ゲッコウとヴィーナス

ホントは「リザード」が良かった。

強そうだし響きがいい。

でもリザードは既に居るとかで、あたしのコードネームは「ゲッコウ」になった。

ゲッコウ。古い家の壁に時々貼りついてる、アレだ。


ただの記号的な名前だから、まぁどうでもいいと思っていた。

でもヴィーナスに会って変わった。


「ねえ、モンデンキント、仕事が終わったら何する?」

助手席で彼はドロップの缶をひっくり返した。最近禁煙したとかで、しょっちゅうドロップを舐めている。

「知らない。そういうのは終わった時考えるから」

「そうなの?それでよくやってけてるね」

手のひらに零れた赤紫のドロップを頬張り、彼は薄い唇をペロリとなめた。カーラジオからは昔のダンスナンバーが流れ始め、それに乗せて低く鼻歌を歌っている。

「あのさぁ、その、モン…なんとかって何なの?」

信号が赤に変わって、あたしはため息をついた。予定時刻まであと15分。思ったより道は混んでいる。

「モンデンキント。月の子、って意味らしい。子供の時読んだ本に出てきた」

からころとドロップを鳴らしながら彼は答えた。

「あんたの名前と髪の色が月だからね」

「ゲッコウ、ってトカゲの1種じゃなかった?家の壁にいるグロいやつ」

「英語はね。日本語だと月の光の事なの」

薄い唇の端で彼はニヤリとした。

「でもゲッコウだってかわいくってスキだよ。目がくりくりで、肌がスベスベしてて、お手手のお指がヒラヒラしていて」

「ふーん。そう」

不意に肌に触れられたような感じがして、あたしは押し黙った。

ラジオからはドナ・サマーのI Feel Loveが流れている。信号は青になったが、なかなか車列が進まない。

「……あたしにも1個ちょうだい」

なんだかむずかゆい感じがして、ドナの声がフェードアウトしたタイミングであたしは左手を差し伸べた。鼻歌でベース音を拾いながら、彼はそっと手を取った。しっとりと冷たい感触。

「あ、薄荷味って嫌いだっけ?」

「別に。大丈夫」

ようやく車列が動き出す。ドロップを口に放り込むのと、ドナの声が戻ってくるのが同時だった。


彼の名前はヴィーナス。

元々美容師だったとかでつけられたらしく、別に美形という訳ではない。最初見た時はベルツノガエルを思い出した。丸顔で目鼻の割に口が大きく、なんとなくヌメっとしている。


でも時々、美の神的な事を言い出す。

「狂った雌犬」だの「暗黒街の掃除婦」なんて呼ばれたりもしたあたしを、「月の子」なんて呼んだりとか。



お題「月とヴィーナス」

https://twitter.com/hacca0505/status/1367791251320279044

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