ギャル弁当

「よお盛部」


 クラスメイトの町田まちだ 民夫たみおが、声をかけてきた。数少ない、ボクの男友達だ。


「みんなの間でウワサになってるな。お前が荘園さんと交際しているって」

「ま、まままさか」

「今は、単なるウワサかもしれない。もしそうなったら、すげえよな。みんなからモブ呼ばわりされているこちらとしたら」


 虚空を見上げながら、町田は微笑みかける。


「嫉妬しないの? ボクがゆ……荘園さんとどうになって」

「しないしない! 応援するさ!」


 バタバタと、町田は手を振る。


「荘園さんと言葉を交わした時点で、お前は我々モブカーストの星なんだから!」


 すっかり、ボクは英雄視されていた。


「そうよ。荘園さんは正直、誤解されがちだな人だと思うのよ」


 言うのは、下柳しもやなぎ 洋海ひろみさんだ。音読みすると、「ようかい」と読める。黒髪ロングなせいもあって、クラスでは「妖怪ちゃん」とからかわれている。町田の幼なじみであり、共にオカルト研究をしている間柄だ。


 結愛さんの前に座っている関係上、下柳さんは彼女に話しかけることがあるという。結愛さんにホラー映画を貸した張本人でもある。


「あんまり自分のことを話してくれないけれど、今は幸せそうなのよね」


 黒髪ロングの片目だけ出して、下柳さんは町田の席で頬杖を突く。ぼけーっとした表情をしているから、魂が抜けているんじゃないか、と錯覚してしまった。


 結愛さんが、教室に入ってくる。


 教室内が、張り詰めた空気に変わった。


 面白くなさそうに、結愛さんは席に座る。


「おっと、席に戻ろう。じゃあな盛部」


 町田が、ボクから離れた。空手部の町田でも、結愛さんを恐れている。それくらい、結愛さんは怖いのだ。本当は、優しい人なのに。

 


「おい徹、これ」


 お昼休み、結愛さんがボクに小さな包みをよこした。

 結愛さんの外見からは想像も付かない、ネコプリントのランチボックス用巾着だ。


 誰も騒がない。女子さえも。

 ヒソヒソ話でもしようものなら、ナイフのような鋭い視線が飛んでくるに違いないから。


「え、えと」

「だから、これ。早く受け取れ」

「あ、ありがとうございます」


 結愛さんが作ってくれたお弁当を、抱きしめる。


「コレ持って、屋上。付いてこい」

「あっ。はい」


 コソコソと、ボクは結愛さんについて行った。

 屋上に着くと、見晴らしのいい場所へ座る。


「開けろ」

「はい……うわああ。すごい」


 かわいい……ボクは、思わず声にならないため息をつく。食べるのがもったいないくらいだ。

 男の子向きながっつりボリューミーでいて、デコレーションが細かい。

 こういうのを「映え」っていうのかな。


「なんだよ。箸付けないのか? まずそうか?」

「違います! こんなかわいいお弁当もらうなんて初めてで! いただきます!」


 ボクはお箸を掴もうとする。

 だが、結愛さんはボクの手からお箸を取り上げた。


「いいこと思いついたぞ」


 玉子焼きを、結愛さんはお箸でブッ刺す。


「ほれ、あーん」


 これが、これが伝説のイベント! 

 ラノベとかアニメだけの世界だと思っていた。恋愛ゲームでしか見たことないよ!


「何してんだよ? さっさと口を開けろ」

「あ、あああーんんん」


 口を開けた瞬間、玉子焼きを口内にねじ込まれた。あーんって、ノドに直撃するんだね。


「ゲホゲホ」

「うわああ、スマン。加減がわかんないんだ!」


 結愛さんが、ペットボトルのお茶をくれた。


「ありがとうございます」


 お茶を飲んで、ボクは一息つく。


「うまかったか?」

「はい。とっても!」


 玉子焼きは、少し焦げていた。でも、しっかり味が付いていてボクは好きである。

 お弁当に丁寧さを求める人でもない限り、百点満点の出来だ。ボクは点数なんてつけないけどね!


「まだまだあるぞー。全部あーんさせてやるからな」

「あーん」


 その後もミートボールやウインナー、俵型おにぎりも口へ詰め込まれた。まるで、ひな鳥にでもなった気分である。


「手作りお弁当で胸が一杯になる」ってセリフがあるけれど、息苦しくなるって意味だったのか。

「ごちそうさまでした」

「うまかったか?」

「幸せです」


 うれしすぎて、熱い物が目から一つ零れた。


「な、泣くなバカぁ。あたしまでうれしくなっちゃうじゃん……」


 ボクは、結愛さんにハンカチを差し出す。

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