第40話 閑話・あれもこれもつまりは欲(イアン→アンジェリカ)
『ふぁ~ぁ……みんな、よくやるよなぁ』
王宮の人通りが少なくなっていく廊下を歩き、星古学の研究室に向かいながら、イアンは今頃ゲッソリ顔で励まし合っているだろう悲劇の友人たちに、『ご愁傷様』と、胸中で合掌した。
今回イアンが登城したのは、勿論、王子であり友人のアルフレッドに呼ばれたからだ。
呼ばれたと言っても、あくまで建前上の話し。実際は来たくて来たといった方が正しいだろう。実際、イアンは来る気があったから赴いた。
(将来の自分のためだからなぁ)
今回アルフレッドたちと話したのは、言わずもがな、将来を脅かす者への対処と解決策だ。
現在、イアンに婚約者はいない。だがずっとこのままという訳でもない。
まだ先の事だが、そんな破滅の危機の可能性があるなら参加するしかない。保険として話しに混ざっているぐらいの認識で、今回イアンは参加したのだった。
(乙女ゲーム、婚約破棄、悪役令嬢……か)
アルフレッドの前世の世界で流行っていたという、乙女ゲーム。話しを聞けば、ハーレムやらライバルの度を超えた行動が目立つが、内容を知れば知るほど抱く考えは膨れ上がった。
(アカリの方が悪役令嬢なんだよなぁ)
先日、リオンとリリーシアがアンジェリカ……もといアカリをお茶会に呼んで、彼女の事を観察したらしい。
リリーシアの事だ。きっと観察という名の“お遊び”だったのだろう。彼女は身内には優しいが、敵と判断した者には容赦が無い。
ジリアンが開発した魔道具で、当時の映像を記録している辺り、半分は真面目に取り組んだのだろう。だが映像に映るリリーシアは楽しそうだった。完全に遊んでいると捉えて間違いない。
対してリオンは、ニコニコ微笑んでいる様に見えて、死んだ魚のようになっていた。流石のイアンも彼には同情したものだ。
(親の質もあるけど、七割以上本人の本質かな。生まれ持ったものはどうにも出来ないからね)
記録されたアカリの様子から、そう判断する。
仲間内で他人と多く関わっているのは自分だろうと自負するほど、イアンは人と関わる事が多い。その関わりの中で、アカリの様な令息令嬢に遭遇する事も勿論ある。リリーシアの事を言えたものではないが、彼自身、そういう癖のある人間を観察するのが好きだった。だからだろう、人の内面を見て判断する力に長けていた。
生まれ持ったものは、本人に変わる意識がないと変われない。しかも周囲で一番矯正出来るはずの親が同類ときた。アカリの人生は、生まれた時から決まっていたようなものである。
(可哀想に)
その哀れみの心は嘘ではない。生まれながらにろくな死に方が出来ないと、ほぼ確定していたアカリを哀れんでいるのは確かだ。
ただ……そういう結末を迎える人間を見るのが楽しいと思っているだけで。
(ヒトに人間臭さを見るのは面白い)
きっとリリーシアも同じなのだろう。そうでなければ、問題児をわざわざお茶会に呼んだりしない。
アカリの我が儘、身勝手は、人間の“欲”が剥き出しになった状態だ。そしてそれらは、誰しもが生まれながらに持っているもの。大きさや質は個々で違うが、その執着にも似た性質は、他の誰にも見せたくない人間の一部だ。
その醜い部分を見るために他者に関わる己に、イアンは苦笑した。
歪んでいる。自分でも自覚していることだ。だが好きなのは事実であり変わりようがない。
(だから、今までアルはつまらかった)
このところ、すっかり人が変わってしまった友人。実際中身が別人と入れ替わってしまったので、本来のアルフレッドは、もういない。だがイアンは前の人格より今のアルフレッドの方が好きだった。
(前は何に対しても興味も執着もなかったのにねぇ)
今までのアルフレッドは、心を何かに向けることはなかった。勉強も、修行も、交流も、言われたからやる。やるべき事だからやる。それくらいの意思しか持ち合わせていなかった。
人間の面白みは欲が顔を覗かした時だと、イアンは思っている。だから、欲すら持っていないアルフレッドを、友人であれどつまらない人間だと、そう認識していた。
だが、彼は変わった。その答えを本人自ら打ち明けて、今までのアルフレッドがいなくなってしまった事を詫びたが、正直イアンにはどうでも良かった。だって、今のアルフレッドの方が面白いから。
アルフレッドの前世である――ショウは、それなりに欲があったらしい。前世で大変な目に遭ったのに、同じ相手を追い求めて奮闘している。それは欲がないと出来ない事だ。それも前世から続いているのだから、そうとう執念深い。これが面白く思わない訳がなかった。
(これからもっと楽しくなるなぁ~)
お気に召したオモチャを発見した時の様な気分で、到着した星古学の研究室の前に立つ。
その瞬間、イアンの雰囲気がガラリと変わった。
(アルのことはここまで――行くか)
本日登城したもう一つの用事のために、イアンは重厚な扉に設置される水晶に、己の魔力を注ぎ込んだ。
本来、イアンはこの研究室に入れる人間ではない。けれど先日のアルフレッドの招集の際に許可が下り、仲間は皆入れる様になった。水晶に魔力を注ぎ込むのは、登録された魔力を確認するための、謂わば許可証の提示みたいなものだった。
(今日は……)
実際の重量に反して軽々と開いた扉を抜け、室内に足を踏み入れる。
部屋の中に進みながら、目的の人物を捜していれば、彼女は部屋の奥にあるデスクの上で本を読んでいた。
(やっぱり、人間の姿じゃないか)
読んでいる本に隠れて姿は見えないが、可愛い三角耳と尻尾がはみ出て見えている……彼女は猫の姿で本を読んでいるのだ。
(今日こそはって、思ったんだけどなぁ……しょうが無いか)
本来の姿ではない事に若干落胆するも、気を取り直して近付いて行く。すれば向こうも気付いたようで、魔法で浮かばせていた本の向こう側から、ひょっこりを顔を出した。
『こんにちは、イアン様』
「こんにちわ。今日も猫の姿なんだね?」
『はい、この姿だと安心出来るので。それに、魔法を持続させる訓練にもなるので』
そう話すのは、ウィリアムの本当の従妹であり、アカリの最初の被害者となった、アンジェリカだ。
アルフレッドたちが連れて帰ってきた、本物のアンジェリカ。魂だけの存在というより、ずっと悪魔の影響を受けていたせいで、悪魔と同族に近い存在になってしまった、憐れな娘。
だがアンジェリカは鬱ぎ込むことなく、普段の居場所となったこの研究室で日々学んでいた。
極度の人見知りだというアンジェリカは、意外にもここに馴染むのは早かった。既にこの世の者ではないという開き直りに近い感覚があるのだろうが、何やら別の理由もあるようだ。
無粋なので聞かないでいるイアンは、貪欲に頑張っている彼女を好ましく思っていた。
(まぁ、姿勢だけじゃないけど)
今目の前にいるアンジェリカは、猫の姿だ。その姿に安心するというのは、彼女がこの場所に馴染むために必要な行為なのだろう。それはわかっているのだが……
(どうしても、本当の姿に会いたくなっちゃうんだよなぁ)
初めてアンジェリカを見た時の衝撃を思い出す。
雨の中咲く優しい色合いの紫の髪
輝きを失わずにいる、金色の瞳
庇護欲を覚える容姿の中にも、どこか威厳を感じさせる姿勢
アルフレッドたちの後ろに隠れながらも、此方を気にする好奇心に色付く、柔らかそうな頬
彼女の全てに、イアンは魅了されてしまった。
『イアン様は、今日もアルフレッド様のところですか?』
「うん、でもさっき終わったんだ。だから、君に会いに来た」
『あ、ありがとう……ございます。あの、また色々お話聞かせてもらえますでしょうか?』
「良いよ。でも、出来れば本来の君の姿と話したいんだけど」
『それは、まだ……ごめんなさい』
振られてしまった。おまけに、彼女はどもり始めてしまった。
急ぎすぎたと反省する。
性急過ぎた自分と、耳を下げて本の後ろに隠れてしまったアンジェリカに苦笑を漏らして、イアンは近くにあった椅子に腰掛けた。
「良いよ、今はまだ。けど、その内見せてくれたら嬉しいな」
『はい、頑張ります。けど……どうして?』
「何が?」
『どうして、元の姿が良いのかと。それに、こんなに構って下さるのも、何でなんだろうと』
アンジェリカ自身、この研究室の機密性を理解している。いくら入室許可があっても、頻繁に足を運ぶ場所ではないのは確かだ。特にイアンは、星古学にも、魔導師にも関係がわる訳では無い。研究室に来る必要性がないのだ。
それでも、イアンは時間があれば足を運んでいる。ここに来た回数は、既に両手でに収まり切らない数になっていた。それも全部アンジェリカに会いに来るためだけだ。気になるのは当然といえば当然だった。
「君が好きだから」
呆ける金色の瞳に、ニッコリと微笑む。
すると一度戻ったアンジェリカの耳は再び下がり、また本の後ろに隠れてしまった。
『か、からかわないで下さいっ』
「からかってないよ。好きだから本来の姿の君に会いたいし、好きだから会いに来てるんだもん」
事実、イアンが口にした言葉全ては本心だ。
初めこそ、一目惚れという何とも不安定な感情だった。だが関わって行く中で彼女の内面を知り、想いは一層深くなるばかり。研究室に来る理由は、本当にアンジェリカに好意を寄せているからだった。
(亡くなっているから、既に人外だから……それが何だって?)
振り向かせる事が出来たとしても、結婚出来る訳ではない。なら初めから結婚しない意志を示して、次期当主の座は早々に弟に渡してしまい、自分は弟のサポートに務めれば良い。貴族じゃなくなるのはアンジェリカに会えなくなるので、将来アルフレッドの側近として手柄を立て、爵位を与えられればと、そこまで考えていた。
それらは全てイアンの頑張り次第になるが、彼は既に実行に移し始めるほど本気だった。
(人のこと何だかんだ言ってるけど、オレも欲深いんだよね)
アンジェリカを手に入れるために安定した道を捨てるほど、イアンの欲は大きく育っていた。イアンもまた、欲の強い人間臭い奴なのだ。
――ボクの使い魔にちょっかい掛けないでよね
先日、ディルクに釘刺された時の記憶が蘇る。
アンジェリカは現在、ディルクの使い魔として彼と契約している。悪魔に近い存在になってしまった彼女は、聖職者などに見つかれば、問答無用で消されてしまう恐れがある。だが誰かと契約していれば、無闇矢鱈に手を出されずに済む。そのため、魔力が一番強く、また使い魔の扱いに長けているディルクと契約したのだった。
(あのディルクまで過保護になるなんて……あっちを先に片付けるしかないか)
道のりは長く険しい。だがそれでも良い。求めるままに追いかけてやる。
(覚悟しててね、アンジェリカ)
未だ隠れているアンジェリカに、イアンはニッコリと微笑んだ。
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