第2話 無になる努力と無にする勢力

 晴れて、かどうかはともかく、上限まで高めたぼくのレベルは勇者パーティの功績に巻き込まれて台無しになった。神の気まぐれか嫌がらせなのか、ぼくの職である“見守りの守護者”はレベル上限が99で、それを超えるとリセットされてしまうのだ。

 固有技術や知識や経験は維持されるとはいえ、体力HP魔力MPなどのステータスは新人冒険者と大差ないものに落とされてしまう。せっかく制限解除アンロックした中級・上級の魔法もレベル不足で使用不能リロックになる。


 これでリセットは三回目だ。

 誰もが“職授の儀式”を受ける十三歳のとき、教会に“守護者”なんていう妙な職を押し付けられたぼくは、それ以来あれこれ試したし文献も調べた。なんとか回避策を模索したが、どうしようもないと思い知らされただけだ。


・名前:アイクヒル(16)

・職業:守護者(レベル99)

・HP:7682/9999

・MP:6984/9999

・スキル:“看護みまもり

・習得魔法(初級):“収納ストレージ”“浄化クリーン”“*壁***”“探****”“*癒*ール”“*復***”********

・習得魔法(中級):***********

・習得魔法(上級):********


 ああ、もう……!

 ぼくは確認した自分のステータスが風前の灯火とばかりに瞬くの見て、深い溜め息をいた。

 ステータスを可視化できるのは“聖女教団”だけだといわれているが、ぼくは二度目のリセット直前に“鑑定アプレイジン”という魔法を取得してる。だから今回は転落までの秒読みを、ずっと把握していた。


 表示されていた数字が大きく光って、前にも見た悲惨なものに切り替わる。


・名前:アイクヒル(16)

・職業:守護者(レベル1)

・HP:9/10

・MP:8/10

・スキル:“看護みまもり

・習得魔法(初級):“収納ストレージ


 やっぱり、リセットされたわけだ。二回目と同じく、初級魔法の“収納”以外みんな消えちゃった。収納もレベルリセットで完全に容量超過オーバーフロー状態だ。いま腹パンされたらみんな出てきそう。

 表示状態だった“鑑定”の魔法も消えて、ステータスは見えなくなった。そのことに、どこかホッとする。


“ステータスは、ただの数字だ。それに縛られたら道を誤る”


 ぼくが育った孤児院の院長先生から、以前そう釘を刺されたことがある。たしか、ステータスの確認のたびに“聖女教団魔女教”に多額のお布施をしなければいけないと愚痴をこぼしたときだ。亜人差別主義者の本拠地にカネが落ちることの是非は別として、いつでも誰でも見られるようになるのも良くない、というような話だった。

 何もかも見え過ぎると、却って判断を狂わせるだとか。そのときはわからなかった言葉を、ぼくはいま、ようやく理解した。

 目先の数字が見えなくなったことで、迷いや焦りが消えた。ここからが、生まれ変わったぼくの再スタートだ。


「“深潭しんたん”は、勇者パーティが踏破した! “紅玉の魔珠”も手に入れた!」


 勝ち誇った顔で吠える勇者カーグの声が、ぼくを物思いの霧のなかから引きずり出す。


「その間、役立たずの貴様は、我々にまとわりついてレベルアップの恩恵を受けようとしたが、計算が狂ってリセットされたというわけだ!」

「……いいや。まったくもって計算通り、完全に予想通りだよ。こうなることは、最初からわかってた。だから最初は同行を断ったんだ」

「笑わせるな。結局はカネに目が眩んだんだろう」

「眩むほどのカネはもらってないよ」


 断れば、ぼくの育った孤児院を潰すと脅されたので、やむを得ず参加することになっただけだ。ぼくはともかく、身寄りのない亜人の子にとって、あの孤児院は生命線だから。

 なんとなく、もう戻れないような気がしてたから。受け取ったカネも蓄えてたカネも、みんな院長に渡してきた。結果的には、正解だったな。


「追放の理由を教えてやろう」

「いらないよ。どうせ、戦力換算できない四分の一亜人クォーターエルフに地位も栄誉も報奨金与えたくない、ってとこだろ」


 ぼくの返答に、勇者カーグはなんでか悔しそうな顔になり、さらに大きくふんぞり返る。


「ああ、そうだ! “みまもり”とかいう聞いたこともないクソの役にも立たないスキルしかない、“守護者”なんて無意味で無価値で恥知らずの職は、俺たち精鋭勇者パーティにとって無駄で無益な、足手まといでしかない! ましてそいつが、亜人との混血ざっしゅであればなおのことだ!」

「うん。たぶん、君らの帰還後には、ぼくが不幸な事故で死亡、もしくは行方不明って発表がなされるんだろうね」

「その通りだ!」


 カーグは勝ち誇った顔で頷く。

 そのくらいは、漠然と予想はついていた。ついていても、断れず逃げられなかっただけ。そうまでしてぼくを処分したいなら、もっと手っ取り早くて簡単で確実な方法はいくらでもあると思うんだけどな?


「ねえ、カーグ。それ、からの指示?」

「……!」


 ぼくが尋ねると、彼はわかりやすく目を泳がせる。

 答えられないか。そりゃそうだよな。たぶん計画の全容は知らされていないんだろうし、もし聞かされたところで彼の頭じゃ理解できない。


「ど、どこって、それは……どこでもない!」


 なるほど。目を逸らしたということは、“どこか把握していない”ではなさそうだ。

 たぶん、


 カーグ率いる勇者パーティは、王国政府と貴族院、魔導師協会、女神教会それぞれの思惑が合わさって生まれた。

 “炎の聖剣”を携えた“救国の勇者、カーグは王国政府の意見を代弁する頭の軽い操り人形。

 “水の聖杯”を持つ“癒しの聖女”、ミネルは国教“女神教団”から送り込まれた監視役。

 “風の聖杖”を抱えた“導きの賢者”、エーカムは“魔導師協会”の重鎮。

 “土の聖盾”を背負う“鉄壁の戦士”、ダッドは一代限りの騎士爵位と引き換えに送り込まれた貴族院の犬。


 彼らの政治的・経済的な意図は、どうでもいい。いがみ合おうと手を取り合おうと、好きにすれば良い。

 でも、人間至上主義を掲げるのであれば、ぜんぶ人間だけでやってくれないかな。なんで、亜人の混血孤児ぼくを巻き込む。

 これじゃ、せっかく頑張って育てた自分のレベルを無駄に放出しただけだ。やりたくもない仕事に巻き込まれて身ぐるみ剥がされた挙句に巻き込んできた側から罵倒されるなんて、理不尽にも程があるだろ。


「ぼくにそこまで不満があるなら、なんで巻き込んだの? ぼくだって、好きこのんでこんなところに来ないよ? 別に、ぼくは魔女教……失礼、女神教徒じゃないしさ。そもそも正式な王国民でもない、ただの混血孤児だ。無理やり参加させられたけど、の都合に付き合う義理はないよ」

「俺にいわれても知るか。お前を加えたのはの人間だ」


 やっぱり、ぼくの加入は四勢力の総意か。亜人に仇なす“紅玉の魔珠”を手に入れるために、“亜人の混血ぼく”を使わなければいけないって、彼らは勇者パーティが役立たずなのを理解してるのか。

 それじゃ、追放を決めたのは?

 カーグの独断なんて、ありえない。この阿呆の子ができるのは、せいぜい指示された命令の実行だけだ。となると、追放も四勢力の総意ってことになる。


「なんだそれ。意味わかんない」


 口ではそう吐き捨てながら、ぼくは理解してしまった。彼らの意図を。魔珠を手に入れた後で殺せという指示なら、そんなのは明白だ。王国にとって脅威になると判断されたのだ。

 ぼくと、ぼくの持つ“みまもり”のスキルが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る