第15話 試練 ★


※2021/12/06に加筆修正しました。



“自分は異世界転生者で前世の記憶を持っている”と友人たちに告白してから、既に二週間が経過していた。


(……ははっ)


 自分で好きで始めたので『疲れた』などと言えず、心の中で笑って誤魔化す。

 この二週間は、振り返るのも億劫になるほど怒濤の日々だった。


 ジュード兄弟以外が帰った後、ヴィクターたちと話し合ってまず行ったのは、ウィリアムの姉でありジュード侯爵家の長女・シェリルの保護だった。

 ウィリアム同様、彼女もアンジェリカ……アカリの酷い被害に遭っている。このまま家に居ても心身をすり減らすだけだ。ならウィリアムのように思い切って家から離れた方が良いという結論に至ったのだ。

 幸いにも彼女は心許せる間柄の婚約者がいる。相手方の家族とも関係は良好で、そこら辺の人間関係は問題ないとの事だった。

 当初。婚約者であっても未婚の、しかも未成年の令嬢を預ける事に気は引けた。だが被害を聞いた婚約者家族一同は『花嫁修業という体でうちで保護する』と受け入れる気満々で、逆にこちらが引くに引けない状況に苦笑したものだった。

 様子を聞くに、平穏無事に過ごしているようで安心した。ウィリアムもヴィクターも安堵していたようだった。預けて良かったと思う。

 唯一アカリの突撃が心配だったが、そこはヴィクターがなんとかするだろう。最悪邸を抜け出したとしても、家に仕える騎士たちが阻止してくれるだろうと、彼らを信じる事にする。面倒な子どもの相手をさせる事になりそうで申し訳ないが、彼らは主の命が全ての存在だ。アカリの我が儘は通用しない。


(家のゴタゴタが増えて爵位を継いだばっかりのヴィクターには申し訳ないけど、ジュード家には暫くそれで耐えてもらうしかないな。アカリinアンジェリカ嬢の出世と本当のアンジェリカ嬢の行方はこっちで解決するし)


 爵位継承に我が儘の化身・アカリの対処で精一杯なヴィクターは抜きで、アンジェリカ関連は俺とウィリアム、そしてディルクで解決する事に決まった。

 ヴィクターとウィリアムの証言を聞けば聞くほど、彼らは人外の力の影響を受けていると言っても過言ではない。記憶の干渉なんて出来る存在は限られている。

 彼らの記憶を隠す黒いモヤモヤの正体はハッキリとは言えないけれど、明らかに異常なのは確かだ。記憶を操作されるなんて怪し過ぎる。


(……なにかヤバいモノにでも手、出したのかな)


 アカリのやりかねない行動を頭に浮かべて……本当に有り得そうで身震いした。


(うわぁ~ヤダなぁ~アイツ本当にろくな事しないもんなぁ。今から既に嫌な予感でいっぱいなんだけど? いやちゃんと解決するけど……しますけど……きっと無事には終われないっ!)


 何に手を出したのかはさておき、誰かしらの力は借りないと、摩訶不思議な現象を起こすことは不可能だ。

 まだ始まったばかりだけど、後に待つ面倒ごとに今から頭を抱えてしまう。


 自分で決めた事だアルフレッド

 最後までやり抜けアルフレッド!


(それに、リオンたちも何かコソコソしてるし)


 どうやら他の友人たちも各々動いているらしい。

 昨日、リオンが『近い内に時間を作ってほしい』と連絡をしてきた。文を読むに、なんだかとってもゲンナリしている感じが伝わってきた。


(……まさか、餌に使われた?)


 想像して、しなきゃよかったと首を横に振って忘れようと努める。

 あのリリーシア嬢だ。リオンを使ってアカリの手口を実際見てみよう、なんて実行しそうで怖い。

 ヴィクターからアカリが出かけたなんて話しは聞いていないのであくまで予想でしかないのだけれど、思い切りが良いリリーシア嬢なら、自身で開いたお茶会に呼んで、自身の目で確かめようと考えてもおかしくはない。怖い。頼むから将来夫を支えるために身に着けた力を、当の本人を使って発揮しないでくれ。 


(あっちはどうしたのか気になるけど、今は自分の事に集中しなきゃだからね)


 皆の行動が気になるけれど、俺は今試練の真っ只中なのだ。他に気を配る余裕がまるでない。


「どうぞ、王子」

「ありがとう、フィン」


 紅茶を淹れてもらい、ゆっくりと持ち上げて音を立てないように飲む。紅茶の香りとハチミツの甘味が、読書続きで疲れた精神に染み渡る。

 だが筋肉だけ全く休まらない。

 四肢に付けている“重り”に反抗するように、カップを持つ手がプルプルと震え、飲んでいる褐色の液体を小刻みに揺らした。


(めちゃくちゃキツい!! だが俺はやる!! でも、キツい!!)


 心の中で大騒ぎする俺の四肢には、見習い騎士が鍛錬に使う筋トレ用の重りが付けられている。

 成人した大人なら余裕だろう。前世の俺だって普通に熟していたと思う。だがまだ十才の、筋肉もなければ成長段階の身体には厳し過ぎる。

 ウィリアムに『ウィルもこれやってるの? 大変だね』と聞けば『ああ、まぁ……そう、だな』と、目を泳がせて、煮え切らない言葉を口にした。


 なんだよ

 俺だけかよ!!


 ウィリアムの、良かれと思った、嘘が痛い。

 けれど彼の祖父であり、元剣士であるビル・ジュードに弟子入りするには、提示された条件を熟さないといけない。

 その内容は、常に重りを付け、木の棒を持って百回の素振り・腹筋・スクワットを一ヶ月間毎日続ける、というものだった。


(どうして俺だけ……って思わなくもないけど、逃げ回ってたアルフレッドを思えば仕方ないしね)


『殿下がやっとやる気になって下さり、儂は嬉しゅうございます』


 クシャ とした笑顔を浮かべたビルだったが、その目は笑っていなかった。しかも言葉には若干棘が混じっている。『今更か』という思いがヒシヒシと伝わって来た瞬間だった。

 そんな彼を前に、俺は全てを悟った。『ああ、嫌がって逃げてたんだな、アルフレッド』と、思わず遠い目をしてしまったのは、二週間前。


『まずは一ヶ月。この重りを付けながら生活をしつつ、且つトレーニングを毎日熟したら弟子として受け入れます。監視を付け記録も取りますので、あしからず』


 信用がなさ過ぎる。けれどアルフレッドが蒔いた種なので仕方ない。むしろ追い払わずに聞いてくれただけでも有り難かった。


「王子、背筋が曲がっております」

「あ、はい」


 監視役は、勿論フィンとウィリアムだ。

 特にフィンは従者として常にいるのに加え、順調にいけば兄弟子になる。見る目が厳しくなるのは必然で――


「厳しくても紅茶を波立たせてはなりません。カップを置く時も優雅に、音を立てないように。それとまた背筋が悪くなっております。受け答えもハッキリとお答え下さいませ」


 試練が始まってからというもの、ずっとこの口調が続いている。恐らくビルの指示なのだろう。澄まし顔でズバズバと指摘してくる。ビルの弟子としてのフィンを始めて見て、俺は何だか落ち着かない。

 でも、それぐらい乗り越えないと認めてもらえない、認める気はないと思われるほど、アルフレッドは怠け者だったのだろう。今までのアルフレッドではなくなったと言っても、何も知らないビルたちからすれば俺は甘ちゃん王子のままなのだ。必ずやり遂げて名誉挽回し、弟子入りしてめきめき鍛えて行かなければならない。


(ビルだけじゃく皆に認められる人間になるために、今以上に勉強もして、皆の中のアルフレッドの認識を変えないと……)


 ヴィクターたちとの話し合いが終わった後、俺がしたのは弟子入りのためにビルに頭を下げただけじゃない。

 王妃に頼み込んで、アルフレッドを操り人形にしようとしていた者が選んだ教師から、王妃が厳選した教師に変えてもらった。それに加え、今までの授業に加え帝王学や領地経営学、諸外国の歴史や言語、風習についても学び始めた。


 ビルの試練に勉学にといっぱいいっぱいだけれど、日々の勉学の合間に本を読む事を自分自身でねじ込んだりもしている。


 魔導書や召喚術・錬金術の本。薬草や毒草含む植物や、家畜やモンスターの図鑑類。純文学だけでなく、貴族や市井で流行っている大衆文学も読んでいる。

 何しろ俺は、この世界で誰もが持っている知識が圧倒的に足りていない。御伽噺の類いも全く知らなかった。前世の知識で活用出来るのは数学や理科ぐらいのものだ。他はゼロから学ばないといけない。学園入学までに全部学ぶには、休憩時間も使わないと不可能な計算だった。

 正直、なんで俺がこんな目に……と、思わない事もない。言ってしまえば、アルフレッドがもっとちゃんとしていれば、少なくとも俺がここまで苦労する事もなかったんじゃないか、という思いが浮かばない訳でもなかった。

 けれど、そんな事を言っていても何も始まらない。俺はもうアルフレッドとして生まれて来てしまった。全くの無関係という訳でもない今、やらなければ俺が終わる。ゲームのアルフレッドのような男にはなりたくない。それだけは嫌だ。


(それに……ミツキ――ノエルとも約束したしな)


 試練が始まって、まだ身体が悲鳴を上げていた一週間前。

 運命か、それとも神の悪戯か……俺は奇跡的な再会を果たした。

 

 

 

 

 


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