ギャルとホラー映画を見る

「おい、徹」


 放課後、ボクは結愛さんに呼び出される。


「はいっ」

「今日は空いているか?」

「帰宅部だから、いつでも空いてます」

「よし。家に行くぞ」


 えっ、いきなりカノジョのお部屋なんてハードル高すぎやしないか? ギャルってそういうものなのかな?


「どうした? 行くのか行かないのか」

「行きます」


 断れないよ。そんな潤んだ瞳で頼まれたらさぁ……。


「今日は映画を見るからな。コンビニでお菓子を買うぞ」

「はい。どんなお菓子が好きですか?」

「いつもはガムなんだよなぁ」


 デート中、結愛さんはよくフーセンガムをよく膨らませている。虫歯になった原因もガムだけれど。


「無難にポテチと、コーラでいいか」


 お菓子コーナーで、ビッグサイズのスナックを取っていく。目つきが、まるで子どもみたいだ。のりしおが好きなんだね。


 ボクは、二リットルのコーラを持ってあげる。


「アイスは? 好きでしたよね?」

「……いや。やめとくわ」


 手を繋いで、結愛さんのお家へ。


 女の子の香りだ。イヤでも香ってくる。


 ボクが呆けていると、結愛さんがグラスを持ってきた。ボクに「座れ」と、小さなクッションをくれる。


「散らかっててゴメンな。急ぎだからさ」


 ボクは、結愛さんの用意したトンカツ型クッションにちょこんと着席した。


 重たそうな手つきで、ドボドボとコーラをグラスに注ぐ。そのグラスは明らかに普段使いで、お客さん用ではない。でもうれしいな。


「お手伝いします」

「あたしの家だからいいん……っ!」


 しまった。ボクは思わず、結愛さんの手を掴んでいた。コーラを持ち上げようとしたのに。


 ビックリして、結愛さんがコーラをわずかに零す。じゅうたんに、炭酸が染みこんでいった。


「ごめんなさい! 拭きます!」

「いいって。あたしのミスだし。タオル取ってくる」


 結愛さんがタオルを用意する間に、ボクはじゅうたんをティッシュでトントンと叩く。拭くとシミになってしまうから。


 結愛さんと一緒にじゅうたんを掃除して、いよいよ本題へ。


「今日は、何の用事で呼んだんです?」

「これだ」


 カバンから、DVDを取り出す。パッケージには、いかにもな写真が。


「オカルト系ホラー映画ですかー」


 都市伝説をテーマにした、邦画タイトルだ。


「そうなんよ。クラスにホラー好きがいてさ」

下柳しもやなぎさんですね?」


 この手の作品を、毎回ススメてくるという。


「あたし怖いのダメって言ってるのに、『これは初心者向けだから』って!」


 たしかに、『恐怖回避版』と書いてあった。


「見た目は、大丈夫そうだけれど」

「それでも、怖い物は怖いんだよ!」

「わかりました。一緒に見ましょう」

「助かる!」


 結愛さんは、DVDをデッキにセットした。サメ型のバナナボートみたいなサイズのクッションを抱きしめる。


「ひいいい!」

 まだタイトル画面なのに、もう怖がっていた。

「今の音、なに?」

「のりしおの音ですっ!」

 自分がポテチをかじる音で怖がるJKとか、初めて見たよ!


 ともあれ、映画がスタートした。


『恐怖回避版』は、通常版と違って映像にフィルターが掛かる。無料のかわいいイラストが流れて、怖いシーンを隠してくれるのだ。


 しかし、いきなり人が鉄塔から飛び降りたシーンをそんなキュートな絵で隠されても。


「人が落ちた人が落ちた!」


 サメを放り出し、結愛さんは涙目でボクに抱きついてきた。長い爪にひっかかれて、服が伸びそうになる。


 ヤバい色んな所が当たって怖がるどころじゃない。


 のりしおを咀嚼しながら、ボクはただ、この時間が早く終わらないかを祈る。今の状況は、ボクにとってはご褒美なんだけれどね。


 映画が終わるまで、ずっと結愛さんはボクにしがみついていた。映像なんて見てもいない。


「あー怖かったぁ……ああん?」


 自分の現状を知って、「きゃんっ」と飛び跳ねた。自分の身体を抱きしめながら、ボクから遠ざかる。


「て、てめえ調子のんなっ」

「ご、ごめんなさい。失礼します」



 映画が終わって、ボクはすぐに退散した。


 やっぱり、結愛さんが一番怖い。でもかわいいよぉ。

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