あの人とこの星を眺めた夜に始まった出来事

胡蝶花流 道反

第1話 春分~24P.M.の邂逅~ 

 月の綺麗な夜だった。

 満月では無かったが、冷えて澄んだ空気の中、輝く月灯りが印象に残った夜であった。

 その日は滅多に無い残業で。

 次の日が休日という事もあって、お気に入りのダイニングバーで気のすむまで飲み食いした後、まだほんのちょっぴり飲み足りなくてコンビニでチューハイとスナック菓子を購入して、寂れた公園で一人2次会をしようとベンチを探していたところ。

「すみません。この辺りに住まわれてる方ですか」

 にこにこした顔で近づいて来る、見知らぬ人物に声をかけられた。

 たとえ家が近所であろうとも答える義理はないし、穏便にその場を立ち去るのがまともな行動であるのだが。

「それ程近くではないのですが、この道は通勤路ですのでよく通りますよ。どうかされましたか?」

 …この時は身も心も満たされてて、自分の方がどうかされてたんだ。普段なら絶対に他人に無駄な親切を施すなぞ、思いもつかないのだが。

 そして貴重な独り時間を他の誰かに、しかも初対面の得体の知れない奴に、邪魔される事を許容してしまうなどと…

「いえ、特に困ってるといった訳ではないのですが…あ、お時間大丈夫ですか、よろしければご一緒に」

 そう言って見せてくれた袋の中身はアルコール飲料の缶に500㎖ペットボトルのジュース等といった飲み物、別の袋にはホットスナックにおにぎり、パン、お菓子各種におでんまで。どう見積もっても一人二人で片付ける量ではないので、

「あ、お友達が来られるのでしたらこの場所ではちょっとまずいですので、距離は有りますが少々騒いでも良いところに移動された方がよろしいかと…」

 見知らぬ人多人数の宴会に飛び入り参加するのは遠慮願いたい、このタイミングでお断りしようとしたところ。

「いいえ、誰も来ませんよ。2人で静かにお話しする程度なら問題ないでしょう」

 ええええええええええええええええ…

 そこそこ酔って回らない頭では体も口も働かず、謎の人物の言われるがまま公園内にあるベンチに座り、思わぬ飛び入られ2次会を始める事となってしまったのであった。

 こちらには自前のちょい飲みセットが手元に有るとの旨を伝えたのだが、いえいえお話を聞いてもらうのにケチな真似は出来ませぬ是非ともご馳走させて下さい、といって譲らないので素直に頂く事になった。


 が…

「こっちには最近来たばかりでしてね、前に暮らしていた所とは勝手が違いまして…少しご指導して頂ければ幸いなのですが」

 なにやら畏まった面倒臭い質問責め、若しくは怪しげな勧誘が始まるのでは、と思ったのだが。

「今の季節は冬ですか、まだまだ肌寒いですね。あ、これすごく美味しい、何でしょうか」

「もうとっくに春ですよ、まあ外で夜中に長居するには早いですけどね。あ、それ新作のチキンのやつですね、気になって食べてみたいと思ってたんですよ、1つ頂きます。お、ビールに良く合う、あなたの飲んでるレモンサワーにも合うでしょう」

「ほんとです!しっかり味なのにしつこく無く、飲み物によって爽やかな風味が残ります。ところでこの辺りの木は花が咲いてないのですね」

「もうすぐ春分の日ですし桜が咲いている所もありますよ。この公園の桜はまだ蕾が固いですね、あと半月くらいしたら咲くと思いますが」

 なんか、他愛もない世間話が始まってしまった。

 当たり障りのない、今流行りの様々なコンテンツ(と言っても自分はあまり詳しくないジャンルだらけだが)とか最近の社会情勢のニュース(これまた有識者ではないし初対面の人にそれ程踏み込んだ話をするわけにはいかないし)とか。

 しかし、よく食べる人だ。

「これは思ったより複雑な味ですね、とても美味しい。買って良かったです!」

「最近の中華まんは多種多様ですからね、チーズを何種も使ってたり具材も凝ってたり」

「この揚げ物も凄い‼舌で蕩けるようです」

「たかがコロッケ一個に100円以上出すなど勿体ない、と思ってたけど確かに一度は食べてみる価値ありますね、コレ」

 自分がほぼ満腹状態だったので、大方この人が片付けた事になる。

 私とそれ程体型は変わらない中肉中背、よりやや痩せぎみのその体のどこに、あの大量の食べ物が消えていったのだろうか…

 ふとした沈黙の際に目が合って、ちょっと気まずい空気になった。

 が、謎の人物はニコッと微笑んで、よりによってこう宣いやがった。

「月が綺麗ですね」

 まあ只の間を持たせる為のセリフだろうけど、返しを誤ると、ちとマズいかなあなどと、わたわたしていると、

「実は今見えている月はですね、この星の人が到達した月ではないんですよ」

 え?

「あの月には絶対に、たどり着けない様になっています」

「ちょっ、ちょっと待って下さい、言っている意味が…」

 飲みすぎたのだろうか、この人の言っている事がワカラナイ。そして畳み掛ける様に月を指差し言った。

「私はね。あそこからやって来たんですよ!」

「そ、そうなんですか、ハハハハハ、それは遥々…」

 自分も何を言っているのやらワカラナイ。

「信じてないみたいですね…いいでしょう、一週間後にこの場所この時間で、会いましょう」


 そして一週間。

 またもや残業、しかも今回は終電帰りである。遅い夕食にと、24時間スーパーでビールと3割引弁当を買って。

 

 あの夜の出来事はきっと酔った私が見た夢か幻か何かなのだろう、折角前を通るのだ吉兆かもしれぬからチョイとのぞいていこう…などと言い訳じみた事を考えながら園内に入って言った。

 鬱蒼とした暗い木々の中に桜の木が混じっているのが分かる。何故なら、3分咲きのそれが満月の月明かりに照らされて…ん?何か桜の成長が早くないか?

 中央部にあるベンチの所に行ってみると…うん、わかってた。あの人がいた。月が綺麗と言ってた時の笑顔と同じ顔でこっちを見てた。物凄く変な、複雑な気持ちのまま近付いて行くしかなかった。

「こんばんは。ちゃんと来て頂いて嬉しいです。午後24時ですね、あの夜出会った時刻と同じ。おや、花見弁当を御持参ですか、丁度いい。これから夜桜を愛でながら一杯やりましょう!」

「こんばんは。いや、これは家に帰って食べるつもりで…明日は仕事なので、すみませんが今日は早く休まないとなので…」

「それは残念ですね~、でも少しだけお時間頂けますでしょうか、折角用意して待ってたのですから、是非‼それ程時間は取らせませんので」

 何かよくわからないけれど、自分の為にしてもらった様なので少しだけなら、と。ついでにこの場所で夕飯済ましておけば、時間の無駄にもならないし。

「お仕事お疲れ様です、まあ一杯どうぞ。花見には日本酒が一番、と聞いたもんで」

「ああ、どうも。花見と言ってもまだ3分咲きですがね。それでももうここまで咲いたんですね、最近暖かったからかなあ」

 と言いつつ、咲き始めの桜を眺めながらスーパーの弁当を肴に紙コップに入った酒を頂くのも、趣があるなあと…鶏つくねに卵焼きの定番おかずから季節ものの菜の花のお浸し、行楽仕様なのか白米部分が巻き寿司といなりに変えられてるのも、花見弁当みたいで嬉しい。

「私がここまで育てたんですよ、この桜。今日のために」

「ははは、この前の冗談の続きですか」

「言ったでしょう。私は月から来たって、それを今証明します」

 そう言って左耳に手を当て何か言葉を発した後、指を鳴らすと。

 じわじわと月の灯りが辺りに集まって来た様に明るくなり、桜がタイムラプス動画を見ているみたいにゆっくりとあちこちで開花してゆく。

 そして遂に満開になり、見たこともないレベルの明るさの月灯りに照らされていた。夢を見ている様な光景とは、正にこれだなぁなどとぼんやりと眺めていると

「ね、凄いでしょう、これで私が言った事信じてもらえましたか?」

「いやいやいやいや、信じるとか信じないとか以前に何なの、コレ⁉⁉⁉訳分っかんねえよ、証明にもなってねえし説明もつかねえし‼」

「今のは月から植物の生育を促す光を送ってもらったのです。あまり細かい説明をしても地球の方には理解出来ないと思いますので」

 思わずパニックになって口汚く喚いてしまったのだが、ニッコリ穏やかに返されて呆然とするしかなかった。

「無理言ってお付き合いして頂いてすみません。ぼちぼち帰りましょうか」

「今帰ったって眠れる訳ねえよ、責任取ってもう少し付き合え、ゴルァ!」

「そうですね!!桜も綺麗に咲いた事ですし、もっと飲みましょう、さぁ」

 …コイツ、絶対責任なんぞ感じてないな、こりゃ。

 まあ、折角満開の桜を独り占め(+1人居るが)出来るというまたとないチャンスに巡り会えたのだ、心が落ち着くまでもうちょっと月夜の花見を楽しむとするか。

 はらはらと舞い散る花びらをぼーっと眺めつつ、酒をぐっと煽った。



 

 


 

 


 

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