7-9 転生幼女の新たな門出

 一度自分が進むべき道を見つけてしまえば、あとはあっという間だった。

 昼間は幼い弟や妹たちの面倒を見て過ごし、皆が寝静まった夜はできるだけ大きな音をたてないように気をつけつつ、ヴェルトールから受け取ったレシピを読み解いて素材を組み合わせる。そんな日々を送るうちに、時間は流れる水のように過ぎていった。


 ミレルカの里親希望者が現れてから、施設にやってきた客人の傷が完全に癒えるまで、数週間。

 ミレルカのささやかな冒険を支えてくれたベルムシオンは、施設の前で主であるセシリアや施設内の年長者であるヴェルトールと向かい合っていた。


「本当に世話になった。感謝する、セシリアさん。ヴェルトール」

「いいえ、私は休める場所を提供しただけに近いわ。本当に頑張ってくれたのは、ミレルカですもの」


 そういって、セシリアは自身の前に立つ遍歴騎士の青年を見つめ、眩しいものを見つめるかのように目を細める。

 ベルムシオンも同様に柔らかく目を細めたのち、セシリアとヴェルトールの姿を眺め――少しだけ残念そうに表情を曇らせた。


「……やはり、ミレルカ嬢は来てくれないか」


 ベルムシオンの命の恩人であり、一時的な相棒としてともに森を歩いた少女の姿が脳裏に浮かぶ。

 正式に彼女を自身のパートナーとして迎え入れたいと考え、そのことをセシリアとミレルカに打ち明けたが、肝心の少女の姿はこの場に見えなかった。

 つまり、ミレルカはフルーメの町にとどまる選択を選んだ可能性が高い。


 生まれ育った町にとどまるのを選んでも仕方ないだろうとは思っている。戦うための技術を徹底的に叩き込んだベルムシオンとは反対に、ミレルカは争いを知らずに育った少女だ。

 錬金術の知識と技術に長け、才能にあふれているが、中身は一度も旅なんてしたことのない普通の女の子。

 一度ベルムシオンと森の中を歩いているけれど、あの一度の冒険で遍歴騎士の旅路に同行する覚悟ができるとは思えない。


 できるなら、ミレルカの錬金術の知識と技術、そして才能が欲しいと思っていただけに、どうしてもがっかりした思いがベルムシオンの胸に広がる。

 内心残念に思うベルムシオンだったが、視線の先にいるセシリアとヴェルトールは何かを企んでいる子供のように目を細めた。


「確かに、この場には来ていないんですけど……ふふ」

「ミレルカが見送りに来てないからって、あいつが出した答えを決めつけるのはちょーっと早いんじゃないか?」


 口元に手を当て、セシリアが笑う。

 彼女の隣でヴェルトールが頭をかき、にやりと口角を上げる。

 二人の表情と言葉を前にしたベルムシオンの頭上にクエスチョンマークが浮かんだ。


 まだ早い――というのはどういうことなのか。

 ベルムシオンが旅立つ日を迎えても見送りに来ていないのなら、それがミレルカの答えではないのだろうか。


「それは……一体、どういうことなのだろうか」


 二人の言葉の意味を考えようとして、けれどどうしても答えが出ず、ベルムシオンはセシリアとヴェルトールへ問いかける。

 だが、二人は答えを口にせず、何やら企んでいるような表情のままだ。


「私たちの口から説明するのはできないんです。ごめんなさい」

「まあ、俺たちの反応でほとんど答えは出てると思うけどな」


 眉間にわずかなシワを寄せていたベルムシオンだったが、一つの可能性が頭に浮かぶ。

 まさか――いや、都合のいい妄想である可能性もある。これまで普通の暮らしをしていた少女が、そんな短期間で旅をする決意を固めるとは思えない。


 けれど。

 ……期待――してしまっても、いいのだろうか。


 何かを言おうとして、けれど何の言葉も出てこず、ベルムシオンは半開きになった唇を閉ざした。

 そして、セシリアとヴェルトールへ深々と頭を下げる。


「……本当に世話になった。感謝する、二人とも」

「こちらこそ、助けてくれて本当にありがとうございました。また近くまで来ることがあったら、寄っていってください。みんな喜ぶと思うわ」


 セシリアは笑顔でそういうと、ベルムシオンの肩に優しく触れる。ぽんぽんと優しい力で彼の肩を叩いて顔をあげるよう促し、柔らかい笑みを見せた。


「さ、早く出発したほうがいいわ。今はまだ明るいけれど、だからといってゆっくりしすぎてたら、次の目的地に到着する前に暗くなっちゃう」


 それはまるで、早く町の出入り口に迎えと促してきているかのようで。

 ゆっくりと顔をあげたのち、ベルムシオンも柔く笑みを浮かべて頷いた。


「……そうだな。そうさせてもらおう。では――また、いつか」


 最後にもう一度だけ一礼し、ベルムシオンはセシリアとヴェルトールに背を向けて一歩を踏み出した。

 比較的早い時間だが、フルーメの町にはすでに活動を開始している人がちらほらといる。道行く人々はベルムシオンへどこか興味深そうな視線や、よそ者を見る視線を向けるが、セシリアたちの孤児院がある方角からやってきたことに気付くと何やら納得した顔をした。


 自身に向けられる視線を気にせず、ベルムシオンは町の出入り口を目指す。

 最初はゆったりとしていた歩調がだんだん早くなり、最終的には駆け足へと変化する。いつもなら出発前にもう一度ゆっくり町を見て回るのだが、早く早くと声をあげる内なる自分に急かされ、そんな余裕もなかった。


 はやる気持ちのまま向かった、フルーメの町の出入り口前。

 辿り着いたその場所には――そこにいるはずのない少女の姿があった。


「おはようございます、ベルムシオンさん」


 柔らかなストロベリーブロンド。幼さを感じさせる丸いスカイブルーの瞳。

 小柄で華奢な身体は、動きやすさを重視したと思われる大きめのワンピースとショートパンツに包まれており、一番上に森を歩いたときとは異なるデザインのローブを重ねている。

 肩には大きく膨れた布製の鞄がかけられているが、背中にも大きめのリュックサックが背負われていた。


 ミレルカ・ジェラルペトル。

 見送りの際には姿を見せなかった少女が、そこに立っていた。

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