第17話 進展 ★

2022/01/16に大幅加筆修正しました。



 ノエルとのお茶会は出だしで躓いたものの、その後は穏やかな時間を過ごす事が出来た。

 何も言えずただただ泣いていた俺に、彼女は呆れる事なく笑顔を向けてくれていた。


『殿下のお話を聞く事が出来て嬉しいです』


 嫌味ではなく、本当に嬉しいといった体で喜んでくれていた。今までのアルフレッドの所業を考えると嫌われていても仕方ないのに、ノエルは広い心で受け止めてくれる。感動でまた泣いたのは言うまでもない。


(それに……)


 ノエルの一つ一つの仕草が蘇る。


スプーンやフォークを持つ、手の癖

疑問に首を傾げる角度

微笑む時の口元

人を見る時の真っ直ぐな瞳


 覚えている。伊達に一緒に過ごして来ていない。

 ノエルの全てが、彼女はミツキである事を改めて教えてくれていた。


(……魂は同じ、か)


 他に確信出来る何かがある訳じゃない。けれど俺という前例が存在する以上、俺の様に転生してきた可能性も有り得るのではないかと、そう考えてしまう。夢を見たいだけ、という訳じゃない。


(ただ、ミツキの生まれ変わりって話しなだけなんだけど)


 事実として、ノエルはノエルであってミツキではない。けれどミツキの記憶が所々に滲み出ている。似ているだけ、という事は無いだろう。似ているだけでそんな細かい部分まで同じなんて事は無い筈だ。


(願いが、届いたのかな)


――生まれ変わったら、今度こそミツキを守るよ


 前世の死に際。水面から遠ざかって行く冷たい水の中で、確かに俺はそう願い、誓った。

 生まれ変わる事が出来るのなら、今度こそ守り抜く。その願いは今世でもしっかり胸にある。

 だから俺が転生したのは、俺の魂をこの世界に連れて来た者の慈悲であり試練なのかもしれない。

 何処の誰かは不明だが、与えられたチャンスを逃しはしない。誓いの通り、彼女を……否、二人を守り抜く。今度こそ誰にも傷付けさせはしない。


 そう思うからこそ、同時に疑問も浮かんで来るのだが。


(ノエルはミツキの影響を受けているのに、何でアルフレッドは俺の影響を受けてなかったんだろう)


 話しを聞く限り、俺は前世の記憶を得るまでは、そうとうな怠け者……というより、ゲームのアルフレッドそのものの様だった。勿論、前世の俺は親が親じゃなかったのもあり怠ける事はなかった。自分の事は自分でしていたし、普通に働いていた。そんな俺の性格がアルフレッドに反映されていなかったのは、一体どうしてなのか。

 そもそも、どうして俺は異世界転生までしてアルフレッドに生まれ変わったのかも、アカリがアンジェリカとして生まれ変わったのかも不明なままだ。

 三人もいれば誰かしら他の世界、若しくは元の世界で生まれ変わったっておかしくないのに、三人とも同じ場所に生まれて来てしまった。しかもゲームの設定が存在する世界にだ。


(この世界じゃなきと駄目な理由でもあったのか?)


だとしたら、それは何だったのだろうか。情報が足りないのと同時に、前世の世界の常識では理解の範囲を超えているからなのだろうか、謎が謎を呼んでいる状態だ。何度頭を抱えた事だろうか。


(でも、この好機は逃したくないな)


 ショウの記憶が戻って以来、大変だが事は良い方向へ進んでいる筈。ノエルとの仲もギリギリのところで壊れずに済んだし、友人たちの婚約関係も守る事が出来ている。俺と同じイレギュラーであるアカリ対策も順調だ。運悪く巻き込まれたのであろうウィリアムも顔色は良くなった。これで推しである友人は大丈夫だと思う。良い事だ。


 俺やアカリのせいで、ゲームとは違う未来に進んでいる事に対しては申し訳ないと思う。けれど自分の、そして皆の人生をぶち壊してまでゲームのシナリオに沿う事は出来ないし、したくなかった。


(もしかして……俺が前世を思い出したのって、今の状況になるのに必要だったから、とか?)


 思えば、全てが急激に動き出したのは、アルフレッドが前世の記憶を得て俺になってからだ。アンジェリカやノエルの行動は既にゲーム通りではなかったけれど、それ以外の、友人たちの婚約関係はほぼゲームの内容に繋がる動きをしていたと思う。


(壊れるように、導かれた?)


 持っていたカップをゆっくり置いて、腕を組んで考える。

 この世界において俺の様な存在は、シナリオを変えてしまう恐れのある異分子だ。普通、シナリオ通りに進ませたいなら、俺の記憶はずっと眠らせたままにするだろう。そもそもこの世界に転生なんてさせない。

 でも、もし記憶が戻る前に、ゲームのシナリオから大幅に外れる事が既に起きていたとなればどうだろうか?


(俺より先にゲーム知識のあるアカリが目覚めて暴走した……異分子には異分子を、ってこと?)


 現段階で、乙女ゲームの内容を細部まで把握しているのは俺とアカリだけだ。

 ゲームの攻略方法を知っていれば、それを使って自分の思うがままを実現させる事も不可能ではない。現にアカリはゲームの情報を使って自身をヒロインにしようと行動していたではないか。もっとも、アカリの場合、己がヒロインだと本気で思っているだろうけど。


(シナリオに沿うことは諦めて、俺を使って全てが崩壊するのを阻止させた?)


 記憶持ちに対抗するような記憶持ちを出現させたら、必ず相容れる事なく戦いに発展する。既に俺とアカリはその状態だ。いやアカリはどうか不明だけれど、俺は猛烈に抵抗しているし、その時点で“何か”の目的は一部達成されている。


「……神様、ねぇ」


 決して神様という存在を心から信じている訳ではない。けれど、不可思議な現象に納得出来る答えは、それぐらいなのもまた確かだった。


(もし神様が存在するなら、そもそもアカリを転生なんかさせなきゃいいのに)


 過ぎた事を考えても仕方ないが、ついそんな風に思ってしまう。というより、こんな乙女ゲームに酷似した世界を作る時点でどうかしている事に気が付いてしまった。


(乙女ゲーム知ってる神様ってなに? 何か参考にしたかったの? そんな想像力の欠如した神様なんている? ていうか、神様もゲームするの? 嫌だよそんな神様……)


 基本的に、このゲームのラストはハーレムだ。誰を選び誰エンドというストーリーは存在するが、選んだ攻略対象を攻略する上で、他のキャラも好感度を一定数上げないといけなかったりするため、ヒロインは必然的に誰からも愛されるポジションになっている。俺はそういう部分も苦手だった。大好きな悪役令嬢を学園生徒の前で集団で罵るだけでなく、苦手なヒロインを誰のものになっても愛していなきゃいけないなんて……最悪だ。生き地獄だ。


(神様、いくら乙女ゲーム好きでも、ハーレムは駄目だ)


 そんな不敬な事を考えた瞬間、頭を思いっ切りひっぱたかれた衝撃を受けた。


「いったぁ!?」

「王子、何があっても声を上げて驚いてはいけませんよ」


 側に控えていたフィンにすかさず注意される。

 ちょっと、少しぐらい心配してくれてもいいじゃないか。


「いやでも今、誰かにひっぱたかれた様な」

「それでもです。一国を担う者が、それも誰の目にも見えない現象に振り回されていては、周囲を混乱させるだけです。ご自身の立場も危うくなります。ここは王子の私室で私しかいませんからまだ良いですが、今から慣れて行かねば同じ事が起きた時に今の様な反応をしてしまいますよ」

「それは、そうだけど……」


 フィンの言っている事は正しい。

 王とは、何が起きても動揺しない精神とともに態度も求められる。これは王子である期間から鍛えられていくものであり、実際俺が求めたものだ。だからフィンの言う事は全面的に正しいし、何も言うことはない。のだが、何だか急に壁を感じて、ちょっと動揺してしまった。


「王子が失礼な事を考えて叱られたのはちゃんと理解していますので、王子は思考の方も気をつけて下さい」

「はい、わか……なんでわかったの!?」

「王子の事ですから」


 にっこり微笑んで言ってのけるフィンに、今までの寂しさから一変、恐怖を感じた。

 何故そんな細部まで察する事が出来たのか……俺の体験したものは、フィンの言うとおり誰にも見えない現象だったはず。


(フィンって何か特別な能力とか持ってたっけ!? 思考を読み取る力とか持ってないよね!?)


 何ごとも無かったかの如く控えているフィンを恐々としながら凝視していれば、不意にドアをノックする音が聞こえてきた。


「失礼する。アル、頼まれていた報告書がまとまった……」

「あ、ああ……ウィル、やっと来た」

「……何だ、その化け物に遭遇した様な顔は」


 入室を許可されて入って来たウィリアムは、俺の顔を怪訝そうに見下ろした。

 仕方ないじゃない。思考を読まれたんだもの。

 そんな友人の腕には、子どもには少々大きめの封筒が抱えられていた。


「ううん、なんでもないよ。情報収集、お疲れ様」

「なら、良いが。それと、俺は報告結果をまとめただけだ」

「それでも病み上がりでやってくれたんだもの、ありがとう」


 何とも言えない顔をしているウィリアムから封筒を受け取り、気持ちを切り替えて中身を出して確認する。

 取り出した書類には、アンジェリカや彼女の家であるクローム家、及び所持・管理していた地域について記されていた。


「ふーん……町で行方不明の女の子、ねぇ」


 事故で亡くなったとされる、ジュード家の分家であるクローム男爵一家。彼らは本家が持つ領地の一部の地域を管理していた。勿論そこには町もあるため、男爵は町長の役目も担っていた、という事だった。

 その男爵が管理する町で、数ヶ月前から一人の少女が行方不明になっているらしい。だが不気味な事に、その少女の年齢や容姿、声やその他の特徴などは誰もわからないのだそうだ。少女の捜索届を出した家の住人も、娘の詳細を答えられないらしい。『まるで頭の中で黒い煙が充満したみたいになって、何もわからない。けれど娘がいたのは確かだ』と、周囲に話している事が報告書には記載されていた。


「実の親が……それも不仲ではなかった親が、娘の事について何も思い出せないっていうのも、おかしな話だよねぇ。町の人たちもそんな感じなんだよね?」

「ああ……そこの家に娘がいた事は覚えているが、容姿も何も思い出せないらしい」

「どこぞのホラー小説みたいな話しだよね」


 実際似たような現象に悩まされているからだろう。ウィリアムの顔を見れば、青白い顔をしていた。

 無理ないよね。自分が現在進行形で体験している現象が、一つの家の中ではなく町単位で起きているとなれば、そりゃ怖く感じるわ。


「心配しないでよ。無事解決するから」


 にっこりと微笑めば、ウィリアムは小さく頷いた。今までの行いのせいで、心から信じてもらえないのは理解している。ただ、ほんの少し心が軽くなってくれればそれで良い。


「じゃあまずクローム家に行って、その後町の様子を見ようか。最後は予定通り“あそこ”だね。ディルクは?」

「今来たよ」


 声のしたドアを見れば、そこには同行する予定のディルクが立っていた。


「ちょうど良いくらいでしょ?」

「うん。ピッタリだよ」


 時間を確認すれば、約束していた時間丁度だった。

 ディルクは長いローブを纏い、自身の身長を越すほど長い杖を持っていた。先端には大きく白い魔石が一つ取り付けられている。アルフレッドの記憶にも、ゲームの武器にもない杖だ。


「時間が勿体ないし、早く行こう。魔法を使う時は、僕の言うことちゃんと守ってよね」

「うん。ありがとう、ディルク」

「話しに乗ったのは僕だからね。責任持って送り迎えするよ……アルのその手足に付けてるゴツいやつは、見えないようにしておくから」


 先程のウィリアムのような怪訝な表情を浮かべながら、ディルクは俺の四肢に付いてる重りを見た。

 理由は知っているから取らないのかとは聞いて来ないが、下町に行く服装でも不似合いな重りに何か言いたくなるのは理解出来る。俺も出来れば外したいけれど、それをするとビルの弟子入りが一瞬にして消えてしまう。だから魔法で見えなくしてくれるのはとても有り難い。


「うわっ、本当に見えなくなった……」

「凄いな」

「練習すれば出来るようになるよ」


 涼しい顔をしながら言ってのけるディルクだが、彼の生まれ持った魔力量と才能を考えれば、俺たちが習得するには年単位の練習が必要になりそうだと、思わず遠い目をしてしまいそうになる。

 けれど、実際他人の目に見えなくなるのは便利だし、それを自分で出来るようになるのもまた便利だ。誰かにお願いしないで出来るようになれば、今後も重りを付けたまま行動出来る。ぜひ習得したい。


「アルは精神鍛えないとダメだよ。あと体力」

「あ、はい……」

「別に無理って言ってる訳じゃないからね。今までろくに魔法なんて使って来なかったのがアルだし、魔法のない世界から転生してきた前世の記憶が強い今のアルは、まず魔力を感じる事から始めないといけない。慎重に、少しずつってこと」

「うん、わかってるよ」


 俺は頭を掻きながらそう答えたが、頭の中ではディルクの言葉でいっぱいだった。

 フィンといいディルクといい、どうして俺の周囲には心を読む者が多いんだ。これでは秘密ごとなんて出来ないじゃないか。


(俺、そんなわかりやすい顔してる?)


「「大分わかりやすい顔してる」」


 今度はウィリアムにまで言われてしまった。

 どうやら俺の顔は目より心を写し出すらしい。これは本気でフィンの指摘を注意しないといけなさそうだ。


「そろそろ本当に行こう。最後の場所には夕方までには行きたいし」

「何か問題があるの?」

「魔獣は勿論だけど、生き物とは違う得体の知れない“モノ”が出やすいからね。特に人が亡くなった現場はそういう“モノ”が集まりやすいから、なるべく早く行って帰りたい」


 その言葉に、俺とウィリアムは慌ててディルクの隣に立った。これから魔法で移動するためだけど、悪寒を感じたのもある。

 笑いたければ笑ってくれ。そういう類いは苦手なんだ。


「僕の肩や腕に掴まっててよね。はぐれると時空の狭間に置いてきぼりになるし、最悪身体がバラバラになるから」という忠告にもビビりまくり、忠実に従った。

 移転魔法は魔法の中でも危険な部類だという事は知っていたけれど、魔導師に言われると恐怖が一気に跳ね上がる。出発時からここまで危険が伴うとは、正直そこまで考えていなかった。


「行ってくるよ、フィン」

「行ってらっしゃいませ、王子」


 フィンに声を掛けた瞬間、視界がぐにゃりと歪んだかと思えば、そこは緑豊かな田舎道だった。


「……着いたよ」

「速くない!?」

「一瞬、だったな」


 初めての移動魔法体験に呆気に取られている俺たちに、当の本人は「まぁ、最初はビックリするよね」と涼しい顔をしている。

 もっと移動中の風景が見えたり浮遊感を体感したりするのかと想像していたけれど、一呼吸もなく終わってしまった。それと同時に、俺の使い熟せるようになろうという気合いも一瞬にして消え失せた。無理……失敗する気しかない。


「それで……ここで合ってるんでしょ? クローム男爵家って」


 ディルクの問いに、ウィリアムが小さく頷いた。


 俺たちの目の前には、こぢんまりとした邸が一軒建っている。廃れている様子はないけれど、人の気配は全くしない。


「じゃあ、行こう。アンジェリカ嬢の謎を解きに」


 そう言うと、ディルクは杖を門に向けた。

 指揮が完全にディルクに渡ってしまったけれど、情けない事に、俺はまだショックから立ち直っていないので助かる……もっと経験して動揺しない精神を手に入れたい。


 静かに開いた門を通って、俺たちは住人がいなくなった邸に足を踏み入れた。




*****




(……行ったか)


 アルフレッドたちが移転魔法で王宮から離れたのと同時刻。

 星古学の研究室で一人黙々と作業をしていたジリアンは、彼らの出発した気配を察知した。


(まったく……あの人もたちが悪い。始めた張本人なのに、ショウやマリアに解決させようとしているのだから)


 古代語を読み解きながら、レポート用紙にガリガリと文字を書いていく。何枚書いたのかは数えないと不明なほどペンを走らせたが、ジリアンはその手を休めない。


『何を企んでいる?』


 以前、ジリアンが単刀直入に聞いた時、彼……ディルクは数回瞬きをした後に、ニッコリと微笑んで答えた。


『企んでなんていないよ。ただボクは、前世の娘が今度こそ幸せになるのを望んでいるだけだよ』


 その言葉に、嘘はない。それはジリアンが一番理解しているが、やはり彼のやり方は好きになれなかった。


『神が転生までしたんだ。自身で解決するのだと思っていた』

『ボクも最初はそう思ってたけど、ショウが無事目覚めてくれたし、マリアもゲームの彼女とは随分違っているからね。任せても大丈夫って、思ったんだ』

『貴方がやれば一気に片付くだろうに』

『いざとなったらそうするけど、この物語の主役はアルフレッドにマリア、そしてノエルだからね。今暫くは『ただの魔導師――ディルク・プラネルト』でいさせてもらうよ』


 そんなやり取りを回想して、ジリアンは溜め息を吐いた。


(まるで怨念だな)


 ディルクの婚約者となって、既に五年の月日が経つ。その間に、彼の秘密や今後起こり得る事態を聞かされてはいたが、聞けば聞くほど『神も人と変わらんのだな』という感想しか持てなくなっていた。


「神が世界のモノに干渉するには、転生して世界の内側に生きなければならない、か。さっき殿下をひっぱたいていたし、世界のモノに干渉出来ているのは確かなのだが……」


――やってる事が、あまりにも粘着質で、子どもじみている


「早く、解決すれば良いが」


 子どもじみている間はまだマシなのを……神が本気で潰しにかかる前だから平和なのだという事実を、ジリアンだけが知っている。


 最悪の状況になる前に全てが終わることを願いつつ、同時に長い戦いになる事も予感して、彼女はまた一つ、溜め息を吐いた。



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