第2話 人造人間

 エメリーヌは死体の側に屈みこみ、その袖を握り持ち上げた。死体の手首に火傷の様な跡がある。

 

「これは拘束魔術の一種ですね。恐らく尋問か何かをしたのかと。以前のようにただ殺したという訳ではなさそうです」

 

 そして、また別の死体の側まで行くと手を翳し、何かの術を唱えた。すると、死体がほわりと光る。

 

「ほら……魔術反応を示しています。これも多分、拘束魔術を使ったのでしょう。尋問している間にその仲間達が逃げ出さない様に」

 

 確かに五年前の切り裂き魔ripperなら、こんな事をせずに、ただ殺し、金品を奪い去って行ったはず。また、切り裂き魔ripperではなく別人がなりすまして犯行に及んでいるとも考えにくい。あのサインが残っている。あの独特の癖のある筆跡とよく見ないと分からない位にAの横にコンマが一つ必ず着いている。

 

「あと……もう一つ、重要な事があります」

 

「何だ?」

 

 こほんと咳払いを一つついたエメリーヌが、レオンティーヌとカルラの顔を見た。

 

「あそこに死んでいる子供達は全て人造人間ホムンクルスです」

 

「……っ!!」

 

 人造人間ホムンクルス

 

 かつて名のある魔術師magusがその製造に成功し、世の中を震撼させた。しかし、それは神の領域に足を踏み入れ怒りに触れてしまうと言う宗教者達からその魔術師magusは捕えられ処刑されてしまった。その為、人造人間ホムンクルスの製造方法は闇の中へと葬り去られてしまったはずである。

 

 それを誰かが復活させた。

 

 神をも恐れぬ所業。

 

 切り裂き魔ripperはその人造人間ホムンクルスを殺した。そして、何か知っていたであろうこの屋敷の住民全てもだ。







 「もしかしたら、切り裂き魔ripperはこの事を知っていたのかもしれませんね。だから、この屋敷を襲い、人造人間ホムンクルス達と屋敷の人間を皆殺しに……しかも、尋問した形跡もありますし」

 

「エメリーヌ、この屋敷を隈無く調べたか?」

 

 レオンティーヌがエメリーヌへと尋ねる。この広い屋敷には多数の警官と特務部隊隊員達が蟻の子一匹逃がさないと調べまわったが、特に何も出てきていない。

 

「はい」

 

「隠し扉などは?」

 

 エメリーヌはレオンティーヌが、この屋敷内に人造人間ホムンクルスを製造する部屋が何処かにあると考えている事に気がついた。

 

「ありませんでした。私や他の魔術師magusで探索魔術を使いましたが……何も」

 

「そうか、ありがとう。また何か見つかったら教えてくれ」

 

 レオンティーヌとカルラはエメリーヌへと礼を言うと、広間を出てホールへと戻ると、ホールの監視を続けているデシデリアへと近付いた。






「デシデリア、一緒に来い」

 

「はいっ!!」

 

 敬礼し返事をするデシデリア。例え一緒に生活しているとはいえ、この場では上官と部下。レオンティーヌはカルラとデシデリアを連れ、屋敷の外へと出た。

 

 広い庭である。

 

 よく手入れされた花壇や樹木。各所に置かれた白いベンチとテーブルも外に置かれているのに関わらず綺麗に磨かれている。

 

 その庭にも数人の警官や特務部隊隊員達がおり、探索を続けている。そして、レオンティーヌとカルラの姿を見ると姿勢をただし敬礼した。それに答礼し労いの言葉を掛ける二人。少し離れ、デシデリアがその様子を黙って見ている。

 

『レオンティーヌ様は、私に着いてこいと言ったけど……何をするつもりかしら……』

 

 デシデリアには何か特殊能力がある訳ではない。もしかすると途中覚醒する可能性はあるが、今のところその兆候は見られていない。庭の探索を行うなら、探索魔術に長けた魔術班の隊員を呼んだ方が良いのだろうが、何故かレオンティーヌはデシデリアを連れている。

 

「ふむ……特に変わった所はないか……」

 

 一通り広い庭を一周したレオンティーヌが、カルラとデシデリアの方を見て言った。

 

「魔術班の者達が一通り、探索魔術で調べたと言っていましたからね……それを覆い隠す術式を発動しているのなら別ですが、あのエメリーヌが気づけない術式を使える者がこの国にいるとは」

 

「確かにそうだが……しかし、相手は人造人間ホムンクルスを造り出す程の手練だ。念には念を入れんとな」

 

 レオンティーヌの言う通りであった。確かに魔術班が探索魔術で探したとしても、相手がその上を行く魔術師magusならその痕跡を隠す事が出来るのだ。人造人間ホムンクルスを造り出す程の腕があるのなら、それも容易い事だろう。それをレオンティーヌは危惧している。魔術班を信用していないのでは無い。

 

 この国が誇る魔術師magusのいる班。特に班長のエメリーヌは近隣諸国でも名の通った魔術師。だが、世界は広い。そして、闇が深い。我らの知らない魔術師もたくさんいるだろう。それに、大っぴらに人造人間ホムンクルスを造っていたのなら、魔術班に察知されているはずだった。だが現にエメリーヌ達も人造人間ホムンクルスが密かに造られていた事を知らなかったのだ。

 

 少し考え事をしていたレオンティーヌが、ちらりとデシデリアを見た。視線を向けられ戸惑うデシデリア。レオンティーヌが自分に何を期待しているのか分からない。

 

「デシデリア、昔、お前の住んでいた屋敷の庭と似ていると思わないか?」

 

 確かに似ている。庭だけではない。屋敷の造りもだ。玄関を入り広間へと行く前にある二階へ上がる階段のあるホール。そして……

 

 デシデリアがこの屋敷に来て感じていた違和感があった。しかし、それは切り裂き魔ripperの一件で、すっかり頭の中が一杯になってしまい忘れていた。

 

 その違和感の正体に気付いたデシデリア。


 

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