第3話 愚者たちの輪舞
ダンジョンボス討伐の褒賞として、地上への転移魔法陣が現れる。勇者の背後に。ぼくが飛び込むには遠く、下手に動けば聖剣を抜いたままのカーグが斬り掛かってくるだろう。
位置取りまで考えての追放宣告か。お飾りの勇者も、こんなときに限ってちゃんと役目を果たしてる。
「で? これからどうするつもり?」
ぼくは可能な限り、穏やかに冷静に話しかける。
ダンジョン最深部でレベルリセットされた
「全員一致で、貴様の追放は決定している!」
「それはもう聞いたよ。
「当たり前だ。これはダンジョンボスを倒した、栄えある“勇者パーティ”のための帰還魔法陣なのだからな」
「へえ」
王国政府が人間至上主義の正義を貫くとしたら、だ。最難関ダンジョンを踏破し
それはわかる。問題は、ここで大人しく逃がしてくれるかだ。置き去りだけなら嫌がらせにしかならない。ぼくも“足手まとい”のいない単独行動であれば地上への帰還くらいできる。雑魚だけ削ってレベル上げをしながら、罠と戦闘を避け続ければ良いだけだ。ゆっくりのんびり行こうとも、二日もあれば戻れる。
この計画を考えた者たちがそれを理解していて、ぼくの能力を王国への脅威と考えてるなら、確実に殺しにくる。自分の推測が正しくないことを願うのは初めてだ。
「荷物を出せ。すべての返還を要求する」
「いいけど、本気でいってる?」
ぼくが空間魔法の“
それはかまわない。レベル1に戻って
「お前の持っているものは、栄誉も物資も褒賞も、何もかも、
「渡すのは、全然かまわないよ。そんな能書きなしでも、もともと返すつもりだし」
持てるのであれば、好きなだけ持っていくと良い。
預かっていた物資を“
半分ほど出したところで、ようやく気持ち悪さが弱まってきた。一辺
天蓋付きのダブルベッドまで出てきたのには、ぼくも呆れたが。
「……これ、わたしの」
“癒しの聖女”ミネルが、困惑した顔でベッドを見る。他のパーティメンバーと同じく、周囲から持て
「ああ、たしか最初にパーティを組んだ頃、預かったものだ。何度も返そうとしたのに、いつか使うからって言い張ったのは“
彼らが高難易度ダンジョンに潜り始めたのは、勇者パーティに選ばれてからだ。つまり、最初からぼくが支援職として参加していた。そのため高位冒険者が当然のように身につけているはずの常識――長期遠征になる場合の荷物の整理整頓とか、可能な限り軽く小さな品を選ぶとか、そもそも持ってゆくべきかどうかを選択するとか――そういう最低限の常識さえないまま、ここまできてしまったのだ。
ダンジョン内では簡易ベッドで
そこまで考えて、もう知ったことではないと思い直す。
「これで半分くらいかな。全部を出すと、まだ二頭立て馬車で二、三台分くらいある。この際だから、全部返しておこう」
本当は、もっとある。“
「そこに“
荷物の選別に気を取られた演技を続けるぼくの背後で、地面を踏みしめる音がした。どこか別の場所では、詠唱を始める声も。
やっぱりね。積み上がって視界を塞ぐ物資を遮蔽にして脱出しようと思っていたのに、回り込まれて囲まれたみたいだ。せっかちな話だ。ぼくがレベルアップするのが、そんなに怖いのか?
「おおおぉ……」
背後からの攻撃を軽く
自分の予備装備に吹っ飛ばされるっていうのもおかしな話だ。兜の面頬を歪ませているが、たぶん死んではない。
「おのれ!」
木箱の陰でぶわりと魔力光が吹き上がった。頭を下げて飛び
「勇者の剣を、避けただと⁉︎」
あんだけ詠唱が長ければ魔物だって避けるだろう。その上、ご丁寧に叫び声で攻撃するのを教えるだなんて。攻略前の訓練で伝えたぼくの忠告、なんにも聞いてなかったんだな。
水蒸気に隠れて円を描くように左後ろに回り込むと、死角から
「貴さ、まぶッ⁉︎」
先端に重量のある分銅を仕込んだそれは、ふつうの人間が無防備に食らうと簡単に死ぬくらいの威力はある。
相手が“無敵の勇者様”とはいえ、顎下に叩き込まれたとなれば無事では済まなかったらしい。振り向きかけた姿勢のまま脳を揺らされ、カーグは意識を失って前のめりに倒れる。
わずかに胸の奥が温かくなって、吐き気と気怠さが急に消えた。レベルアップしたのか。
試しにステータスを確認してみたら、意外なことにあっさりと表示された。“
・名前:アイクヒル(16)
・職業:守護者(レベル3)
・HP:22/30
・MP:30/30
・スキル:“
・習得魔法(初級):“
……あれ? なんか知らない名前の初級魔法がある。ステータスが見られるようになったってことは、“鑑定”の下位互換か。“
“戦士”と“勇者”を倒したことで破格の経験値が得られたのかと思ったら、レベルはたったの3だ。数字の上がり幅はさほど大きくない。ふたりを殺してないからか、それとも彼らの力はそれほど大きくないのか。
「おおおおおのれぇッ!」
水蒸気が風魔法で吹き飛ばされ、その奥に杖を構える“賢者”エーカムの姿があった。向かってくる単細胞なら
参ったな。これ、下手したら死ぬかも。
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