第3話 守護魔術
似ているどころではなかったのだ。この屋敷や庭の造りは、見事にデシデリアの住んでいた屋敷と左右真逆に造られていた。
「気がついたか、デシデリア。やっと冷静に現状が見れる位は落ち着いたか」
レオンティーヌは気がついていたのだ。だから、隠し扉等をしきりに気にしていたのだろう。
一通りレオンティーヌがその事について話すと、カルラも気づいてなかった様で、驚きを隠せず、ぽかんと口がだらしなく開いている。
「必ず何処かに隠し扉か隠し部屋に通じる道がある。それを見つけるにはデシデリア、お前の記憶が頼りだ」
配置は左右逆だが、ここまで同じ造り。何か意味があるはず。五年前まで住んでいた屋敷の、そして庭の記憶の引き出しを片っ端から開けていく。あの頃は七歳と幼かったが、使用人と一緒に毎日の様に散歩をしていた。
するとレオンティーヌがカルラへと耳打ちをした。それに頷き去っていくカルラ。
「君の住んでいた屋敷の庭に有ったがここには無い物。または無かった物がここには有ったりしないか?屋敷の中も同じだ」
辺りを見渡していたデシデリアの視線が止まった。だが、その顔はまだ確信までには至っていない事が見て取れる。
「確信できなくても良いぞ。何か違和感を感じれたらそれで良い」
レオンティーヌのその言葉にデシデリアが指をさした。その先には直径五十センチ程の石が置いてある。庭石だろうか。それにしては一つしかないし小さすぎる。
「あんな石、あったかしら?」
幼かったデシデリアの興味に触れなかっただけで、もしかしたら有ったのかもしれない。だが、何か引っかかるものがあるのだ。
「ふむ……」
レオンティーヌは屋敷の見取り図を取り出すと、石のある場所へと印をつけた。
「もう一度、庭をまわろうか」
頷くデシデリア。今度はもっと庭に意識を向けなければ。そう思いレオンティーヌと共に歩き出した。
案の定、先程見つけた石と同じ位の石が他に五つ有った。気を付けて見なければ分からない程、自然に置いてある。
見取り図へと付けられた印は六つ。石は屋敷を囲む様に等間隔に置かれているのが分かった。
「これはこれは……」
見取り図を見て頷くレオンティーヌ。しかし、デシデリアにはその石の配置の意味が分からない。それをレオンティーヌへと尋ね様とした時だ。
「隊長っ!!」
カルラがエメリーヌを連れて戻ってきた。エメリーヌがはぁはぁと息を切らしている。カルラの走るスピードが速すぎたのだろう。息を整える様に深呼吸しているエメリーヌ。
「ねぇ、カルラ?一応、あなたは私の上官なんだけど、同期としてこれだけは言わせて……」
息が整ったエメリーヌはそう言うと、つっとカルラの鼻先へと人差し指で指さした。
「私はあなたの様な脳筋女と違って繊細なの。もう少しゆっくりエスコートしなさいよ」
そんなエメリーヌに苦笑いを浮かべ誤魔化すカルラ。そんな二人のやり取りをレオンティーヌが咳払いをして止めた。
「すまんね、二人共。痴話喧嘩なら他でやってくれ」
「ち、痴話喧嘩等では……」
慌ててレオンティーヌの言葉を否定するエメリーヌに、レオンティーヌがくすりと笑ったが、デシデリアには痴話喧嘩の意味が分からない。そして、すぐに真顔に戻ったレオンティーヌが、印の書き込まれた見取り図をエメリーヌへと渡し、その印の書き込まれた経緯を伝えた。見取り図を見ながらそれを聞いていたエメリーヌの瞳が大きく見開かれた。
「……これは」
「流石だな、エメリーヌ。分かったか?」
「はい、これは六角陣」
さらさらと見取り図の印と印を線で繋いでいく。すると、きれいな六角形が出来上がった。その六角形は見事に屋敷を囲んでいる。
「六角陣ってあの?」
デシデリアが堪らず尋ねた。その言葉に頷くエメリーヌ。
「そう守護魔術術式の一つ、六角陣。三角陣、四角陣……そして、八角陣まであるわ。
エメリーヌの瞳がぎらりと強い光りを帯びた。悔しいのだ。魔術班班長としてこの様な術式を発動された事に気がつけなかった事に。
「やはり六角陣だったのか。それで、エメリーヌ。石を退かせば術式は解除されるのか?」
レオンティーヌとカルラ、デシデリアがすぐ側にある石へと視線を向けた。その石に近寄り手を翳すエメリーヌ。ぼわりと紫色の光りに石が包まれる。
「……退かせられたらね」
石から離れたエメリーヌが、はぁっと大きな溜息をつく。石は相変わらず紫色の光りを放っていた。
「退かすのは不可能って事?」
エメリーヌへカルラが尋ねた。エメリーヌが美しく艶のある黒鳶色の髪をかきあげる。ふわりと良い香りがカルラの鼻をくすぐった。
「今はね。かなり強い魔力で護られている」
「エメリーヌでも無理なのか……」
落胆の色を隠せないカルラに、エメリーヌがイラッとした表情を浮かべた。綺麗に整えられた眉毛がきゅっと吊り上がる。
「はぁ?今は……と言ったはずよ、カルラ?少し準備に時間が掛かるけど、それが終われば石は退かせれる。ただし、一つね」
「一つだけ?」
「一つ退かすにもかなりの魔力と体力が必要なのよ。それに、一つでも退かせられれば、術式は崩せるわ」
「どれ位かかる?」
「そうね……まだこの時間だから、班員達に道具一式……」
エメリーヌが華奢な丸みを帯びた顎へ手をやり、思案している。ぽってりとした色気のある唇が僅かに動いている。何か考え事をしている時にするエメリーヌの癖である。
「うん……午後三時ってとこね」
ちらりと時計に目をやるレオンティーヌ。今が午前十時。約五時間後である。
「急ぐ事は確かだが無理はするなよ、エメリーヌ」
「お気遣いありがとうございます、隊長。大丈夫ですよ、少し多めに時間配分してますから」
そう言うとふわっとした微笑みを浮かべたエメリーヌ。そして、屋敷に戻るとすぐに班員達へと的確に指示を出した。
「それでは隊長、今から術式解除の準備に入ります。良ければ特務部隊の隊員を数名、私達の護衛に」
「分かった。選りすぐりの隊員を付けよう」
屋敷の中が少し騒がしくなってきた。魔術班と特務部隊隊員達が指示を受けて動き出したのだ。
「私はどうすれば良いですか?指示を下さい」
それまでレオンティーヌやカルラと共に行動していたデシデリアが、二人へと指示を仰いだ。
「否、デシデリア。お前は引き続き私と行動してもらう。そして、カルラ。お前はエメリーヌの護衛の指揮を任せるぞ」
「はいっ!!」
カルラとデシデリアがエメリーヌへと敬礼した。
そして、カルラはエメリーヌ達、魔術班がいる場所へと向かい、そこで待機している隊員達へと話し掛けている。
「さぁ、デシデリア。私達も行こう」
「何処へ行かれるのですか、レオンティーヌ様」
「デシデリア、ここでは隊長と呼べ」
「申し訳ありません、隊長。以後、気をつけます」
姿勢を正し答えるデシデリア。まだ十二歳の少女が、すっかり一人前の特務部隊隊員の顔になっている。そんなデシデリアを頼もしく感じる反面、本来であれば、もっと十二歳の少女らしい生活をしても良いのではと思ってしまう。だが、それを選んだのはデシデリア自身なのだ。
復讐。
ただそれだけの為に、辛い訓練に耐え、過酷な道を進んでいる。その未来に待ち構えているのは、もっと辛い事もあるだろう。
「着いてこれば分かるよ」
特務部隊隊員の被る制帽よりも、あの頃、デシデリアが好んで付けていた大きなリボンのカチューシャ。今でもこの可愛らしい顔をした十二歳の少女には似合うだろう。
「分かりましたっ!!」
レオンティーヌは軽く瞼を閉じると頭の中をリセットした。
今はこの件だけを考えろ。
「行くぞ」
「はいっ!!」
慌ただしく動くカルラに一声掛けると、二人は屋敷を後にした
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