるディミオルゴに戻った。

 その無茶振りといっても過言ではない行いのせいで、身体に極度の負荷が掛かった彼は、まる二週間ベッド生活、その後二週間は室内で療養、そして少しずつ行動範囲を広げて行き、今日やっと外出出来るようになったのだった。


「君たちが悪さするからねぇ」

『まぁ、そのお陰で脅威が一つ減ったのですがね』

「周囲を巻き込んでいる時点でダメダメだよね」

『貴方が手を下せば一瞬でしたよ』

「それは世界が滅んじゃうからダメ」

『創造神ではなく破壊神の方がお似合いですね』


 エイベルが来て以来、こんなやり取りが毎日繰り返されている。

 その様子を、ジリアンは呆れながら眺めていた。


(毎日毎日、飽きないな)


 寝込んでいる最中でも、二人は今の様にやり合っていた。

 ディルクの魔力を吸収して負荷を軽減させるジリアンは、一日の大半をディルクと一緒に過ごしている。そうすれば目の前にいる二人のやり合いを嫌でも見る羽目になる。当然今までも眺めてきた。ジリアンとしては、仲が良いのか悪いのか微妙な二人に、ただただ苦笑するしかない。


「なんだか元気そうだし、そろそろ仕事をしてもらおうかな」

『勘弁して下さいよ。容赦ない罰で可愛い身体が悲鳴を上げているんですから』

「それはそれは、軟弱で可哀想に」

『今はふわふわな毛玉なもので』


 机の上で寝っ転がって寛いでいる様に見えるエイベルだが、その実彼はそれなりの痛みに耐えている真っ只中なのである。


(罰にしては優しいな)


 エイベルはディルクの使い魔として服従するだけでなく、暫くの間、筋肉痛よりかなり強い痛みを全身に感じる罰を受けた。

 何も知らない者が聞けば、きっと非道だと憤るだろう。本来の姿とは違い、今は黒猫の姿なので、尚更。

 だが、エイベルの罪は重く深い。命令とはいえ、幾人もの犠牲者を出したのは事実。本当なら消されていてもおかしくはないのだ。それを考慮すればなかなかに甘い罰である。


(何度も人間に転生しているからなのか……なんとも人間臭い神だな)


――大罪であると認識しながら手を染めた。守ってないってなに? って感じだよね


 そう言いながら笑っていた婚約者を思い出す。彼はいつもそうだ。何だかんだ言いながらも、救いがあるなら手を差し伸べる。救い無しと判断すれば無慈悲になるが、少しでも可能性があるなら見放さない。

 もしかしたら、一番救いを求めているのはディルク本人なのかもしれない。


(……そういう部分は、嫌いじゃない)


 チラリ と、ジリアンは自身の肩に目を向けた。

 そこには片手にスッポリ収まってしまう程小さい小鳥がとまっている。


 小鳥の名は、メグ

 元は人間の少女・マーガレットだった、誕生したばかりの精霊である。


『ごま粒ぐらいの大きさになっちゃってたけど、ちゃんと居たよ』 


 ディルクの身体に戻る前、ディミオルゴはジリアンに小さい、それはもう潰してもわからない程小さな光の粒を手渡してきた。

 掌に乗せられた光の粒はチカチカと点滅し、消えそうながらもその存在を主張している。

 アカリに消されたと思われていたマーガレットの精神は、辛うじて生き延びていた。


『魂とは違うが、存在し続けることは可能なのか?』

『人の思念は残留しやすいから残る事は可能だけど……彼女、多分人間だった頃の姿とか忘れちゃってるだろうから、人間としては無理かな。ただ何かしらの思念が具体化した精霊なら可能、かな』

『どうすればいい?』

『その残された精神に魔力を少しずつ、それこそ針先で水を与えるイメージで注ぎ込んでいけば良い……やってみて』


 そうして、マーガレットの小さな意思に魔力を少しずつ注ぎ込んで安定した姿が、小鳥姿の彼女だった。


『ジル、あるじ。ディー……ディー?』


 生前のマーガレットは九歳。年齢のわりに言葉を覚え始めたばかりの子ども並の言語能力なのは、アカリの負の力で色んなものが削られてしまったからだ。人間だった頃の記憶がないのも同じ理由。ごま粒ほどになっても残っていたのが奇跡なくらいだ。

 精霊として生まれ変わったマーガレットに愛称のメグと名付け、今ではジリアンの相棒として一緒に行動している。元は人間である故に、幼い妹が出来たみたいで、ジリアンは彼女を可愛がっていた。

 そんな小鳥の精霊となった当の本人は、目の前で繰り広げられている舌戦に首を傾げている。そしジリアンの視線に気が付くと、『あるじ、あるじ』と、若干不安の混じった声音で彼女を呼んだ。


『ディー、ベル、けんか?』


 どうやら二人のやり取りを喧嘩だと思ったらしい。

 ジリアンは「喧嘩ではない」と苦笑しながら、メグの頭を指先で撫でた。


「あれは喧嘩というより、じゃれ合っているだけだ」

『じゃれ?』

「遊んでいるようなものだな」

『あぞぶ……けんか、ない?』

「ああ、そんな物騒なものではない」

『ぶっそう、ない。なかよし?』

「そうだな……そうなんだろう」

『なかよし! なかよし!』


 喧嘩をしている訳ではないと理解したメグは、ジリアンの肩から嬉々として飛び立つと、空を迂回しながらピィピィと鳴いた。


 救済するにも犠牲が必要になる。今回の場合はディルクの肉体的負担。最悪死ぬ可能性もあったにも関わらず、僅かな可能性を取って二人を救った。婚約者の気も知らずにと思う反面、惚れた弱みだと、ジリアンは彼を支え続ける事にしている。


(早く全てが片付けば良いが……)


 穏やかな光景を前に、乗り越えた先の未来を願った。



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