第4話 エース候補生様

 レオンティーヌと共に向かったのは一軒の店であった。時折、レオンティーヌと訪れる事がある店。

 

『各種武器あります。オーダーメイド受け付け中(要予約)』

 

 店名の書かれた看板は見当たらないが、店の扉に紙が貼られ、そこに上手いのか下手なのか分からない字でそう書かれていた。

 

「ここは、いつもの武器屋さんですね?」

 

 隣に立つレオンティーヌを見上げる様に顔を向けたデシデリアが不思議そうに尋ねた。

 

「そうだ、私が良く行く武器屋だよ」

 

「何か御用があるのですか?」

 

「あぁ、私のではない。デシデリア、お前の為の武器を見に来たのだ」

 

「私の?」

 

「うむ。今、お前が持っているのは訓練所時代から使っているナイフだけだろう?それでは、今後、隊員としてやって行くには物足りないだろうからな」

 

 レオンティーヌはそう言い、デシデリアへと微笑んだ。そして、店の扉へと手を掛け、中に入っていく。慌ててデシデリアも店の中へと入った。

 

 とても狭い店である。しかし、その狭い店の中に所狭しと色んな武器が陳列されてある。大剣からナイフ。弓から銃。そして、苦無等の小物。

 

「いらっしゃい、隊長殿と小さな特務部隊隊員殿」

 

 無愛想な店長。ぼさぼさの長い前髪からぎょろりとした右目が二人を見ている。年齢不詳。レオンティーヌの話しではかなり以前からこの店はあるが、店長の容姿は全く変わらないらしい。

 

「今日は、この子の武器を探しに来た」

 

「デシデリアと申します……よろしくお願いします」

 

 レオンティーヌに紹介されたデシデリアがぺこりと頭を下げた。そのデシデリアを頭の先からつま先までじろじろと見ている店主。その視線に戸惑いを隠せないデシデリアがレオンティーヌへと助け舟を出すかの様に顔を向けた。

 

「おい、マチルド。そんなにデシデリアを見つめるな。照れて困っているぞ」

 

「て、照れてなんか……」

 

 慌てているデシデリアの頭に手を乗せくすりと笑うレオンティーヌ。

 

「ふん、死神と恐れられた隊長も、その子には甘い様だねぇ……まぁ、好きに見ていきな。気に入ったもんがあったら声を掛けてくれれば良いさ」

 

 マチルドはそう言うと、新聞を広げて読みだした。もう二人の事には構わないよと無言で言っている様に。

 

 そして、店の奥へと歩いていく二人の目の前に大柄な女性とデシデリアと同じ位の背丈をした少女が武器を手に取って見ている。

 

 その大柄な女性にレオンティーヌは見覚えがあった。大柄な女性もレオンティーヌ達に気がついた。互いに見覚えがあったのだろう。会釈を交わす二人。しかし、何か会話を交わす訳でも無く通り過ぎた。

 

『あれは、確か……特殊部隊隊長のベルナルダ。あの隣にいた少女は、彼女が引き取り育てていると噂の戦災孤児か』

 

 亜麻色の美しい髪をした少女。ふっくらとした頬。大きな瞳。その少女がデシデリアをじっと見ている。デシデリアも同じ様にその少女を見ていたが、通り過ぎてしまうと、壁や棚に置いてある武器の方へと興味が惹かれてしまった。

 

「ねぇ、レオン……いえ、隊長」

 

「今は隊長じゃなくても良い」

 

「はい、レオンティーヌ様。好きな武器を選んで良いのでしょうか?」

 

「あぁ、気になる物が見つかったなら、実際に手に取ってみろ」

 

 十二歳の少女が武器を見て目を輝かせている。普通の少女なら武器ではなくお菓子や玩具、お洒落な洋服に目を輝かせるのであろう。しかし、デシデリアはレオンティーヌと出会った頃に着ていた可愛らしいドレスや大きなリボンのついたカチューシャにはもう興味を示さなくなっている。いつも着ているのは地味なワンピース等である。レオンティーヌが可愛らしい洋服を勧めても断るのだ。

 

「私はこちらの方が良いのです」

 

 洋服を買いに行くとそう言い地味な服を選ぶ。本当はあの頃に着ていた洋服はあまり好きではなかったのかもしれない。お嬢様らしくあれ。そう教育されて来たのかもしれない。それか、私に遠慮をしているのか。

 

 そんな事を考えていたレオンティーヌに、デシデリアが声を掛けてきた。

 

「レオンティーヌ様、これはどうでしょう?」

 

 デシデリアが手に持ち見せてきたのは一丁の魔銃まじゅうである。大きな銃口をした六連回転弾倉式の擲弾発射型魔銃。直径四十ミリの擲弾に魔術を込め、それを装填し発射すると魔術が使えない者でも魔術師magusの様に相手に魔術で攻撃できる。だが、それには魔術を込めてくれる魔術師magusが身近にいてくれなければならない。

 

 まさかデシデリアがそれを選ぶとは思っていなかったレオンティーヌ。確かに特務部隊には魔術班がいる。予備の擲弾に予め魔術を込めてもらっておけば問題はない。

 

「何故、それを?」

 

「はい、近くの敵だけとは限りません。後方からの援護も時には必要でしょう?」

 

 特務部隊訓練所では武具に対する適正テストが行われる。その適正テストの結果を踏まえ、自分達が扱うべに武具を決める。基本的に一人一種類から二種類。器用な者で三種類程。だが、デシデリアは違った。ほとんど全ての種類でSを取った。これはレオンティーヌ以来、誰もいなかった。だから、デシデリアが魔銃を選んだとしても充分に扱える。

 

「確かに、それも一理ある。まぁ、お前が選んだ武器だ。誰も何も言うまい」

 

 しかし、十二歳の少女の体に六連回転弾倉式の擲弾発射型魔銃は大き過ぎる様に思えたが、成長期であるデシデリアはすぐに身長も高く体格も良くなるだろう。魔銃と予備の擲弾を取りマチルドの所へと向かった。

 

 レオンティーヌとデシデリアの前に、先程の二人がマチルドと武器を手に取り話し込んでいる。

 

「アデリナ……念を込めてみろ」

 

 アデリナと呼ばれた少女の両手首に太い金色こんじきが付けられている。美しい薔薇の彫刻が彫られており、華奢なその腕に不釣り合いであった。

 

 ベルナルダに言われた通りに何かを念じている様子のアデリナ。するとその環が光りだしたと同時にぐにゃりぐにゃりと動き出したのだ。まるで意思を持った生き物の様に。そして、それがアデリナの腕を手の甲を這って行く。瞬く間に前腕部の付け根辺りから手の指先まで包まれていくと、発していた光りが消えた。

 

 それを見ていたデシデリアは驚いた。金色の環がガントレットへと変化したのである。

 

魔装まそうか……」

 

 特殊な金属に魔術を練り込み作り上げる装備。装備する者の魔力の大きさでその強固さ等が変わる。

 

 話しには聞いた事のある魔装。しかし、デシデリアは現物を目の前で見るのは初めてだった。

 

「おやおや……特務部隊と特殊部隊の未来のエース候補様達が揃ったねぇ……」

 

 ガントレットを装備したままのアデリナが振り返る。魔銃を抱えたデシデリアと目があった。亜麻色の髪の少女と銀髪の髪の少女。互いに無言のまま、無表情で見つめあっている。

 

「私は特殊部隊で隊長を任されているベルナルダと申す者です。特務部隊隊長のレオンティーヌ殿、噂は常々耳にしてはいましたが、こうやって会うのは初めてですね」

 

「そうですね、ベルナルダ殿。お会いできて光栄です」

 

 二人は挨拶を交わすとデシデリアとアデリナの方を向いた。

 

「この子はデシデリア。特務部隊隊員です」

 

 ベルナルダはデシデリアの噂は聞いていた。レオンティーヌの持っていた最年少での入隊記録を破り、また武具適正テストでほとんどSランク。レオンティーヌの以来の天才とベルナルダの耳まで届いていた。そして、その過去も。

 

「はじめまして、ベルナルダ隊長。デシデリアと言います、よろしくお願いします」

 

 姿勢を正し敬礼するその姿は、特務部隊の制服を着て魔銃を持っていなければ、可愛らしい少女である。

 

「はじめまして、デシデリア。こちらこそよろしく」

 

 デシデリアへ微笑みながら答礼したベルナルダがアデリナを一歩前に出させた。

 

「はじめまして、レオンティーヌ隊長っ!!特殊部隊隊員、アデリナです。よろしくお願いします!!」

 

 こちらも姿勢を正し敬礼する。デシデリアと比べると身長は変わらないが、華奢な体つきであった。

 

「こちらこそ、よろしく頼むぞ、アデリナ隊員」

 

 それからレオンティーヌとベルナルダの二人は少し話しをしていた。その間、アデリナは魔装を解除し黙ってベルナルダの横に立っている。デシデリアも同じである。だが、二人共、互いの事が気になるのかちらちらと様子を伺い、目が合うとさっと逸らす。レオンティーヌ達の話しが終わるまでその繰り返しである。部隊では自分達よりも大きな相手ばかりしていたデシデリアとアデリナ。同世代の人間なんていないのだ。違う部隊とはいえ、同じ年頃の二人が互いを気にするのは当然である。

 

 話し終えたベルナルダがアデリナに声を掛け店を出ていく。すると、アデリナがデシデリアの方へと振り返り手を振った。戸惑いながらも振り返すデシデリアに、アデリナが微笑んだ。


 魔銃を購入し、あの屋敷へと戻る二人。デシデリアはアデリナの事を思い出していた。魔装使い。自ら魔装を選ぶと言う事は、それなりに自分の魔力に自信があるからだろう。

 

「アデリナの事が気になるか、デシデリア?」

 

 どきりとしたデシデリア。レオンティーヌに心の中を見透かされたと思ってしまったのだ。

 

「はい、レオンティーヌ様」

 

「まぁ、気になるのはしょうがないだろう。部隊には同世代の者はいないからな」

 

 こくりと頷くデシデリア。

 

「そして、あの魔装。あの子は、アデリナは尋常でない魔力を持っているらしいが、どうしたものか魔術の一切を使えないらしい。それに、短剣はSランクだが、それ以外は全く駄目。しかし……それらを補っても余る類まれなる体術の使い手らしい」

 

 尋常でない魔力。類まれなる体術の使い手。そして……ガントレット型の魔装。

 

「あれは……防具ではなくて……」

 

「そう……あれで敵を殴り飛ばすらしい。見た目によらず豪快な少女の様だぞ、アデリナは」

 

 自分よりも華奢な体格をしていたアデリナ。亜麻色の綺麗な髪色をした大きな瞳の可愛らしい少女。丸い頬にぷるんとした唇。そんなアデリナが思い切り人をぶん殴って倒す。想像がつかない。どちらかと言うと魔術師magusタイプの見た目だった。

 

「まぁ、人は見かけによらんからな。お前ら二人は部隊は違えど、国を、国民を守るという同じ使命を持った同志。また、会う事もあるだろう」

 

 国を、国民を守る使命。デシデリアにはあるのか。時々、レオンティーヌは考える事がある。デシデリアの強くなりたい理由は復讐の為であったからだ。あの屋敷で久しぶりのあの悪臭。さて、復讐を成し遂げた後はどうするのか、どうなるのか。レオンティーヌは隣を歩く少女をちらりと見た。そんなレオンティーヌの胸の内など知らない様子のデシデリアは、買って貰ったばかりの魔銃を大切に抱えている。

 

 そんな二人の目の前に屋敷が見えてきた。しかし、屋敷の様子が少しおかしい。出ていく時には感じなかった禍々しい気配。そして、鼻を刺激する悪臭。

 

「何かおかしい……急ぐぞ、デシデリア」

 

 走り出す二人。その二人を物陰から黙って見ていた二つの影があった。腰に二本のククリナイフを装備した女と、黒いローブを見に纏った少女。女の顔がにたぁっと笑っている。

 

「奴らが動き出したぞ……」

 

「はい……アドリアナ」

 

「レーヌよ、私らも動き出すとしよう」

 

 アドリアナと呼ばれた女はそう言うとレーヌを連れて路地の中へと消えて行った。

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