第38話 閑話・気になるあの子(ウィル&マリア)
長いこと更新してなくてすみません(加筆修正作業はチョビチョビしてます)
今回はウィリアム&マリアの馴れ初め話です。
『剣士って、格好良いですよね。あの……その剣、触ってみても良いですか?』
『わたくし、剣に興味がありますの。ジュード様の剣、少年用ですわよね? 触れてみても?』
剣や、剣の道を志す者に気がある振りをして、甘い顔をして近寄ってくる令嬢は五万といる。
他に近づく切っ掛けもないので、仕方ないといえばそうだのだが。
「……すまない。他者に触らせて良い物ではないので」
そう断りを口にする度に、表に出さぬ不快感がウィリアムの中で育っていった。
ジュード家の次男として生を受けたウィリアムは、嫡男ではないので将来は家を出る事が決まっていた。
年が少し離れた兄は優秀だし、家を継ぐのに相応しい人物だと、弟の目で見てもそう思っている。ウィリアム自身家を継ぐ意志がなかったのもあるが、侯爵家の将来は安泰だろうと、物心ついた時から確信していた。
家族仲も良好で何も心配する事のない環境。それに加え祖父が元剣士で今は師として働いているのもあり、ウィリアムは自然と剣の道を選んだ。文官として働くのも悪くはないと思う。けれど、祖父の剣を扱う様に憧れたのが大きかった。
『あんな風になりたい』と、幼いながらに目標も決まるのが早く、祖父に弟子入りしたのは五つの時。
厳しくも遣り甲斐のある訓練に、充実感を覚えたのは十才を迎えた今も変わらない。
しかし暫くして転機が訪れる。
初めは祖父と同じ剣士を目指していたウィリアムだったが、年の同じ王子の遊び相手として関係を築いて行く内に、将来彼の護衛騎士になるべく、騎士の道へと方向転換する事にした。勿論、自分の意志で。
剣士になるのを喜んでくれていた祖父は落胆するだろうかと悩みはしたが、『決めたなら、最後までやり通せ』と、ビルは彼の背を叩いて騎士の道に送ってくれた。
そんな祖父の心に応えるべく、ウィリアムは今まで以上に訓練や勉強に励んだ。まだ未熟な幼い身体が故障しない程度にだが、やれる部分はみっちり熟した。
そんな彼の頑張りと真面目さが認められ、祖父との修行では短剣を持つ事を許可された。渡された短剣は重く、そして彼の中に誇りを生んだ。
だからだろう。ウィリアムは剣を出汁に自分に近付いてくる令嬢が嫌いだった。
次男でありいずれは家を出るウィリアムだが、それでも侯爵の後ろ楯はなくならない。自分の容姿に対して深く考えた事はないが、生まれと将来の地位を考えれば高物件なのは確かだ。
そこを狙って令嬢たちが近付いてくるのはわかる。時代が変わり恋愛結婚が増えたものの、家と家との結び付きを重んじる貴族はまだたくさんいる。
わかっている。わかっているのだが、ウィリアムは誇りの象徴である剣を使われるのが嫌いだった。
『自分の物差しで人をはかるな。見えない部分までよく見て聞いて相手を見極めろ』という祖父や父親の教え通り、剣を切っ掛けにされても相手を直ぐに突き放す事はしない。しっかり向き合いどういう令嬢なのかを見極めるようにしていたが、やはりどの令嬢も似たようなもので、ウィリアム自身を見る者はいなかった。
唯一ウィリアム自身を見てくれた令嬢は、生まれた時から王子の婚約者として決まっていた。表向きには婚約者候補だが、順番的に王子の代の婚約者はランベール一族の令嬢だと決まっている。令嬢は伯爵家の出で侯爵のジュード家とも釣り合いは取れているものの、王子の婚約者を横取りする事も出来ないので、諦める他なかった。
そんな鬱々とした日々が続いていたウィリアムだったが、流星の如く現れた少女により、状況は一瞬にして変わる事となる。
「お願い!」
「駄目だ」
「お願い!!」
「駄目だ」
「お願いします!!」
「丁寧に言おうが駄目なものは駄目だ」
同じ事の繰り返しにウンザリする。
悪魔の手を借りて従妹に成り代わっていた少女が消えて、早一週間。
『今後に備えて教会との関係を強化する』と、孤児院への視察もかねて訪れているアルフレッドの側近として着いてくるウィリアムは、一つの問題に悩まされていた。
『……アンタ、あれから平気?』
偽アンジェリカの起こした騒動の後、司祭と話すアルフレッドとノエルを見守っていれば、一人の少女からそう声をかけられた。
春に咲く花のようなピンク色の髪に、澄んだ空の青さにも似た瞳を持つ少女……ノエルのお気に入りであり、アルフレッドの恐怖の対象であるマリアとは、ウィリアム自身実は初対面ではない。
偽アンジェリカが家にやって来た後少しして、教会に訪れた時に出会っていた。
『ああ……よく見える』
悪魔の力で認識阻害をされていた時、その現象を一時的ではあるが祓ってくれたのがマリアだった。
当時はアンジェリカの記憶の相違に混乱しており彼女への意識は薄かったが、落ち着いて考えられる今、あの時の礼をするべきだと、ウィリアムは「感謝している」と頭を下げた。
『いいって、そんな大したことしてないし! て言うか、アンタあの王子の側近だったんだね』
『ああ。今はまだ修業中だが、将来は専属護衛騎士として仕える事になる』
『へ~。もう決まってるの?』
『いや。俺の努力次第だ』
『ふーん……剣とか、もう握ってる?』
『君の』
『マリアだよ』
『失礼。君の言う握るがどの程度のものかは理解しかねるが、俺は練習の場においては許可されている。外ではまだだ』
『へぇ~。じゃあ、もう結構良い腕前なの?』
『同年代に負けた事はない』
『ほーん……成る程』
ジロジロと見てくる青い瞳に居心地の悪さを感じる。
(だが、下心は見えない)
その目に写るのは純粋なる好奇心な事を感じとる。だが純粋過ぎて逆に気味悪い。
『……何だ?』
『あのさ、騎士って、どーしたらなれる?』
マリアの言葉に、ウィリアムは片眉を僅かに上げた。
今までの令嬢と違い、彼女は剣に意識を向けず、かと言って騎士が好きだと言うわけでもなく、騎士になるにはどうすれば良いのかと問われるのは初めてだった。
『まず試験がある。その試験に合格すれば騎士見習いとして働き始める』
『試験って、どっかに習いに行ったりするの?』
『試験を受けるには基礎は習得してなければならないからな。皆師を得て学んでいる』
『そっかぁ……』
思案する青い瞳は真剣そのもの。
初めてだった。剣や騎士の話題を持ち出す令嬢は多かったが、こうして真剣に聞いて考えている仕草をするのはマリアが初めてで、ウィリアムはその姿を無意識に見つめていた。
『……アンタ、剣の腕前は良いって言ったよね?』
『……あぁ』
『練習とか訓練とか、王子の側近以外の時間って、暇な時ある?』
『……ない訳ではない』
『移動は結構自由にできる?』
『そ、それなりに……』
どうしてそんなに素直に答えてしまったのだろうと、後々頭を抱えたのは言うまでもない。
真剣ながらも嬉々とした瞳に、ウィリアムは自分が墓穴を掘った事を悟った。
『お願い! アタシに剣の基礎を教えて!』
そして不毛なやり取りに戻る。
何度倒しても起き上がるアンデッドのようなしぶとさに、この日初めてウィリアムは『視察よ、早く終われ』と願った。
教える事ができない訳ではない。教える事が嫌なのだ。
ウィリアムにとって女性は守る対象。その相手に自分が教えるという事に抵抗がある。それ以前に、教えるには自分はまだまだ未熟者だという認識がある。ウィリアム自身、まだ己が学んでいる最中なのだ。教えるなど出来る訳がない。
『……なぜ』
『へ?』
『なぜ、そこまで騎士になりたい?』
話しを逸らしたい思いもあるが、純粋に疑問だった。
自分の母や姉のように何処かに嫁いだり、学んで手に職をつけて働くことだって出来る。孤児という出は厳しいものだが、そういう道だって無い訳ではない。それなのに、女性として肉体的にも精神的にも厳しい道を敢えて選ぼうとする意味が、ウィリアムにはただただ不思議だった。
「そりゃ~、ノエルを守るためだよ?」
「守るなら侍女という職でも十分だろう」
「侍女って、お手伝いさんみたいなやつでしょ? そうじゃなくて、危険な時に盾となり剣となれる存在になりたいのよ、アタシは」
「それは……騎士の務めだ」
「だからアタシは騎士になりたいんだってッ!」
何回も言ってるじゃん! と頬を膨らますマリアに、ウィリアムは今度こそ何も言えなくなった。
今までの令嬢と何もかも違い過ぎる。まずこんな砕けた話し方をする者もいなければ、剣の教えを請う者も、それ以前に騎士になりたいと食い付いてくる者すらいなかった。
「……正気か?」
最早正常な判断だと思えずそう口走れば、マリアは「アンタ失礼だな!?」と、こちらも今度こそ本気で怒ってしまった。
「ノエルとはあの事件より前から一緒にいるからわかるけど、あまりにもあの子を守ってくれる人が居なさすぎる。何? あの体たらく! 肝心な時に守れないなんて、意味なさ過ぎるでしょ!? だから決めたの。アタシが側にいてノエルを守るって。でも今のアタシには力も、使える魔法もない。だから教えてくれる人がほしいの、わかる? 理解する気がなくても意味はわかるよね? だから一番身近なアンタにお願いしたの。でもアンタ、女に教えるの嫌みたいだから他をあたるわ。じゃーね、化石。良い騎士になりなよ」
「か、化石……」
言うだけ言って、ノエルは孤児院の方へと歩いて行ってしまった。
化石と言われたのも初めてだったが、何よりあれだけ真剣な目で、感情を露わにして怒鳴られたのも初めてだった。
「化石……」
自分はそんなに古い考えだっただろうかと、自問自答する。決して女性が騎士になる事を否定したわけではない。ただそんな辛い道を進まなくても良いのではないかと、そう思っていただけだ。
本音を言えばあの子が苦手なのは認める。苦手というより、どう接すれば良いのかがわからない。だからといって教えるのが嫌とかではなく――
「なら、そう言ってあげれば良いじゃん」
気が付けば、アルフレッドが呆れた顔をして立っていた。
今のやり取りを見ていたのだろう。『ウィルらしいよね』という表情をしている。隣にいるノエルも苦笑を溢していた。
「だが……今更だ」
「そう思ってるなら、尚更行ってきた方が良いよ。誤解は拗らせると厄介だから」
「彼女は怒っている」
「怒ってるのは関係ないね。重要なのは謝るか謝らないかだから」
「しかし……」
「行きなさい。それとも、命令されて仕方なく行く?」
そこまで背を押されて行動しないほど愚かではない。
一つ断りを入れて、ウィリアムはマリアの背を追いかけた。
それから、暫く経ったある日のこと
「はぁ~、運動後のジュースが美味しい!!」
まるで酒場で飲んでいる仕事上がりの剣士のような言葉を放ちながら、ノエルの差し入れのジュースを飲んでいるマリアを横目で見る。
あの日、去って行ったマリアに追い付いたウィリアムは、アドバイス通り本心を伝えた。
そして結果、仲直り出来た。仲直りというより誤解が解けたといった方が正しいが、マリアが『じゃあ仲直りだね!』と言っていたのでそれに合わせている。ウィリアム自身、その言葉は嫌いじゃない。
「走り込んで素振りをしただけだぞ」
「わかってるってば! 自分を褒める事ぐらい別にいいでしょ~」
「……毎日続けているのは感心している」
「お? 先輩に褒めてもらえるとは、こりゃもっと頑張らなくちゃねっ」
そう言ってニコニコと笑うマリアを眺めているのも、嫌な気にはならない。いや、好ましく想っている自分が確かに存在していた。認めるのは悔しいので、絶対口にしないけれど。
ウィリアムの紹介で、マリアは彼の祖父・ビルに弟子入りした。目指す場所はウィリアムと同じ騎士なので、今後また違う勉強が必要になってくるが、基礎すらまだなマリアには十分だった。
ビルに自ら土下座して弟子入りした彼女は、それから毎日指示された事を熟している。食事内容はランベール家の養女になったお陰で改善されたものの、貴族の食事はまだ慣れず悪戦苦闘している。それでも筋肉を付けるためのメニューをせっせと食し、マナーも徐々に身についている。ノエルも妹に教えているようだと喜んでいた。
トレーニングも、今は基礎体力をつけるために軽めのランニングや、無理のない範囲の筋肉トレーニング、そして持つ事に慣れるための素振りしかさせてもらえていないが、それらもサボる事なく毎日行っている。アルフレッドが焦るぐらいには日々身についているようで、ビルも喜んでいた。
慣れない環境、今の華奢な体格では厳しいトレーニング、そして貴族マナーの勉強……やるべき事が多く、泣き言一つ言っても誰も責めないであろう中、それでもマリアは嘆くこともなくいつもケラケラと笑っている。無理をしている風には見えないその笑顔に、それだけの精神力と素質に、ウィリアムは惹かれていた。
「この後はなんだっけ?」
「組み手だが、マリアは素振りの続きだ」
「はーい。はぁ、早く組み手が出来るまでになりたいなぁ」
「直ぐ出来るようになる……焦らなくても、大丈夫だ」
向上心があるのは良い事だろう。だが、焦って身体を壊しては元も子もない。それこそ騎士の道が閉ざされてしまう……妹弟子がいなくなるのも、惜しい気がした。
「うん、うん! そーだよね、焦ってもどうにもならないし。ありがとう、兄弟子!」
屈託のない笑みに、嬉しさと同時に後ろめたさを感じた事は、忘れるようにした。
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