なんとなく、目覚めた。

 朝。いや、夜。ちょうどその間ぐらい。朝日の昇る、ぎりぎり前。


「あ」


 感覚。


「あん」


 左側。なんか、おかしい。


「あれ」


 左胸。左胸が。存在している。


「うそ。なんで」


 左胸が。あたたかく、やさしい。手。そう。手の感覚。

 彼がいる。

 なぜか、わたしの左胸をさわったまま。同じベッドで眠っている。


「夢か」


 彼は、もういないから。

 わたしの胸。胸があって、彼がいて。そんな夢か。


「夢じゃなければ」


 いいのに。


「あ。うわっ」


彼が起き上がる。


「ごめんっ。つい。左胸を見つけたのが嬉しくて」


「え?」


「行かなきゃ。幻想に。あ、胸。君の胸。左胸。見つけたから。もう大丈夫」


立ち上がってベッドから出ようとする、彼。彼の脚を、掴んだ。


「うわっ」


「だめ」


逃がすか。


「ちょっと。ちょっとまって。時間が。幻想が来てしまう」


「あなた。なんで存在しないの。幻想って」


訊こうとして、途中でやめた。訊いても、わたしの答えは変わらない。


「わたしも行く」


「いやいやいや」


離れようとする彼に、しがみつく。離すか。せっかく左胸があるんだから。彼も。ほしい。


「いいのか?」


「なにが」


「何も訊かなくて」


「訊いても答え変わらないから。あなたと一緒にいる。あなたと一緒に行く」


「そっか」


「あっそうだ。5巻」


枕元に置いていたそれを、雑に脚で引き寄せる。両腕は彼をホールドするのに使用してしまっていた。


「まだ読んでなくてね。えっと、一緒に持っていくね」


脚でなんとか、固定する。ついでに彼も脚で固定する。


「好き?」


「好き」


 朝日の昇る、その一瞬。

 現実でも、夢でもない、わずかな時の流れ。それが広がって。止まる。

 幻想的な、空間の中へ。


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