第16話 出会い、または再会 ★
※2021/12/18に加筆修正しました
時は一週間前まで遡る。
ビルの試練を受けて早七日。俺は疲労と筋肉痛で動くのもやっとな身体を無理矢理動かして、待ちに待った場所へと向かうべく馬車に乗っていた。
『……大変そうだな』
『そりゃ君のお祖父さんからの試練だもの』
『それは……そうだな、確かに』
『まぁ、今は筋肉痛で死にそうだけど、これを乗り切ったら弟子にしてもらえるんだから、めげずに頑張るよ』
などと言ってみたものの、俺の身体は悲鳴を上げ続けている。
なにせ筋肉痛なのに加え掌は豆が潰れて悲惨な事になっているし、背筋や食事などのマナーも守らないといけないのだ。出来るなら今すぐ寝っ転がって休みたいけど、それをすれば従者用の馬車に乗っているフィンがすっ飛んでくるだろう。なによりそんあ姿を見せた時点で全てが無に還る。無理だ。気を緩める事は出来ない。
『それでも、今日はいつもより好調なんだけどね』
しんどいのは相変わらずだけど、アドレナリンが分泌されているのか、今日は思ったほど節々の痛みは感じていなかった。
(なんたって今日はやっとノエルに会えるからね! そりゃ舞い上がって痛みも薄れるわ!)
今日は前世で推しキャラだった悪役令嬢――ノエル・ランベールとのお茶会の日なのだ。
自身の婚約者と会うのにテンションが上がらない男はいないだろう……アルフレッドは除外するけど。
(前世の記憶が蘇った後、アルフレッドの予定をフィンに確認して良かったよ……まさかスケジュール帳に書き込んでないとは思わなかった)
あれは前世の記憶を一気に得たせいで体調不良に陥った後、回復して今後やらねばならぬ事をまとめている時だった。
*****
『そう言えば、ノエル……婚約者とのデートっていうか、お茶会みたいなのってないの?』
乙女ゲームの攻略対象や今後起こりうる事をまとめた後、俺はアルフレッドが使っていたと思われるスケジュール帳らしき物を開いて彼の予定を確認した。
執事が付いている様な人間のスケジュールを管理するのは、主に従う彼らの仕事である事が多い。けれど母である王妃は『自分のスケジュールくらい自分で把握出来るようになれ』という意味を込めて、アルフレッドに手帳を渡していたようだ。良い教育だと思う。
(問題はアルフレッドだけど……流石にそのくらいやってるよな?)
アルフレッドだって腐っても王子だ。十才といえど教会や孤児院などへの視察ぐらい行っているだろうし、勉強の日程だってある。
だからそれらを確認すべくスケジュール帳を見てみたのだけれど――おかしい事に、全くと言っていい程何も書かれていなかった。
『……はい?』
呆気に取られながらも、俺は他の月の予定も確認してみる。けれど何処にも視察や勉強などの予定は書かれていない。
『えぇ……もしかして、全部フィンまかせ?』
一体何のためにスケジュール帳を持っているのか。書かれているのは“~に会う”などの誰かとお茶や遊びに行くことしか書かれていなかった。
本当に遊んでばっかりだったんだな と、脱力して机に突っ伏す。
一体どうしてお前はそんなに怠け者なんだ! と嘆いていた俺だったが、ふとある名前を見かけていない事に気が付いた。
『……今の手帳、ノエルの名前ってどこかに書かれてた?』
本来の目的を思い出した俺は、身体を起こして再び内容を確認した。
けれどノエルの名前どころか婚約者という文字すら何処にも書き込まれていない。
おかしい。婚約者とのお茶会は、関係を築くのに少なくとも月に二回あっても良いはずなのに……
『こ、ここまで?』
サァー と、血の気が引いていくのがわかる。
乙女ゲームでは、アルフレッドは始めからノエルをあまり良く思っていなかった。それ故に、実際の彼もノエルを避けているだろうとは予想していた。が、スケジュールに名前を書かないほど彼女を避けているのは衝撃的だった。
『フィ、フィンが来たら予定、聞かなきゃ!』
せっかく体調が回復したのに、あまりの愚行に再び目眩を覚えた出来事だった。
*****
(アルフレッドは、ノエルの何処が不満だったんだろう……)
ゲームの中のノエルも貴族として己の役目を全うするために日々学んでいた。そしてそんな真面目な性格は変わらないようで、まだ十才と幼いこの世界のノエルも、孤児院や教会への慈善活動を積極的に行うだけでなく、スラムの劣悪な環境を改善させるべく奮闘している。
普通の令嬢なら、礼儀作法と婦人会などでのバトルのためによく回る口を学んでいる最中だ。
それなのに、ノエルは既に礼儀作法は完璧に身に着け、王妃教育……王家側の立ち振る舞いや、他国の文化や言語、もてなし方等も学び始めている。凄くないか? 俺の婚約者。
王宮内でも、ノエルのこの評判は俺と同じだった。嫌う要素が何処にも無い。
(まあ、勝手に決められた婚約ってところがもう理由だったんだろうけど。でもここまで関わろうとしないってなんなの?)
『ねぇ、ウィル』
『なんだ?』
『ウィルから見て今までのアルフレッドってさ、ノエルに対してどんな感じだった?』
率直に聞いてみる。
自分でわからないなら、第三者に聞いた方が的確な指摘や感想をくれるだろうと思った。
『どんな、とは?』
『ん~……仲が良いとか悪いとか?』
いちいち疑問形で返してしまう事に情けなさを感じる。けれど真面目人間ウィリアムは、そんな俺を気にする事なく『そうだな……』と、考える仕草をしながら目を瞑った。
なんだその恰好良さは
それでなんでゲームで人気がなかったんだ?
両手の指を足した年齢になったばかりでありながら、それでも将来クール系イケメンの片鱗を醸し出しているウィリアムをマジマジと見てしまう。
前世はノエルの次に推しだった事もあり、余計目が釘付けになる……勿論、自分が気持ち悪いのは重々承知してる。
だがそんなちょっとした俺のヲタク心も、次の瞬間ぶっ飛んだのだった。
『ランベール嬢に対しては、素っ気なかったな。いや、まるで興味が無さそうに見えた』
『キョ、キョーミガナイ』
『ああ、話しかけられても何も答えなかったぞ』
『…………何ですと?』
想像していた以上の酷さに唖然とする。
アルフレッドの事だ。ノエルを気に入らないあまりゲームの様に難癖付けて嫌悪感丸出しなんだとばかり思っていた。だから今までの行いを誠心誠意謝罪して、どうにか関係回復をと練っていたのだけれど……まさか話しすらしていないのは予想外だった。
『え、それ本当?』
『……やはり、今のアルは覚えていないか』
『覚えてる事もあるけどノエルの事は……はっ! まさか、覚えてないってそもそもアルフレッド自身記憶に留めておかないほど相手にしてなかったとか!?』
『可能性、というよりそれしかないだろうな』
『うそ……そんなっ』
アニメであれば“ガーンッ”という効果音が出そうな程、俺はアルフレッドの感情と行いにショックを覚えた。
『興味がない、無関心って……それ嫌いよりヤバいやつ!!』
『何の感情も持っていないのは確かにヤバいな』
『俺、前世の記憶蘇って正解だった感じだよね!? え、あ、でも手遅れだったりする? ノエルの様子とか、何か知ってる!?』
好きの反対は嫌いではなく無関心だと、前世の世界ではそんな風に言われることがあった。
嫌いの方がまだ良い。何であれ相手に何かしらの感情を持っているという事だから。だが無関心は違う。完全に相手を知ろうとしないし、視界に入っても透明人間扱いだ。そこから好意を芽生えさせるのは至難の業だし、何よりもまず相手の存在を認識させなければいけない。
『いくら親が勝手に決めたからってそれは駄目だアルフレッド!』
『本当に、前世のアルが常識人でよかったよ』
『もっと言えばこの世界でいうところの市井生活してる超凡人だったよ!』
『国民の感情が理解出来て良いではないか』
『はぁぁぁこんな事なら本当に生まれた時から覚えててほしかった!!』
誰の前でもニコニコ微笑んでいられるのは、アルフレッドの立場からして最強の武器だと思う。けどその笑顔の下でお前は何てことをしてくれてるんだ!! という気持ちが俺の心を埋め尽くす。
『俺……嫌われてないかな』
『そればかりは、何とも言えないな……』
『ですよねぇ』
ゲームでは知り得なかった事実に泣きたくなる。
画面越しのアルフレッドも俺からすれば酷い奴だったが、実際のアルフレッドも中々に酷い奴だった。
婚約者に対して無視とか出来る? 例え婚約者がノエルじゃなかったとしても、俺は出来ないよ?
『はぁ……ランベール伯爵も、俺のこと良く思ってないでしょ』
『愛娘をぞんざいに扱う相手に良い感情は持たないだろう』
『ですよねぇ……会ったら今までの事、詫びなきゃ』
『泣くなよ』
『泣かないよ!』
俺は気を上げるために、隣に置いてある包みにそっと触れた。
深紅の薔薇のような包みの中には、フィン情報で知った、ノエルが好きな市井のお菓子屋さんのクッキーが入っている。試しに自分で食べてみたけれど、素朴で優しい味のするクッキーだった。普通に美味しいと思う。
(……ミツキも、こういうクッキー好きだったな)
好きな物も自由に食べられなかったミツキの、頬を上気させて幸せそうに食べる姿を思い出して、そっと心の奥に仕舞った。
これから会うのも、この世界の俺の婚約者はノエルだ。彼女の無念を晴らす事ならまだしも、こんな事では大切にすべき者に失礼過ぎる。
(ノエルも、喜んでくれたら良いな)
そんな風に考えていれば、馬車が止った。ランベール邸に到着したらしい。
開いた扉から、先にウィリアムが出る。脇に寄ったのを見計らって、俺もクッキーを持って馬車を降りた。
緊張が身体を、思考を支配していく。
(まずは関係回復まずは関係回復まずは関係回復まずは関係回復!!)
きっと俺に対するノエルの評価は最悪だ。急に馴れ馴れしくして更に悪化させることだけは避けたい。
兎に角今までの事を謝って、一から関係を築いてもらえる様にお願いしなくては……そう、決めていたのに。
『……で、殿下?』
見事なカーテシーで出迎えてくれた婚約者の、アメジストの瞳が俺を写す。
『いや、ゴメン……ゴメン』
困らせるつもりは無いのに、声を出そうにも喉につっかえて出てこない。
――うそ、だろ?
外見は全く違う。声だって、ゲームで聞いた声優の声だ。黒髪にグレーの瞳をした、前世愛した人の面影は何処にも見当たらない。
それなのに、直感が、第六感が、俺に訴えている。
ミツキだ
目の前にいるのは、間違いなくミツキだった
『殿下』
小さな手。今の俺とそう変わらない大きさの可愛らしい手が、白いハンカチを差し出してくる。
先程の困った顔は既にない。あるのはただただ俺を心配する眼差しのみ。
『……ありがとう』
彼女の優しさを受け取る。
こうして俺は、推しだった悪役令嬢に転生した大切な人と、ゲームの世界に酷似した世界で再会した。
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