第10話 仲間を作りましょう4 ★
※2021/10/31に大幅加筆修正しました。アンジェリカの設定が若干変わっています。
結果的にいうと、俺が思っていた通りの事になっていた。
今から約三ヶ月前。ジュード家当主の従兄弟夫婦が事故で亡くなり、残された娘を引き取ってくれと教会から連絡が来た事から全ては始まった。
遺児を引き取るのは別に珍しい事ではない。特に血筋を守る貴族であれば二つ返事で引き取るだろう。
問題なのは、既に三ヶ月も経っているのに各所に養子申請をしていなかった事だ。
(まぁ、それも話しを聞いて納得したけど)
俺もそうするし、と、ヴィクターの話を聞いて同情する。
その内容が突拍子もなかったのだけど。
(親戚の子かどうかわからないって言い出した時はどうしようかと思ったよ)
事故で亡くなったのは従兄弟夫婦で間違いない。それにその子ども……ウィリアムたちのはとことも何度も会った事があるという。
それでわからないというのは一体どういう事なのかと、聞いた瞬間みんなの頭に疑問符が浮かんでいた。
(親を亡くして直ぐで雰囲気が変わっていたとしても、見た目まで違う事に気付かないのは……それもジュード家全員そうだったのは異常だよね)
ヴィクター曰く、以前会った時のアンジェリカを思い出そうとすると、黒いモヤがかかったようになり、ぼんやりとして思い出せないのだとか。
そこで沸いた疑問にもっと踏み込んでほしかったと思う。
それ絶対何かしらの影響受けてるから!!
決して頭の問題とかじゃないから!!
(そこで違和感に気付いた切っ掛けがまた衝撃だったよ……)
二ヶ月前、アンジェリカを覗くジュード家一同は、孤児院付属の教会へ寄付をしに向かったのだという。
その時に、案内をしてくれた孤児院の女の子が、何かを払うように手を振った瞬間、モヤが晴れて唐突にスッキリしたのだとか。
(それで異変を認識したのは良かったけど……その孤児の子絶対ヒロインだよ!! 将来俺らを引っかき回すヒロイン!!)
まだ顔を見た訳でもないが、そんな怪しい現象を祓う事が出来るのは、この世界において聖女か聖者だけだ。それに加え女の子という時点でその孤児がマリアである可能性が高い。
(マリア登場には心臓が止まるかと思ったけど、今はジュード家の問題だな。アンジェリカの容姿に関する記憶が思い出せないなんて……そんなの、アンジェリカ、もといアカリと関係しているって言っているようなもんじゃないか)
モヤが晴れて思い出したアンジェリカの容姿は、彼女の母親に似た濃い紫の髪と、ジュード家特有の金色の瞳だった……筈なのだという。
再びハッキリしなくなったのは、教会から家に戻って来たら、再び記憶がアヤフヤになってしまったから、らしい。何度家族と話しても『多分』だとか『だと思う』としか出てこなかったのだとか。
そんな朧気な記憶のアンジェリカに対して、今のアンジェリカの持つ色は、焦げ茶色の髪に、少し朱の混じった金の瞳なのだという。
違いは容姿だけに留まらず性格もだそうだ。
思い出したアンジェリカは人見知りが激しく、いつも彼女の両親の後ろに隠れていた。話すのは勿論得意じゃないし、周囲の話しを黙って聞いているタイプだったという。ところが今邸にいるアンジェリカは一八〇度違うのだとか……想像出来てしまうのが辛い。
『全然別人じゃん』と、聞いてる方は思うだろう。きっと当の本人たちもそれを理解しているからこそ、三ヶ月経った今も養子の申請をしなかった……否、出来なかった。褒められたものではないけれど、これだけの疑問・怪奇現象が起きていたら、そりゃ安易に申請など出来ないし、相談も出来ない。
唯一の救いは、この世界に魔法や魔術、悪魔や聖女といった概念が存在しているお陰で、夢物語で終わらないところだ。
(俺は前世で知ってたからいいけど、一八〇度違うの意味も皆からしたら衝撃だよね。固まってたし)
やんわりとしか触れなかったのが仇になり、話しの途中で一八〇度違うという言葉が良い方向に捉えられてしまい、『なんだ、明るく元気な子になったなら良かったじゃん』という言葉が出て来た。
これは駄目な方に進んでいる。
そう瞬時に判断して、俺がやんわりと各相手に対しての態度の差について、疑問という形で事実を促した。
案の定、アカリはジュード家当主とヴィクター、ウィリアムには媚びを売り、夫人とシェリル嬢に対しては辛辣で、特にシェリル嬢に対しては貶める事までしているのだという。
(前世とやってる事が同じで笑えないんだが)
思い出される前世のあれこれに、思わず死んだ目をしてしまったのは仕方ないと思う。
ここまでて全てを察したのは、人間大好きなイアンと、後ろで控えているフィンだけだった。
『男が好き、自分を甘やかす相手が好きでそういう人には媚びるけど、ライバル……敵や不要だと思った相手を貶める子って、一定数いるよね~。自分が大好きだし愛されるって妙な自信があるから、人に迷惑かけてるのがわからないタイプ』
あっけらかんとした口調でまとめたイアンに、内心盛大な拍手を送った。
さすがイアン。人の性質を捉える力が素晴らしい。十才でそこまで廃れてしまったのは素晴らしくないけど。
『ちょっと答えにくいと思いますが……、就寝時や入浴時は大丈夫ですか?』
そう半分確信的な質問をしたフィンは勇敢だった。
大分オブラートに包んでいるけれど、要は『性被害に遭っていないか』と聞いているのと同じだ。いくら気心知れた仲だといえど……いや、気心知れているからこそ余計聞きづらいのに、彼は敢えて聞いた。
さすがフィン。ボーナスは弾むようにしておくからな。
俯いて黙ってしまったヴィクターの様子に、周囲が騒然とした。
そりゃそうだ。だってアンジェリカはウィリアムの一個下だ。自分より幼い子が、そんなふしだらな事をするとは理解の範疇を超えている。
ヴィクターやウィリアムの様子からして嘘とは到底思えない。大人びているといえど、十才の子どもには刺激が強すぎた。
(……申し訳ないけど、混沌は暫く続くからね)
これで終わりじゃないんだ。残念なことに。
そしてその爆弾を投下しなきゃいけないのが本当に残念で仕方ない。
(しゃーない……やるか)
暴れる心臓を抑えて、俺は腹を括って口を開いた。
「『お兄ちゃんはわたしの事がキライなのね!?』」
「『シェリル様は突然来たわたしの事がキライなのよ……しょうがないわ。だって下級貴族の子だもの。嫌われても仕方ないわ』」
俺のアカリの真似に、ヴィクターは目を剥いてこっちを見た。
恐い。
でも受けた衝撃はわかる。
「『わたしは乙女ゲームのヒロインだから、お兄ちゃんもアル様もみんなわたしの事が好き』とか、そんな事云ってない?」
乙女ゲームというワードに周囲が怪訝な顔する中、ヴィクターだけは弱々しく「どうして……」と呟いた。
驚くよな。
だって必死に隠してたのに。
「実はね、僕も彼女には心底困ってたんだよ。もっとも、今の彼女ではなく、前世の彼女にだけど」
「……前世?」
ディルクが怪訝な顔のまま反応した。
そうそう、信じる信じないを別にして、今はとにかく最後まで話しを聞いてほしい。
「皆は『転生』って知ってる?」
俺の言葉に、三者三様の様子をみせた。
リオンとリリーシアは顔を見合わせて首を傾げているし、イアンとヴィクターは考える素振りをしている。ディルクとジリアンは俺の言葉の続きを静かに待っていた。その目が若干ギラついているのは気のせいだと思いたい。
「聞いた事がないな」
「殿下、転生とはなんですの?」
リオンとリリーシアの疑問は至極当然だと思う。それも意味不明だと馬鹿にせず、素直に聞いてくれるのが有り難い。
「簡単に言えば、今いる世界とは別の世界で生まれ変わること」
簡潔にまとめ過ぎただろうか。伝わらなかったらどうしよう、と考えたが、二人は眉間に皺を作ったまま小さく頷いてくれた。
無理矢理納得した感じだろうか。この世界に輪廻転生の概念が存在しているのかは知らないけれど、詰まなくてよかった。
「その転生がどうしたの?」
「信じてもらえるか難しいけど……彼女はね、その転生者なんだ。そして、俺も」
その瞬間、部屋中が静まり返ってしまった。
納得できる範囲を越えたリオンとリリーシアは『頭は大丈夫か?』みたいな顔をしているし、予想外だったのかイアンまで呆けた顔をしている。ディルクとジリアンは先程以上に目を輝かせていた。
気まずい。
でもここで止る訳にはいかない。
苦しいけれど、俺はこのまま押し通す事にした。
「前世の俺は、この世界とは全く違う世界に生きてたんだ。その時の俺の名前は『ショウ』……ヴィクターなら、聞いたことあるよね」
アンジェリカ……アカリが俺をショウだと認識しているなら、アルフレッドの事を前世の名前で呼ぶ時があるはずだ。
そう思ってヴィクターに振れば、彼は一つ、頷いた。
「アンジェリカが、何度か殿下の事を『ショウさん』って云っていました」
「妄言じゃなかったのか……」
突如として聞こえてきた声の方を向けば、そこには壁に寄り掛かって身体を支えているウィリアムの姿があった。
「『前世でショウさんと一緒になるはずだったのに』とアンジェリカは云っていました……本当だったんですね?」
「断じて違う」
拒否反応から被せ気味の即答になってしまった。
アカリと愛し合っていたなんて、想像の中だけでもゾッとする。
俺にはミツキだけでありノエルだけだ。
「お願いだから、誤解されそうな事は云わないで」
俺の懇願に、再び部屋が静かになった。
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