夜半のさばき舞い

踊り子は幻で過去を見る。

ここではそれが事実となる。


祭壇の下には、調査隊の一員であり、けさ死体で見つかったM博士が横たえられている。

頭頂部から耳へはしる無惨な傷と、雪のような白髪の対比が炎に照らされる様は、吐き気を覚えるおぞましさだったが、同時に目を逸らしがたかった。


低く響き続ける祈りの歌と鈴の音に合わせ、白い足裏が翻る。沸き立つ煙は金色に染まり、火の粉と渾然一体になって踊り子を呑み込む。中から妙に平坦で甲高い声が聞こえる。

あれが神託なのだろうか。


私達は互いに目を合わせず、しかしそれ以上に強力に互いの顔を頭の中で思い浮かべていた。勿論、M博士の顔……断末魔の、怯えと悦が入り混じったような呆けた顔も。


博士の殺害を企てたのが誰だったのか、今となってははっきりしない。それほど彼の傲慢さと苛烈な仕打ちに誰もが恨みを抱いていたのだ。

得体のしれぬ獣と感染症が蔓延るこの地に向かう事が決まった時、特に誰も不平を漏らさなかった事を博士は不思議がっていた。

しかし理由がわからないでいるのは彼だけだった。



歌と鈴が止んだ。

炎の燃え盛る音が妙に大きく耳に響く。踊り子はこちらを振り向くと、腰をかがめて足を止め、片手で空を指し、もう片方の手で地を指し、体内の奥から絞り出すように低く息を吐きだした。煙が私達を覆う。


息苦しさを感じるのと、喉元を何かが走り抜けていくのが同時だった。

何かが鎖骨に滴り、触れてみようとしたが、手を上げる事すら叶わなかった。

崩れ落ちながら、血染めの刀を手にした踊り子を見た時、ヒトに叩き殺される虫の事をぼんやり思った。


「彼の人の死、汝らの血によって清められたり、汝らの死、我が炎によって清めたり…」

 宣告と共に視界が薄暗くなっていく。

 最期に感じたのは熱さだった。

 


お題「幻のおどりこ」

https://twitter.com/hacca0505/status/1368506648436768774

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る