第46話 チートな叔父と間者扱いな俺(Side.アルフレッド)



『……叔父上の予想は半分当たりで、半分外れです』


 俺の頭に置いたままだった叔父上の手を退けて、居住まいを正す。

 青紫の瞳は俺の内側を探っているが、事実として、俺はアルフレッドでありアルフレッドではないのだから仕方ない。嘘も言っていないので裏も何もない、ただの王子だ。貴方の可愛い可愛い、甥っ子ですよ~っ。


(そもそもこんな桁違いの相手に嘘なんて吐ける訳ないじゃんよ~っ。そんな自殺行為するほど考え無しじゃないっつーの……ていうか)


『叔父上……全て承知の上で問い質してますよね?』


 俺が今居るのは、星古学の研究室の奥の奥だ。資料や貴重な古書の囲まれたこの場所は、現在室内にいる学者でもそうそう立ち寄る場所ではない。むしろそういう場所を借りて研究の邪魔をしないようにしているのだから、人の気配が少ないのは当然のことだ。この場所に来るのは、俺に用がある者か、静かな場所を好んでいるアンジェリカだけ。


 尚、そのアンジェリカは、少し離れた場所から俺達を観察している。俺が頭を鷲掴みにされた瞬間から、猫の姿のままな彼女は、見事なやんのかステップを踏んで叔父上を威嚇していた。

 アンジェリカ、俺は大丈夫だから。だから早まらないでくれ。


(国内外渡り歩いてた叔父上とは数年ぶりの再会だし、俺の異変を自分で勘付いた訳でもないよな……ということは、誰かが秘密を漏らした?)


 そんな口の軽い人物は俺の側にいない、と、信じたい。雰囲気的に一番口の軽そうなマリアは、その実一番固かったりする。じゃあ誰だ。先生怒らないから漏らした人来なさい。


『……なんじゃ、随分と潔いのぉ』


 そう言うと、ダダ漏れだった殺気を消した叔父上は、近くにあった椅子に腰掛けた。

 俺が逃げないと判断したからなのか、少なくとも、今すぐどうにかされる事はないのは確かだ。


『もう少し抵抗でもしてみせんかっ』

『生憎、圧倒的強者に丸腰で挑むほど愚かではないつもりですよ』


 いやだって、そうでしょ? こんなレベル一〇〇超えの魔王相手に、生まれ故郷を出発して二日目くらいの冒険者が挑んだところで絶対に勝てないだろ。


 叔父上の反応を見るに、アルフレッドの何かが変わったことはもう調べるに値しないほど古い情報なんだろう。今彼が欲しいのは、俺が間者なのか、それとも本当に変わっただけなのか、という真実だけだ。なら、始めから全てを話してしまった方が状況的にはマシな筈だ。


『つまらんのぉ~。もうちょっと遊んでもよかろうに』

『遊びで可愛い甥に尋問しないで下さいよ』


 というより、尋問を遊びだなんて言わないでくれ。


『お~、順調に小生意気に育っておるのっ。感心感心! あの女子の云うた通りじゃっ』

『そうですか、それは何より……です?』


 ちょっと待て。

 今、女子って云った?


『……叔父上』

『なんじゃ?』

『その……女子って、どなたですか?』


 嫌な予感がする。

 もしかしたらもしかしたで、俺はさっきフラグを立ててしまったのかもしれない――いや、虫の知らせのようなものだったのかも。兎に角嫌な感じがプンプンする。


 まさかまさか、あのピンク色の髪の少女じゃないよな??


『ほれ、あのピンク色の髪をした、ランベールのところの養女じゃ』

『…………』


 マリアーーーー!!!!


 フラグは死亡フラグだった事に絶句する。

 おい、俺の人を見る目の無さよ。何故あの子を一番口固いって評価したの? 思いっ切り裏切ってるじゃないか!!


(何あっさり白状しちゃってんの!? あれだけ秘密だって言ったじゃないか!!)


 ノエルとマリアに前世の話を打ち明けた時に、それはもうウンザリ顔をさせるほど口酸っぱく注意をしたものだった。

 この世界に前世という概念が存在した事には安堵したけれど、それを知られるにはリスクが大き過ぎる。

『前世の文明を参考にして国を発展させろ』なんて命令されたら、今の俺は困っちゃうよ。いや、国の発展のためなら吝かではないけれど、少なくとも今は無理。まだまだやるべき事が多いし、ノエルを破滅させる事なくイベントをクリアするまでは余計な事を入れたくない。


『あ、「アタシの名前は黙ってて!!」って、約束しとったんじゃった』


 アンタも何暴露してんだよ。

 いや、何も問題ないと判断したから暴露したんだろうけど……何なんなの? どいつもこいつも口軽なの? 針千本飲まずぞ??


『まぁ、そんな怒らんでやってくれ。お主とて直ぐ白状したではないか』

『そりゃまだ死ぬ訳にはいきませんから……まさかですが叔父上、脅したりなんてしてないでしょうね?』


 叔父上の言い方が妙に引っかかった。

 十代に足突っ込んで間もない女の子相手に脅したりするなんて、考えたくない。考えたくないのだけど、マリアが白状したのが俺と同じ状況下だったのなら仕方ない事だと思う。いや、だから脅すのがおかしいんだけどっ。


『……いや?』

『……脅したんですか?』

『まぁ、若干』

『脅したんですか!! なんて脅したんです!?』

『うん?『騎士の道を閉ざしたくなくば正直に答えよ』じゃったかの~』


 何やってんのこの人??

 相手少女だよ、少女!! それもスラム育ちの元孤児だよ? そんなつい最近貴族になったばかりの子どもになーにしてくれてるのよ!? そりゃマリアだって全部話すわ!!


『どこで会ったんです? 訓練場ですか?』

『いんや、ランベール邸じゃ』

『……何故、ランベール邸に?』

『そりゃ用があったからじゃろ』


 何を当たり前のような顔をしているんだ。

 そりゃ、訓練場で会っていないのなら、ランベール邸にでも訪れないと、貴族令嬢に会うのは難しだろう。だからランベール邸に行くのは間違ってないのだけれど……そもそもランベールに何ら用のない、ましてやほぼ関わりのない叔父上が行く事そのものがおかしいんだよ。


(わざわざマリアに会いに行ったって事だよね? 甥の婚約者だからってノエルに会いに行く必要性はないし、ランベール伯爵が手がける下水道事業の話をしに行ったとも思えない)


 とするならば、叔父上は本当にマリアに会いに行ったのだろう。

 俺の秘密を吐かせるためだけに? もし叔父上の気まぐれではなく誰かの命令とするなら、何の力もない少女の相手は叔父上でなくてもよかった筈だ。わざわざ叔父上が会いに行った理由がわからない。


『他に……マリアに何か聞きました?』

『聞く用は先程のものだけじゃ』

『聞いてはないけど何かはしたんですね? 何したんですか?』

『なに、あの女子が聖女であるか確認しただけじゃ』


 だから何でそんな当たり前みたいな態度してるの?

 そんな事してもしバレちゃったら早々に教会に連れて行かれちゃうじゃないか!! ノエルが必死になって隠してたのに、一体何てことをしてくれたんだ。ノエルに嫌われたらどうしてくれるんだ!!……じゃなかった。イベント回避出来なくなったらどうしてくれるんですかね??


(ていうか、聖女を見つけ出すって、何? そんな神器みたいな事出来ちゃうの? 何その設定。叔父上一人で色々詰め込み過ぎじゃない? 見た目も良くてチート能力有りって羨まし過ぎるんですが??……じゃなかった。また脱線しそうになった。そうじゃなくて、問題は――)


『それはそうと……お主、いつまで話を逸らすつもりじゃ?』


 雰囲気がまた物騒なものに変わった。

 いや、話を逸らした訳じゃないんですよ。本当にただ疑問をぶつけただけなんですよ。


『……俺が話したら、ちゃんと事情を説明して下さいね』

『それはお主次第じゃな~』

『人でなしっ』

『先ずは儂の問いに答えるのが筋じゃろ。一応、お主は間者の嫌疑がかかっておるのじゃからなぁ』


 嫌疑が掛かってる……犯罪者扱いか。いや、それでもまだマシな方か。断定されて問答無用で拘束されなかっただけマシなのだろう。


(背後で誰が動いているのかも気になるし……仕方ない、さっさと説明するか)


 隙を見て飛んできた猫姿のアンジェリカを膝に乗せながら、俺は前世を思い出したところから説明し始めた。

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