第37話 その後、そしてその先へ
アカリが塵となって消えた日から、一ヶ月が経った。
「お疲れ様です、殿下」
よく晴れた空の下。
剣士の修行の一環である素振りが終わったところで、端で見学をしていたノエルが、ふわふわとした真っ白なタオルを持って駆け付けてくれた。
「ん? 誰が?」
ニッコリと微笑みながら聞き返す。すればノエルは一瞬固まってから頬を染めて目を泳がせた。可愛い。
「え、えっと……アルフレッ」
「え? なーに?」
笑みを崩さぬまま首を傾げる。
ノエル自身意味がわかっているのもあり、一層頬を染めて挙動不審になり始めた。こんな可愛い姿を見られるのだから、つい虐めたくなるのも仕方ないと思う。
「その……ア、アルさま」
もう一ヶ月も同じやり取りをしているのに、貴族令嬢として厳しい礼儀作法を身に着けた彼女には未だに愛称で呼ぶ事に慣れずにいる。
確かゲームの中のノエルも完璧令嬢だった。もし今の様な仕草をみせていたら、あの頭お花畑アルフレッドも少しは興味を引いたのではないか? と思いつつ、『いやこれは俺だから惹かれるんだ。だって俺に向けての表情なんだから!』と思い直した。
俺じゃないアルフレッドに見せなくて良かった良かった!
「うん。ありがとう、ノエル」
名前を呼んでタオルを受け取る。
俺もノエルを愛称で呼びたかったけど、全力で止められてしまった。嫌われてもイヤなので名前呼びで落ち着いたけど、いつかは愛称で呼びたいと模索している。
そんな俺は今、やっと師匠から教えを請う事が認められ、ウィリアムたちと修行を積んでいた。ノエルはそんな俺に差し入れを持ってきてくれたのだ……ウィリアムたちに渡していたのとは違うと思いたい。
見ていても思い白くはないだろうけど、こうしてタオルを手渡してくれたり、ノエル自ら飲み物をいれてくれたりするのはとっても嬉しい。ほんのちょっとウィリアムたちと違いがあれば更に嬉しい……そんな事言っても仕方が無いのだけど。
(まぁ、俺も惚気てる場合じゃないからね。早く本格的な修行に入れるように頑張らなきゃだからねっ)
元剣士でありウィリアムの祖父であるビルに認められ、やっとだ! と喜んだのもつかの間。手足の重りはそのままに、指示された角度での素振りが増えたのに加え、攻撃を避けるための回避と受け身を何度も繰り返す事を始めた。他は筋トレは抑えてひたすら走り込みだ。死ぬ。重り付きの走り込みとか厳しすぎる。
(早速剣術を教えてもらえるのかと思ったけど、よくよく考えたらそんな事無いよな)
野球が素振りをひたすらするように、サッカーがドリブルやリフティングを繰り返すように、剣術もまず素振りをひたすらやり込む。体術だって攻撃よりも回避・受け身をまず徹底して教え込まれる。柔道で受け身をひたすら行うのと同じだな。とにかく基礎前の段階をこれでもかと身体に叩き込むのだ。厳しいけど、合格がもらえればウィリアムと同じく剣術を少しずつ教えてもらえるようになる。早くそこにたどり着けるように、日々頑張っていきたい。
「ア、アル様が学んでいるのは、ウィリアム様のように騎士のものではないのですね?」
「うん。俺はウィルのように騎士になる訳じゃないからね」
今は剣士の祖父に教えを請うているウィリアムだけど、彼が実際学んでいるのは騎士の技であり剣士ではない。
剣士は騎士と違い動きに自由がある。馬にも乗らない。騎士からすれば野蛮で型もなっていないと思われがちだが、戦いにおいて型にはまらない技は時に命を繋ぎ止める。だからウィリアムは剣士の技も騎士の技も取得しようとしていた。凄い。あの年齢でもう己の目指す道を決めて進んでいる事が凄い。俺ももっと頑張らなきゃと思う。
「私も、目指す未来に向かって頑張らねばなりませんね」
「そいやっ!」
「ノエルは頑張ってるじゃない」
「せいやっ!」
「いえ、私なんてまだまだです。先日も魔法の扱いが未熟なことを痛感しましたし」
「えいやっ!」
「孤児院の環境改善や続く慈善活動。下水処理場の建設や最新の浄化槽の開発……魔法だって、俺なんかより頑張ってると思うけどなぁ」
「でぇぇぇい!」
「あ~……威勢良すぎない?」
さっきから俺とノエルの会話をぶった切るように叫んでいる少女――マリアを見る。彼女は木の棒を一心不乱に振り回していた。
「師匠の弟子になったのは知ってるけど、あれは一体どうしたの」
「マリアは体力もなければ筋力もないので、まずは最低限の筋力を付けつつ軽めの棒で素振りからだそうです」
「あの子無事ノエルの妹になったんでしょ? 貴族令嬢の作法とか勉強しなくて大丈夫なの?」
「私たちの前ではあの通りですが、他ではちゃんと令嬢として振る舞えているので大丈夫かと思いまして」
アカリとの対峙でノエルを必死に守っていた、乙女ゲームの主人公である初期設定ヒロイン・マリアは、あの後中断していた養子縁組の話しを進めて、今ではノエルの妹としてランベール伯爵家の一員となっている。
そんな彼女が何故王宮の一角にいるのかと問えば、なんと彼女、ウィリアムの騎士としての姿勢に憧れて女性騎士になりたいのだと迫ったらしい。迫った相手は勿論ウィリアムだ。
始めこそ拒否していたウィリアムだったが、彼女の真剣な眼差しと、諦めさせるために『毎日素振りと腕立て伏せ、腹筋背筋を五〇こなせ』と言ったのを忠実に守ったのもあり、まんまと絆されたらしい。
ウィリアムからビルに話しが行き、先日志願しに来たとともに土下座で『ノエルを守る力を身に着けたい』と言い放った事でビルにも気に入られ、今ではこうして王宮に通って指導を受けている。
俺より出だしが悪いけど、俺以上に人望があるので接し方がまるで違う。真面目人間ウィリアムも目付きがなんとなく柔らかい気がする。ビルにいたっては一八〇度違った。仕方ないとは言えいい加減傷つくぞ。
そして余談だが、俺の魔力は普通だと言われ続けていた事が、実は嘘だということが判明した。
教会の騒動の後、ノエルに「体調は大丈夫でしょうか?」と問われて全てが露見した。
『体調? なんともないよ』
『ですが、あれだけの魔力を消費されたので……』
『……え、なんかあるの?』
『並の魔力の持ち主があれだけの魔法を使えば、疲労で暫く動けなくなります』
何それ。俺知らない。
俺に魔力は普通だと言い聞かせてきたウィリアムを見る。すれば奴は目を逸らして聞いていない振りをし始めた。おいコラ、どういう事だ。
『……ディルクが、「アルの魔力は通常より遙かに多いけど、それを知ったら調子に乗りそうだから、時が来るまでは秘密にしてね」っと』
観念したウィリアムから聞いた話しは衝撃だった。
自分の魔力が多い事ではなく、ずっとひた隠しにされていた事に対してだ。
酷い!! どうしてそんなに信用ないの!?
それは今までのアルフレッドの行いのせいなので何も言えないのだが、それでもこの時は流石にちょっと泣いた。珍しくウィリアムが慌てている姿を見る事が出来たので納得したが、今度ディルクとは話さなければいけないと思う。くそぅ、今に見てろよ。
「まぁ、彼女が選ぶ道だから良いんじゃないかな……それより、彼女の力は今のところ発動していない?」
ちょっと情けない回想を中断して、声を抑えてノエルに問えば、彼女は「今のところは」と、短く答えた。
あの騒動の後、星古学の研究所でノエルに俺の前世の記憶の話しをした。
ノエルが俺の前世の恋人の生まれ変わりであることは伏せ、この世界が乙女ゲームの世界と酷似していること、そして今同じような事が起きていることを説明して、今後起こりえる未来も教えた。
流石に始めから信じてはもらえなかったけれど、マリアが今回発動した“裁きの光”やウィリアムたちの黒いモヤをはらった事、現に婚約関係がギクシャクしていた事に、俺の様子が急に変わった事を聞いて、ほんの少しだけは信用してもらえたようだった。
ディルクたちがいてくれたら信じる後押しをしてくれただろう。けれど、生憎彼らはいなかった。後々ジリアンに会いディルクはどうしたのかと尋ねれば、『ディルクでは使えない力を使うために長い間身体にいなかったから疲労で暫く動けない』と言われた。どういうこった。
「聖女の力を知られれば、教会は彼女を放っておかないですもの。聖女は教会で保護すべきと、過去の記述を正当化してマリアを攫っていきます。教会とは協力関係であるほうが良いですが、この件だけは協力出来ません……やっと出来た私の妹ですので」
そう言うノエルは真剣そのものだが、どことなく嬉しそうな雰囲気に、俺は苦笑しながら「そうだね」と返した。
ノエルはマリアを本当の妹のように大切にしている。溺愛と言っても過言じゃない。そんな妹を守れることが嬉しいのだろう。妹の方も姉を守るために奮闘しているのを知っていれば尚更だ。
「絵に描いたような聖女を求める教会は、マリアが聖女と知れば女性騎士の道を許しはしないだろうから……守ってあげたいね」
国を、そして民の生活を豊かにする事を優先する王族として、聖女の力を利用しない俺の考えは間違いだ。さほど力はなくても、聖女という目に見える希望の象徴があるだけで人の動きは変わる。
けれど、それだけだ。その後に続くものは何も生まれない。マリア自身、与えられるだけ、受け取るだけの聖女になってしまう。
そんな乙女ゲームのマリア化を回避するには、囲って甘言だけを口にする教会を避け、色んなものに触れながら、世界を知って考えを深めていかなければならない。それは教会にいたのではまず不可能だ。アルフレッド同様、愚かな聖女になってほしくない。
「まだまだ~!!」
「……元気だなぁ」
「ふふっ、そうですね」
乙女ゲームの期間はまだ始まっていないのに、同じではなくともイベントは既に始まってしまった。アカリが残した怪しい紙も、ディルクがいないので詳しい事はわかっていないし、入手経路も不明だ。
けれど、被害に遭ったジュード家は徐々に平穏を取り戻し、俺やリオンは少し距離があった婚約者との関係も回復してきている。
覚える事、学ぶ事は多々あるけれど、少しずつ前に進んでいる事が実感出来ているので、苦ではあるが辛くはない。ライバルが出来た事も影響しているだろう……毎日が充実していた。
「こら~!! 休憩時間はとっくに過ぎ取るぞー!!」
「はーい!! じゃあ、また行ってくるね」
「はい。頑張ってくださいませ」
送り出してくれるノエルにタオルを渡して、師弟関係になり敬語が消えた師匠の下へ向かう。
周囲に認められるように、今後起きる問題に対処出来るように、俺は己を高めるために走り出した。
これで第一章完結です。
次は閑話で数話イチャコラを書いて第二章へ入ります。
毎度の如くのんびり更新になりますが、今後もどうぞ宜しくお願いいたします。
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