飛んで、追いかけて

@yumesaki3019

第1話

 私は、バドミントンが好きだ。静まりかえる中、お互いのレシーブの音しか聞こえない。そして、点を取られたら大声で悔しがり、また静寂が訪れる。静と動が強調され、ぶつかり合う。まるで呼吸のように大きく繰り返されるレシーブ音に一喜一憂する。そんなバドミントンが好きだ。憧れていた人との試合なら尚更、楽しいものだ。

「さぁ、早く来なよ。」

 冷たくも熱のこもった視線を向かられる。それを浴びせられるほど強くなったのだと、そして魅了されたのだと思い知る。その視線が欲しかったんだ。ずっと貴方の背中を追ってきたのはその為だったのだと私は見つめ返す。伝わらなくていい。これは、私なりのケジメなのだから。

 スポーツは、バドミントンは孤独との戦いでもあると考えている。自分の中にある衝動と技術を重ね合わせ、試合で表現する。私はこれから表現する。清濁入り混じった想いを。









 先輩を知ったのはとある大会の応援中だった。

「今年のバドミントン、凄くカッコいいイケメンが居るの!一緒に見に行こうよ」

 と友人に連れ去られ渋々観戦に赴いた。

 「いやぁ、今年も熱気が凄いね」

 汗を拭きながらも楽しげに笑う。

「ねぇ、帰っていい?ムシムシしてあまり居たくないんだけど」

「そんなぁ、見て回ろうよ、好みの子が居るかも知れないじゃん」

「出会い目的でスポーツ見に来るなんて…ちょっと失礼な気もするんだけど」

「そう固いこといわずにさぁ、ほら、試合が始まるよ」

 友達、松尾由美まつおゆみのお目当ての【イケメン】の試合が始まった。途端に体育館の空気が変わる。ただ試合を始めただけなのに、騒音が途絶えている。

 由美は私だけに聞こえる小声で話す。

「凄いでしょ。これが彼なんだよ」

 頬を染めながら自慢する。

「彼には、人を惹きつける強さがあるんだよ」

 自分のことの様に話す由美。確かに強いのかもしれない。けど、私はいまいちピンと来ていなかった。運動部未経験の私はただ、【自分の才能を活用しているだけ】の様に思えたのだ。静かながらも熱狂する体育館。あまりの人口密度に耐えかねた私は、気分転換の為に外に出ることにした。


 あぁ、風が気持ちいい。熱気に溢れた体育館とは別世界だ。近くの自販機で何か買おう。そう思い、外を当てもなくぶらついていた私は、階段に首にタオルをかけ座っている彼女に気づいた。

 見た感じは私達の年上だ。髪は短く切り揃えており、撫で肩に見える。睫毛が長く、すっぴんの様に見えるも唇に張りがある。体育館に居るには勿体ない程の美人だった。何より目立つのがとにかく彼女は背が高い。下手したら並みの男子を超えていそうだ。思わず見惚れてしまう。足音からかこちらに気づいた彼女は笑いかけてきた。


「こんにちはー、この大会で私以外の女の子がいるなんて意外だなぁ。誰を応援しに来たの」

 私は平静を装いながら返答する。

「私の友人が、とある男子が上手すぎると引っ張ってこられたんです。」

「あー、そうなんだ。大変だねぇ。」

 興味をなくしたのか、体育館に戻ろうとする彼女。その時私の口から

「一緒にジュース買いに行きませんか」

 と飛び出していた。今でも、何故見知らぬ彼女に声をかけたのか分からない。私は心の何処かで邪な考えを持っていたのかもしれない。

「あー、そうだね。買いに行こっか」



 「君はバドミントンしないの?」

 私の提案に二言で返事をした彼女から尋ねられる。

「私は、運動が苦手なので。」

 それに、私は背の高い彼女とは真逆だった。

 普通の子よりも少し背が低かった。今も彼女の肩に頭がくる形になっている。傍から見たら私が見上げ、彼女が見下ろすアンバランスな二人組だ。

「えー、面白いよ?」

「上手くなれるか分かんないですし」

「いや、バドミントンはね、こう、個人スポーツだから楽しめればそれでいいんだよ」

 強さを求め続ける人も多いけどね。と笑う。横から、いや見上げる形で見つめた彼女はやっぱり奇麗で。

 「さて、着いたわけだけど、何飲むの」

 背の高い彼女が自然と自販機に並ぶ。

「自、自分で押しますから」背の低さを指摘されたかのようで少し不愉快だ。

「わかったわかったよ。はい、先に押して」

 なんとなく不快だと悟られたのか、彼女はばつが悪そうに申し訳なさそうに目線を下げる。私はそのまま二段目にあるポカリスウェットのボタンを押した。

「そういえばさ、君はどこの中学校なの?どこら辺から来たの?」

「いきなりなんですか。」突然歩み寄るかの様に尋ねられ警戒する。まぁ水分補給に誘った私が今更警戒するのはどうかと思うけど。

「いやさ、何処かで会えるかもなんて思ってさ」

「見た感じ、いい人そうだし。」

「そうですか、良かったですね」

「そうだ!」突如何かを思い立ったようで、自分のバッグからラケットとハネを取り出した。

「丁度今は風も弱いし、私とバドやってみようよ」

 断る事も出来た。自分には運動神経がないから、何も知らないからと逃げる事も出来た。けれど

「少しだけですよ」

 なんとなく、なんとなくやる気になった。


「はい、まずサーブの練習からだね」

「最初は力を抜いて。力を入れるのはね、ハネがラケットに当たる瞬間だけで良いんだ。とにかくまずは当てる練習から始めようね」

「やっぱり難しそうですね」

「いや、慣れたら簡単だよ。大丈夫、バドは個人主義でもあるから。」

「一人っきりでもラケットとハネさえあげれば!それなりに練習が出来る!それがバドの長所なんだよ!」

 興奮しているのか、ガッツポーズをとり、饒舌になる。私以外の誰かに熱烈にPRしている様だ。

「私が付き添いで教えて行くから、ね?ゆっくり行こう」

 私に覚えさせたいのか、自分の知識を披露し沼に落としたいのか。恐らく後者だろう。私より説明をしている彼女の方が楽しそうだし。

「それじゃ、打ち合って見ようか。ラケットは軽く持ってね。」

「は、はい。頑張ります」

 結果は散々だった。まぁ当たり前だ。明らかに経験不足な私を気遣いながらの試合だったし。

「大丈夫?楽しめた?」

 流石に、笑顔の相手の前で楽しめなかったなんて言えないだろう。

「楽しめたよ」

「ふふっ、どう致しまして!!」腰を屈めて私に顔を合わせる彼女を、ピースサインをする彼女の笑顔が、今も瞼に焼き付いた。

「ねぇ、バドミントン始める気になった?」

 明るくドヤ顔で聞いてくる。相変わらず、自分は相手を楽しく出来たと確信している様だ。その自信は何処から来るんだろう。流石に断る訳にもいかず。

「う、うん…ちょっとだけなら」

 と肯定にも否定にも出来る返事をした。


「ちょっと!?りん!?ここに居たの!?早く手伝いに来てよ!ただでさえ人が足りてないんだよ!?」

 女の子が現れ、彼女の…凛の腕を引っ張り体育館に入れようとする。

「ちょっ分かったから!ねぇ、いつも言ってるじゃん!

 耳引っ張らないでよ!」

「今は特に忙しいの知ってるでしょ!?その話はまた後でね!」

「えー、でももう少しさぼ……休ませてくれない?おーねがい!」

 私との時間はサボりついでだったんだ。ふーん。

「そんな、可愛い感じで言ってもダメだから!早くいくよ」

「き、君助けてよ!ってなんでそんなに冷たい目なの!?」私に助けを求めてくる【凛】。私に助ける義理はない。他校だし、サボりついでらしいし。

蓮香れんかの意地悪…しょうがない。君、また後でね!」

「【凛】さん。君、じゃないです。黒崎美香と言います」

「じゃ、美香ちゃんね!また後で!!」

 強引に連れていかれながらも片手で手を振ってくる。

 凛は陰のない笑顔で連れられていった。


「え、女の子と会った?美香、それ本当に?」

「うん、会ってきたよ」

 敢えて名前は教えない。めんどくさい事になりそうだと思ったから。

「その子と約束しちゃって。どこの高校の子か分かる?」そう、これは、【また後で】という約束を守るため、仕方ない事なんだ。

「いや、そこまでは…あれ、ちょっと待って私知ってるかも」

 由美は何処で手に入れたのか試合一覧表を手に取る。例のイケメン君の居る試合にマークを付けているみたいだ。イケメン君は相当強いらしく、もう準決勝近くまで来ていた。

「あ!この高校だよ!イケメン君と同じ高校じゃん!!」

 今更だけど、由美からもイケメン君呼ばわりされるのなんか…可哀想だね。どうでも良いけど。

「イケメン君の補佐を二人でしてるみたいだね。どうする?終わるまで待つ?」

 私は迷いなく、

「うん、待つよ。友人だから」

 と【言おうとした】。途中で気付いてしまったんだ。あれ?なんで私はここまで【また後で】の約束を守ろうとしているんだろう。数分だけ一緒に居ただけなのに、どうして関わろうとしてるんだろ…。

美香みか?おーい?美香」

 私は、私の気持ちが分からなくなっていた。再会を考えてしまうと、どこか口角が上がってしまう。気持ちが満たされてしまう。こんな事初めてだ。

「美香!!みーか!!」

 ぺちん、と丸められた試合表で叩かれる。話を無視されていた由美が軽く怒って叩いてきた様だ。

「美香どうしたの?変だよ?」

「ご、ごめん。なんでもない」

「そう、なら良いんだけど。あ、試合始まるよ!!」

 私達はそれはもう全力で応援した。イケメン君に興味はなかったから。暇だったのもあるけど。り…彼女の姿が見える度に楽しくなったから。

 その後、私達はお目当ての人達に会う事は出来なかった。試合後軽く筋トレしたのち息する間も無くバスに乗って帰って行ったんだ。多分大会後も練習する為なのだけど。ここまで徹底してるなんて思わなかった。

「…お互い残念だったね…」

「……うん、由美、どんまい…」

「いやいや、美香こそどんまいだよ…顔が絶望してるよ?」

「え、そうなの」思わず顔に触る。確かに口角も下がり、目には…涙が溜まっている様に思える。そ、そんなに嫌だったの…私…?。

「……そんなに会えなくて嫌?それならもう一緒にあの高校に入ろうよ」重苦しい雰囲気の中由美は告げた。どこか悔しそうに。

「………」

「あたしは……その……一緒が良いけど」

「……わかった。どうせ行くアテもないし。何がしたいかも分かんないし。【凛】の居る高校に入るよ」何故私がそう告げたのか、その時の記憶が曖昧でよく覚えて居ない。本心だったのかもしれない。

「……そっか。あたしも、どこまでも、付いて行くよ」

 泣きそうな顔が、目に焼き付いている。





「あの人…なんなんだろう」


 ちょっとした輝かしい記憶の一部になるかなと思っていたのに。それなのに、今は、忘れられなくなっている。本当に、なんなんだ。



 まさか本当に再会するとは思わなかった。


 



 入学式の後、私は写真撮影を済ませ、校舎を見学して回った。特に言うべき事もない。普通の高校だ。強いて言うなら、【走り屋】とやらが居るという噂くらいしか面白そうな事はなかった。これから日々を送る自分の教室の教壇に座り、ボーっとしていた。大会で見かけたあの日から今日まであっという間だったなーと。

 私は友人達に勧められるまま、スポーツが盛んな彼女の高校に入学した。他意はなかった。どうせどこに行っても変わらないだろうし。やりたい事もないし。彼女の高校しか他に行きたい所もないし。決して意識した訳じゃない…と思う。

 友達が居ればそれで良いかなって。そう思っていた。私は空っぽだったんだ。そんな、空っぽな私の中に微かに、ほんのちょっとだけ先輩は残っていた。

「なーに一人で考えてるの」

 いつから居たのか、由美が心配げに私を見てくる。

「由美こそ、どうしたの?他の友達と帰るって言ってたじゃん」

「いやぁ、一人で黄昏てる美香を見つけちゃったから?つい?親友のあたしが?慰めなきゃいけないかなぁって」

「由美はいつだって変わらないね。羨ましいよ」

「私は、私の事すら分かんないから。」

「もー、やっぱり考え込んでるじゃん!」

「私だって、美香が居ないと変わっちゃう所もあるんだよ!」

「…何それ?意味分かんないよ」思わず笑ってしまう。意味は分かんないけど、大切に思ってくれているのは理解出来た。

「うん、笑ってくれて良かった。探した甲斐があったよー」

「…由美、探してくれてたの」

「ごめんごめん、気にしないで。」

「なんで謝るの。私の方こそ振り回してごめんだよ。」

「ふふ、そうか。そうだよね。」

 どこか哀しげに笑う由美。あれ、私なんかしたっけ。

「とりあえず、今日はもう帰ろ?今日は部活動はしてないみたいだし。」由美に手を差し出される。

「うん、そうしよっか。帰ろう」

 私は手を握り、一緒に帰路に着いた。どこか入り混じった表情をする由美と一緒に。



 入学式から数日後、私は部活動見学に来ていた。本当は友達と一緒に回りたかったんだけど、何か事情があるらしい。その時は分からなかったけど、今思うと何か思う事があってわざと一人にしたのかもしれないな。私はどの部活を見ても何も思わないまま、流れる形でバドミントン部を見学しに行った。そこで、私の時間は止まった。

 あの日出会った先輩がそこにいた。あの日と変わらない笑顔で、体育館を走り込んでいた。他の部活がボール練習してようとお構いなしに避けていく。陸上選手としても活躍出来るんじゃないかと思える位早く、そして綺麗な走り方だった。

 何か揺さぶられる。頭が痛くなる。目頭が熱い。訳も分からなくなり、私は逃げ出した。自分でも何がなんだが分からなくなった。天と地が回る様に思えた。立っていられない。傍目など気にする暇もなく、私は倒れ込んだ。鼓動が早く、そして身体が熱くて仕方がなかった。



「へー、バドミントンする事にしたんだね」

 私達は今美術室にいる。由美は美術部を選んだからだ。美術部はあんまり部活動がないらしく、まだドタバタしている一年生の頃は尚更暇を持て余すそうだ。

「い、いやぁちょっとした気まぐれだよ」

 私は今どんな顔をしているだろうか。自分でも分からないのに察してしまわれたら困る。

「ふーん。でもま、趣味が出来るのは良い事だよね!あたしゃ嬉しいよ」

「どこから目線なの、それ」

「母親目線?」

「いつから由美は私の母親になったの?まぁいいけど」

「良いんだ。」

 母親目線されても仕方ない。だって

「バドミントンに連れて行ってくれたのは由美だもん…ありがと」

「んー?何か言った??」

「別に」

「なーに??何言っちゃってんのもう」

 頭をぐしゃぐしゃされる。由美はいつもそうだ。勝手に人を巻き込んで勝手にペースに乗せる。今迄は単に迷惑に思う事もあった。けれど、交友関係が広がるきっかけになる事もあるみたいだ。相談にも乗ってくれるし。明日コンビニケーキでも奢ってあげよう。気が向いてたら、だけど。


 バドミントン部に入部した私が先輩と会うのはそう時間がかからなかった。そりゃそうだ。部員含めて数十人しか居ない部活なんだから。

「あ、あの時の子だよね!?久しぶりー!うちに入学してくれたんだね!」

 新入部員歓迎式の真っ最中でも私を見つけて手を振ってくれる。

「確か…黒崎美香ちゃんだよね!あの時は色々ごめんね!最後不快にさせちゃったみたいだし。」

 名前覚えててくれたんだ。サボり相手だったのに。

「いえいえ、あの時はありがとうございます。凛先輩。これから宜しくお願いします!」バドミントンの楽しさを教えてくれたのは先輩だ。だから、私を、楽しくして貰いたいな。

  しかし、願いは叶わなかった。凛には、先輩には相棒が居た。どうやらあの時、先輩を引っ張っていった【蓮香】が相棒らしい。部活動中も二人でセットらしく、毎日最後に打ち合いを見せられる。腕を競い合っているそうだ。

 いや、それはいい事なんだけど。本当に、いい事なんだけど、

 何故か、【無理】だった。

 叶わなかったというより、自分が情けなかった。勝手に心をかき回され、勝手に不調になっている自分が嫌いだった。自分でも分からないんだ。なんでここまで苦しくなってしまうのか。二人を考えるだけで吐き気がしてしまうのか。自分が、二人を尊敬できない、嫌いになりそうな自分が大嫌いだ。

 私は部活動を休みがちになった。少しでも二人から離れたくなった。二人は悪くないのに、勝手に体調不良を起こしてしまう自分が嫌いだった。嫌いだ。

 学校を休む事も考えた。いっそ一生部屋から出ない事も考えた。原因不明の精神病ならどうしようも出来ないじゃないか。食事すら通らないし。あれだけ整えていた髪もどうでもよくなってしまった。なんで、なんで、こうなってしまったのだろう。訳も分からず泣き出してしまう日も増えた。

 

 それでも、学校に行くのは、少しでもまた凛と二人きりで話したかったのと。

「みーか?今日は元気?無理してない?」

「由美…」

 由美が、居てくれたからだ。由美との会話は当たり障りなくて辛くなかったし、時折泣き出してしまう時もタオルを出してくれた。有り難かった。

 授業中に泣き出してしまった私は、またも保健室に居た。保健室のベッドの上で由美と話していた。

「私…どうしちゃったんだろうね」

「どうしたっていいじゃん」

「あたしが居るから、ね?」

 もう何度目かもわからない会話だ。由美はとにかく【側にいる】と話してくれる。友達として、ここまでしてくれる人は居ないと思う。

「由美、本当にありがとう。」

「いやいや、いーよ。あたしも楽しませて貰ってるし」

 何となく、苛つく。私のどこが楽しいのだろうか。

「え、そう?別に狂人の世話なんてつまらないでしょ」無意識に放った言葉が自分に鋭く刺さる。

【狂人】、そう、狂人なんだよ。勝手に壊れて勝手に崩れて勝手に泣き出す私なんて…狂人だよ。

「いやいや、狂人ではないでしょ」

「なんで?こんな、こんな人どこにもいないでしょ。私だけじゃん」

「そう?あたしは別に気にしないよ?」

「そう言うのは由美だけだよ、私は、もっと、凛先輩達に見て欲しいんだよ!!!!」

 そうだ、私は見て欲しいんだ。凛と蓮香先輩に、お互いだけでなく、私の事も見て貰いたいんだ。多分、そうなんだ。

 由美の顔から笑顔が消える。一瞬、静かになる。世界から音が消えたみたいだ。

「…………………しょーがない!!!」

「あたしも!!!バドミントン部に入るね!!!!それで万事解決でしょ!!!!もう決めた!!あたし決めた!!!美香がどう思おうと勝手だから!!それじゃ帰るね!!!!」

「え、ちょっと」

 投げやり気味に大声で宣言する由美。えっ何これ。困惑する私を他所に

「…………また明日」

 と由美は挨拶をした。涙声に聞こえたのは気のせいだろうな。


「ていうか、側に居ないどころか居なくなっちゃったじゃん」

 私の声はベッドの上に黒く染みて消えた。


 次の日、由美はラケットを手に私と登校した。

「ゆ、由美それって」

「ふふん!!あたしは本気だからね!お母さん達を説得して無事購入しました!これで入部は簡単に出来そうだね!」

「そんな、なんで」

 そう、昨日から私が気になっていたのは【何故入部に踏み切ったのか】だ。由美の好きなイケメン君はもう既にいない。由美にとっては何のメリットもない話なんだ。何より、美術部からバドミントン部に転部する手間もあるだろう。本当に、なんで。

「もう、言わなきゃ分かんないかな!!美香がまた部活動に来れる様にする為だよ!」

「えっ?」

「美香だってさ、もう一回凛??先輩の顔が見たいでしょ??」

「確かに、そうだけど…」

「それに、相手が二人組なら!あたし達も二人組で練習すれば良いんだよ!」

 何その謎理屈。

「もう何も分かんないよ…訳わかんないよ…」

「何も分かんなくて良いよ」

 真剣な顔で私を見つめてくる由美。

「分かんないよ…」

「もう!それならさ!!お礼として、手を繋ごう!」

「え、何で感謝の印が手を繋ぐ事なの?」

「良いから、ね」

 本当由美は変わらない。私が何一つ分かんないまま勝手に自分のペースで話を進めて行く。時には頓珍漢な事も言い出す。

「まぁ、それで良いなら…」

 私は言われるがまま由美の手を握る。そういえば、私が手を握られるのっていつぶりだっけ。小学生の頃に好きな男子に握られて以来だった気がする。

「…また美香考えてる。今度は何?」

「えっと、手を握られたの好きな男子に握られて以来だったなって」

「……へぇ、そうなんだ。」

 何を思ったのか突然強く握ってくる。手をへし折りそうな位握ってくる。

「由美ちょっと痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」

「ほら、ほら!!ね!これで忘れられなくなったでしょ!」

「何のこ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」

 何もかも説明されないまま、私は由美に翻弄されていた。そういえば、この時の由美は珍しく指と指を重ね合わせる握り方だったな。だからなんだって話だけど。逃がさないって思ってたのかな。

 手を繋いだまま校門を通ると、そこで。シャッターを切られる音がした。

「え、誰??誰かに撮られた?」

「美香覚えてないの?撮影部の人達が…確か青山さんだっけ?毎日撮ってるじゃん」

 軽く笑いながら由美は続ける。

「折角だし撮ってもらう?あたしの記念すべきバドミントン入部一日目としてさ!」

「えっでも」恥ずかしい。と言う間も無く。由美は撮影部の青山さんを連れて来ていた。青山さんは何処か呆けているというか。上の空みたいだけれど、撮ってくれるみたいだ。青山さんのカメラに私達が肩を並べる。

「美香、折角だし肩組もうよ。そっちの方がカメラに入りやすいでしょ?」

「うんそうだね、肩組もう」

「お、さっきと比べて素直じゃん。あたし嬉しいよ」

「だって…もう痛くされたくないし…」

 由美は少しだけ意地悪そうに続ける。

「因みに肩を組むのはいつぶり?中学校?」

 振り返ってみる…確か…えっと…。

「お母さんにされて以来だった気がする」

「お母さんかぁ!そっかぁ!!そうなんだ!」

「由美、何でそんなに嬉しそうなの?分かんないよ」

「分かんなくて良いって!!」

 満面の笑顔で肩を組みながら話しかけてくる。…肩組んでるから顔が近いんだけど。由美は気にしてないのかな。唇が付いてしまったら迷惑そうだから気をつけなくちゃ。

「はい、撮るよー」

 青山さんがカメラを向け声をかける

「はい、美香!撮るよ!ピースピース!!」

「う、うん!ピース!」

 空いた手でピースサインを作る。

「ハイッチーズ」

 無事撮れた写真は、私達の記念の写真になった。



「…というわけで!!あたしもバドミントン部に入ります!!美香を支える気なんで美香もこれから復帰します、復帰させます!宜しくお願いします!」

「ちょ、ちょっと!何言ってるの!?」

 放課後、由美は体育館に入るなり宣言した。バドミントン部以外の部活動にも知れ渡った事だろう。冗談じゃない。

「今日からいきなり復帰とか出来ないからね!?そんな、無理だよ」

「そんな恥ずかしがらなくて良いって。ね、大丈夫だよ」

「私も居るから、さ。」

 再び一方的に肩を組んでくる。流石に外すのも可哀想だし。もう仕方ない。

「もう由美の好きにしなよ…」

「うんうん!美香もやるきだってさー!」大声で響かせる。

「デマは流さないで、私にだって体力が必要なんだよ!?」

 思わず突っ込む。凛先輩達の姿を見るだけでもキツいのに、いきなり復帰?そんなの無理だよ。

 後ろから足音が聞こえてくる。私達が肩を組んで立っている体育館の出入り口から彼女は通り抜けた。蓮香先輩だ。

「美香ちゃん大丈夫??」

「うん、大丈夫そう」

 不思議だった。前の私では二人のどちらかを見かけただけで心が苦しくなっていたのに今は平然と立っていられる。

「よし!この調子で部活動も復帰しちゃおー!」

「…おー」

 この際、由美に任せて、大正解なのかもしれない。私は考えるのをやめた。


 結論を言うと大正解だった。流石に本人の前に、近くに立つ事は畏れ多くて出来なかったけど、安心出来るからか、部活動を最後まで続ける事が出来た。二人の試合を見ている時は少し苦しくなったけど

「美香、大丈夫?おっぱい揉む?」

「ちょっ揉まないよ??由美こそ疲れてないの」

「全然?寧ろ楽しかったよ。うん、もっと早く一緒に入部すれば良かったね。そうだ、また手を握ろうか」

「い、良いけど。」

 元々体操座りで横に並んで試合を見ていた私達はあまり見られない様にこっそり手を繋いだ。何となく、何となく隠した方が良いのかなと思ったからだ。こうして、由美のバドミントン初日は特に問題なく終わった。


「美香ちゃんちょっとこっち来て。」

 とあるケジメの日。遂に部活動エースの凛先輩と試合が出来る日。私は美香ちゃんに連れられ二人きりになった。私からも伝えたい事があったから丁度よかった。

「由美ちゃん」

「なぁに?美香ちゃん」

「ありがとね、お陰でここまで来れた」

 深々と私は頭を下げた。本当に、狂人だったあの頃とは見違えるほど私は強くなれた。それもこれも全部、由美ちゃんのお陰だ。

「なら良かった」

「…ねぇ美香ちゃん」

 言い淀み、か細い声で告白される。

「この試合が終わったらこれからは私とダブルス組まない?」

「えっ別に良いけど?」

「良いの?私と一緒じゃないと試合できなくなるかもよ?」

「何その言い方…今更の事じゃん」

 そう、今更の事なんだ。由美ちゃんがどう思ってるのかは分かんないけど、私にとっては親友だし支えてくれる人だ。拒む理由なんてない。

「良いよ、一緒に組もう」

「っっ!!美香ちゃん……」

 想いが溢れたのか、珍しくボロボロ泣きながら抱きしめてくる。

「そんな、抱きしめて来ないでよ。私は逃げないから、ね?」

 由美ちゃんの気持ちは分かんない。けど、まぁ悪くない距離感だよね。

 体育館の出入り口でお互い抱きしめ終わった後、私達は部活に戻った。

 遂に今日、凛先輩と試合が出来るんだ。

 ずっと追いかけてきた、先輩との試合が始まるんだ。やっとここまでこれた。二人きりでまた試合が出来るこの瞬間を待っていた。由美から、蓮香から固唾をのんで見守られる中、握手を交わす。先輩の手は柔らかくも筋肉質な、試合を繰り返してきた事を思い知らせる強さのこもった掌だ。ジャンケンを済ませる。サーブは、私からだ。

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