錆びる前の煌めき

 1学年分の生徒が姿を消した校舎は、普段よりも静かな時間。

 他学年とは違って、午前だけの授業だった私と緋向ひゅうがは帰るために正門に向かっていた。

 前方からは、黒縁眼鏡をかけた男性が歩いてくる。

 ズボンのポケットに両手を突っ込んでいたけれど、何かを取り出し一瞬足が浮くのが見えた。

 私の背後を歩いていた緋向にも同じ情報が見えたのか、一瞬で私の前に飛び出した。

 条件反射で瞬きをすると、目の前で緋向は倒れていた。

 貴方の持っている鞄は何のためにあるというんだか…。

 少し離れた場所では、腰を抜かした男性が座り込んでいた。


 私の方を見上げる緋向は、なんだか少し嬉しそう。

「ちゃんと護れたよ…」

 まるで、褒美を待つ飼い犬の様に私の事を見つめている。

「嬉しいの?」

「勿論」

「そう…。」

 私は、優しく緋向の頭を撫でる。

「偉いね。緋向」

「あり…が、と」

「でもコレからは、誰が私の事を護ってくれるのかなぁ?」

 イジワルをする子供みたいに、少し首を傾げたりなんかして。

 緋向は、微かに目を見開いた。

 きっと、私の身代わりになって死んだ後の、私の事みらいなんて考えてないんだろうな。

「私の事を護ってくれる人が居なくなっちゃうから、きっとすぐに私も死んじゃうね」

 血の気の引いた緋向の頬をそっと撫でると、両目を見開いた後に眉根を寄せて涙を流した。

「ねぇ。私が書いた将来の夢…覚えてる?」

 返事の代わりは、ゆっくりと瞬きをひとつ。

 私は、緋向のおでこにひとつキスをすると、緋向の腹に刺さっている刃物を抜き取り、自分の腹に突き立てた。

「私の将来の夢はね、他の人が聞いたら変に思うのかもしれない。でもね、ただ自分の命は自分で絶ちたいと願っただけなの。」

 そんなに変な願いなのかしらね、『人殺しじさつ』って。

 刃物の柄に力を込めれば、全身に痛みが走る。

 辺りには、二人分の細胞が紅い水溜まりを作っていた。

「ねぇ、緋向。何千何億の細胞や血漿ほしたちに、夕陽が反射して光ってる…綺麗ね……」


 不思議と、走馬灯は観れなかった。

 観たいとも思わなかったけど、でもちょっと残念。

 だって、一生に一度しか観れない偉人伝だから。

 …でもね、もっと素敵な事がおきたの。

 どこからか、可愛らしい聖歌隊の歌う『きらきら星』が聴こえてきたのよ。

 赤い海に広がる小さな星屑達が共鳴するみたいに、キラキラと光って輝いている。


「どんな夜景よりも、星空よりも綺麗よ」

 私は刃物を抜き取り遠くへ放ると、冷たくなっていく緋向の身体を抱きしめながら横たわる。

「…でも、貴方の方がよっぽど綺麗だわ」


 本当に…なんて愛しい子なんだろう。

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