ギャルと大型犬
「おい、徹……」
結愛さんが、初めて家に来た。
「なんでしょう?」
「デカいな、こいつ」
玄関の門で白い犬に抱きしめられているボクを見て、結愛さんが唖然としている。
ウチで飼っているのは、大型犬だ。白くてモコモコしている。
散歩させてみたいと結愛さんがいうので、一緒に公園へ向かうことに。
「こいつの名前は?」
結愛さんが、手綱に引っ張られている。
ボクも手を繋いで、結愛さんが連れて行かれないようにした。
「マロだよ。映画好きの父がつけたんだ」
映画に出てきた、マシュマロのオバケがモデルらしい。
父が子どもの頃に見た作品の、ラスボスだという。
まだ小さい妹はその映画を知らないので、「麻呂」の方から取ったと思っている。
「犬種はなんていうんだ?」
「グレートピレニーズだよ。フランス出身の犬でね。メスでも三五キロになるんだって。麻呂はオスだから、四五キロにはなるかな?」
山岳地帯で家畜を守る役割があったんだって。
「それでこんなに、デカいのか」
「たぶん」
「飼ってどれくらいだ?」
「譲ってもらったときには、もうボクも中学に上がる頃だったから、四年くらいかな。お迎えしたときは、こんなに小さかったんだよ」
人間の赤ちゃんくらいだったと話す。
「たった四年で、ここまで巨大化するのか?」
「一年くらいになると、急激に大きくなるんだよ」
大きな背中も誇らしい。
横断歩道の信号が赤に変わった。
「マロ止まって」
ボクが指示を出す。
マロはおとなしく、お座りをした。
「よし」
歩行者信号が青に変わったので、進ませる。
「エラいんだな、お前」
「ばふっ」
結愛さんが褒めると、マロが振り向いて吠えた。
目的地の公園で、目一杯遊ばせる。
「ほれー」
持ってきたフリスビーを、結愛さんが遠くへ投げた。
マロはドドドーっと走って行き、フリスビーを咥えて戻ってくる。
「よしよし」
手におやつを乗せて、結愛さんはマロに与えた。
フリスビー遊びを数度やって、ボクたちも一休みする。
買ってきたお茶を飲んで、マロにも水を飲ませた。
結愛さんが撫でると、マロも気持ちよさそうに寝転がる。
「かわいい」
優しい結愛さんに連れられて、マロもうれしそうである。結愛さんは下の世話まで嫌がらずにやってくれた。
「ごめんね。人の家の犬なのに、粗相のお世話までやってもらって」
「いいんだよ。ウチ家族全員がズボラだから、ペットとかいなくてさ。いっぺんお世話してみたかったんだ」
マロを撫でながら、結愛さんは微笑む。
ボクも、マロの首を抱きしめてブラッシングしてあげる。
「お前、コイツの前だとすっげえ優しい顔になるのな」
「そうかな?」
ボクと目が合うと、マロが「く~ん」と鳴く。
「ところで、お前さぁ」
「ん、なに?」
「コイツと一緒だと敬語抜けるのな」
「……!?」
気づかなかった。
「すすすすいません! 気が大きくなってました!」
マロが怖がらないように、飼い主のボクがしっかりしないと、という気持ちが働きすぎていたんだろう。
「いいんだよ。違った一面が見られて、うれしい」
「あ、あうう」
困惑するボクを見て、結愛さんがまた白い歯を見せた。
「かわいい」
帰る前に、またフリスビー遊びをする。
「ウハハ。くすぐったい!」
マロが、結愛さんの顔を舐め始めた。初対面なのに、ここまで懐くなんて珍しい。誰かが来ると、いつもボクに抱きついて離れないのに。
結愛さんが、マロにキスされそうになった。
「あ、待って。口にキスはやめてくれ」
とっさに結愛さんは、顔をそらす。さすがに、口まで舐められるのはイヤなのかな……。
マロはそれでもキスがしたいのか、ホッペにしつこくチュッチュッチュッと口を当てる。
「徹、こっち向け」
ボクと結愛さんの視線が、合わさった。
唐突に、結愛さんが目を閉じる。
ボクは犬みたいに首根っこを掴まれて、唇を奪われた。
何が起こったのか、頭が理解しない。ボクは何をされた?
「よし」
結愛さんの許しを得て、マロは容赦なくキスをする。それも激しく。
「ごめんなマロすけ。ファーストキスは、お前のご主人サマにとってあげたかったんだ」
「ばふっ」
結愛さんの気持ちが届いたのか分からないけれど、マロは引っ込む。
「悪かったな、なりゆきでこうなっちまった」
「い、いえ」
まだ、心臓の鼓動が収まらない。
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