第4話 闇に落ちゆく

「……まさか“守護者きさま”ごときに、これほどの戦闘能力があるとはな。ずっと我々をたばかっていたわけだ」


 勇者たちを倒した動きを見て、変人魔導師が重々しい声でいう。

 これほども何も、ぼくのような支援職には戦闘能力は、ほぼない。ましてレベル1なんて、鍛えられた戦闘職とぶつかれば瞬殺されて終わりなのだ。

 こっちの問題じゃないんだよ。“戦士様ダッド”は自分から(自前の甲冑に仕込まれた)防壁に突っ込んだだけだし。“勇者様カーグ”は何度いっても日々の鍛錬を怠った結果だし。

 彼らの問題は、怠慢と過信と増長と連携無視、そして何より鍛錬不足だ。国宝級の武器と装備で、戦闘環境も整えられタイミングもお膳立てが済んだところでスキル頼みの一撃必殺。

 そんな戦法もの、懐に入り込まれた時点で手も足も出なくなる。


「これは本気で立ち向かうしかないようだな」

「エーカム、それ“すぐ倒される敵”の常套句おやくそくだよ?」


 ぼくだって混血とはいえ森の民であるエルフの末裔、ある程度の技術と経験はある。


 ……正確には、


 この奇妙なパーティに巻き込まれるまでは冒険者として活動していたのだ。当時のレベルは50半ばで、最終的なランクは三級。

 亜人の混血孤児と組みたがる冒険者はいなかったから、結局ずっと単身ソロだったな。

 狩っていたのは換金性の高い魔物、高価買取の鉱物、あとは食用になる動植物が中心で、戦闘は可能な限り避けてきた。

 対人戦闘なんて一回も経験していない。


「……はぁ、……ぁ」


 もう体力が切れてきた。レベルがリセットされたことで、身体能力の低下がひどい。わずかに戻ってもレベル3じゃ気休め程度。いますぐ動けなくはならないにしても、集中力には影響が出る。息を整えようとするが、貧血なのか目眩がした。


「逆巻く水流よ白刃となりて我が道を切り開けッ」


 わずかに反応が遅れた。

 ぼくは他の冒険者と接する機会が少なかったせいで、追い込まれた人間が何を考え何を行うかという問題にうとい。残された後衛職ふたりに出来ることなどなかろうと、行動を読みきれなかった。

 詠唱とともに魔力の渦が立ち上る。まずい、これは……


「でやああああああぁッ!」


 積み上げられた物資の陰から飛び出し、“聖女”が杖を振り上げる。繰り出されるのは、彼女が持つほぼ唯一の攻撃魔法、“水圧斬撃ウォーターカッター”だ。

 この子も、ぼくの指示と忠告をまるっきり無視している。まだ周囲に水蒸気の余波が残った状態では、魔力で集めた水の粒子があちこちに跳ね回って綺麗な水の刃にまとまらないのに。

 砕けたガラスのように弾け飛んだ斬撃の欠片かけらが、横にいた“賢者”の頭を切り裂こうと跳ね回る。


「エーカム、危ない!」


 ずっと庇護対象だった癖で、再取得したばかりの“防壁バリア”を展開してしまった。

 敵を守ってどうするんだと、放った後で自分に呆れる。レベルアップで魔力量が回復してきたというのに、これでまた空っぽだ。“聖女”本人は自分の失態に気付いてもいない。

 “聖女”のウォーターカッターは至近距離で広がった防壁に干渉して四方八方を切り裂きながら飛び散る。防壁で致命傷は免れたものの、賢者エーカムは血を噴きながら倒れ込んでしまった。いますぐ死ぬほどではないが治癒魔法が必要になる。いまのぼくに、そんな余力はない。さらにいえば助ける義理もだ。


 そちらに気を取られていた隙に、聖女ミネルが杖を振りかぶったのが見えた。


「しいいいぃ、ねぇッ!」


 違う。杖を振りかぶったんじゃない、逆の手で持った手斧を投擲とうてきしたんだ。


“攻撃能力はほとんどないのだから、物理攻撃を併用した方が良い”


 その忠告は受け入れてくれたらしい。結果的にそれが自分に向けられるとは、喜んで良いのか悪いのか。小さいとはいえ致命的な質量を持った手斧はクルクルと回りながら真っ直ぐこちらに飛んでくる。なかなかの先読みと悪くない手札だ。

 まずい、死ぬわこれ。


 避けようと身を翻した先に、地面はなかった。“深潭”と呼ばれるこのダンジョンには、底も知れない無数の縦穴が開いている。もちろんボス部屋のなかにもだ。そんなことは、当然わかっていた。位置も大きさも表面の強度も把握して、ずっと気を付けてきたというのに。

 よりにもよって落ちたのは、伸ばした手も縁に届かないほどの大穴。


「まさか、自分の失態で死ぬことになるとはなあ……」


 ぼくは自嘲気味に笑いながら、暗い闇の奥に落下していった。

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