第14話 馬車の中にて(Side.リオン) ★
※2021/11/24に少しだけ直しました。
この先の人生で驚く事はもうないのではないか……
そんな感情を抱きながら、リオン・コートネイは馬車の窓から外を眺めていた。
ゆっくりと離れて行く、夕日に照らされた王宮。あそこでは、まだアルフレッドとジュード兄弟が今後の計画を練っていることだろう。今回のメインがあの三人なのだから、それも当たり前の様な気もするが、話が進むに連れてゲッソリしていく三人には、今日はもう休んでほしいと思う。
「変わりましたわね」
掛けられた声に外の景色から目を向ければ、婚約者であるリリーシアが微笑みながら彼を見ていた。
「前世の記憶の影響だろう。確かに、以前のアルとは比べ物にならないな」
二週間前のアルフレッドは、御世辞にも賢い王子とは言い難かった。
勉強も出来るし決して馬鹿という訳ではないが、言ってしまうと詐欺に遭いやすいタイプの人間であった。要は、愚かなのである。
「前世のアイツが疑う事を知っている人で良かったよ」
今回の件も、彼の……ショウの記憶が蘇らなければ、きっと「新しい家族に馴れてないから甘えてるんだよ」と言って終わっていただろう。たとえ一瞬嫌悪したとしても「今だけだ」と片付けて良い顔をしてしまう。嫌な奴じゃないだけに、リオンは扱いに困っていた。
しかし――
「あら、私は殿下の話は一言もしておりませんわ?」
「え?」
扇子で口元を隠してクスクス笑う婚約者に首を傾げる。
では誰の事なのだとリオンが目で問えば、リリーシアはパチンッ と扇子を閉じて、彼の紫の瞳を見つめた。
「リオの事に決まっているではありませんか」
楽しそうなリリーシアの言葉に、リオンは目を瞬かせた。
人格がガラリと変わったアルフレッドの印象が強すぎて、まさか自分の事だとは夢にも思っていなかった。
「俺が?」
「ええ、リオのことです」
「俺のどこが変わった?」
「ちょっと頑なで、自分の目で見たものが全て。そしてそうと決めれば誰の言うことも聞かないところ、ですわ」
「……」
リオンはコロコロと笑うリリーシアに何も言えなかった。図星なのである。
強いて言えば己に自覚がなく、よく両親や弟に言われていたことを婚約者にまで指摘されて、とうとう取り合わないという選択ができなくなったのが正しい。
リオンは溜め息を吐くと、青色の髪をかき上げた。
「俺はそんなに意固地だったか?」
「はい。とっても」
私のお祖父様みたいでしたわ、という婚約者に、リオンの息が詰まる。
リリーシアの祖父は立派な経営者で従業員の話は聞くものの、家族の話は聞かないという頑固親父そのものだった。
そんな祖父に似ていると言われれば、嫌でも自覚せざるを得なかった。
「シアは今まで何も言ってこなかったじゃないか」
反発しているのはわかっている。だがすんなり受け入れるのは言われた言葉が鋭利過ぎた。
「あら、何度も申し上げましたわ? けれど、その度に突っぱねられてしまうものですから……最近何も言わなくなったのです」
衝撃に目を剥く。
リリーシアには家族の様に指摘された事はないと自負していたリオンは、彼女の言葉が信じられなかった。
(何度も言っていた? なら、俺は今までシアの何を聞いていたんだ?)
思い出そうとするも、脳裏に浮かぶのは、自分を肯定する言葉を発する彼女の姿だけであった。
「……アルの事を言えたものではなかったのだな」
ショックだった。アルフレッドの事を散々『困った奴だ』と思っていたのに、自分も同じ穴の狢だったとは……
リオンは己の甘さを痛感し、恥じた。
「だから、殿下には感謝していますの。乙女ゲームというものは突拍子もなくて理解するのに苦労しましたが、こうしてリオが話を聞いてくれる様になって……今日の事は、私たちにとってとても成長するものでしたわ」
彼女の言葉に「確かに」と同意する。
今回の件がなければ、自分はずっと意固地なままだった。そのまま学園に通う様になり、ヒロインとやらに出会って彼女に惚れ込めば、それが正しいと言わんばかりにリリーシアの言葉すら聞かなくなっていたかもしれない。
「ゲームが実現しそうで……恐ろしいな」
「ええ、実際私たちは婚約破棄の道を進み始めていたと思いますし」
「婚約破棄なんてしない!」
「可能性の話でございます。それに、人の心は移ろうもの。それは良い方に動くか、はたまた悪い方に動くのかは定かではございませんが……私たちは、確かに悪い方に進んでおりました」
リリーシアの確信をもった言葉に、リオンは勢いをなくして静かになった。
間違っていない。少し前の自分なら、リリーシアの発言を真っ向から否定していた。
(もしそんな関係が続いていたら……)
想像して、身震いする。
苦言を申すリリーシアを疎ましく思い始め、アルフレッドの云う、肯定しか言わないヒロインにうつつを抜かす様になるかもしれない。
(あれだけ、馬鹿にしていたのに)
人の忠告を聞けない。己を疑うこともしない……散々「困った奴」と称していたアルフレッドそのものだった。
「これからは、気を付ける……すまなかった」
自然と謝罪の言葉が口から出てくる。
リリーシアが完全に離れてしまう前に知れて良かったと、そう思わずにはいられない。
「私も悪かったのです、リオ。人間関係を一人で育む事は不可能ですわ。なので……これからは、より仲を深められる様にお付き合いして行きたいと思いますの」
ほんのりと頬を染めながら微笑む婚約者に、肯定としてリオンも微笑み返した。
まだ十才で己の愚かさに気付く事が出来た。これから改善して行ければ、少なくともリリーシアに見捨てられる事はない……と、思いたい。
「俺がまた間違えた時には、気付かせてくれ」
『自分は変わる』という、リリーシアへの宣言だ。乙女ゲームの自分の様な男に、リオンはなりたくなかった。
「勿論ですわ、リオ」
力強く頷く婚約者に、リオンは安堵の息を吐いた。
「……ということで」
安心したのも束の間。
今までの笑顔とは違う、まるでマネキンの様な笑みを浮かべたリリーシアに、リオンは ゾワリ とした寒気を覚えた。
「私たちの仲を深めるために、さっそく共同作戦を行いたいと思いますの」
「……共同、作戦?」
「えぇ……二週間後、私の家でお茶会がございますでしょう? それに、アンジェリカ嬢をお呼びしようと思いますの」
「…………」
その後に続く言葉が聞かずともわかり、リオンは思わず天を仰いだ。
まさか身の危険に話が繋がるとは微塵も思っていなかった。
「……それで?」
「ジリアン様に行動を映像として残せる魔道具をお借りする約束をしましたの。それを使ってアンジェリカ嬢の行動を隅々録画しようと思います……実験ですわ」
生き生きと語るリリーシアに、思わず遠い目をしてしまう。
いつジリアンと相談したのかと驚く他ない。
(……俺は、エサか)
「罠とおっしゃって下さいまし」
心の中まで見透かされて、リオンは白旗を振った。
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