7-5 転生幼女の新たな門出
部屋で目を覚ましてベルムシオンと言葉を交わした際、心の片隅で考えた。ベルムシオンに相棒として扱ってほしい、ちゃんと彼の相棒になりたいと。
だが、それはミレルカが一方的に思ったことで、ベルムシオンも同様にミレルカを相棒に望んでくれているとは思っていなかった。
まさか――ベルムシオンも、同じことを考えてくれていたとは。
「……とはいえ、これは僕の一方的な望みだ。ミレルカ嬢に僕のパートナーになることを強要するつもりは一切ない。ミレルカ嬢が望まないのであれば、僕は大人しく引き下がる」
そう付け加えると、ベルムシオンは一度唇を閉ざした。
ミレルカは、優雅な動きでもう一度紅茶を口に運ぶ彼の姿をぽかんとした顔で見つめる。
繰り返し頭の中で響くのは、先ほどベルムシオンが発した言葉だ。
(本当に)
本当に――なれるのだろうか。ベルムシオンのパートナーに。正式な相棒に。
ミレルカが望めば、欲しいと思ったその場所が、手に入るのだろうか。
(でも)
ミレルカがそれを望むということは――セシリアや幼い弟分、妹分たちを置いて、町を離れるということでもある。
「ミレルカ」
セシリアが一言、ミレルカの名前を呼ぶ。
瞬間、ミレルカははっと我に返り、ぽかんとしていた表情を引き締めてセシリアへと目を向けた。
「はい、セシリア先生」
一度考えていたことを全て頭の片隅へ追いやり、ミレルカは返事をした。
セシリアは、唇を閉ざして何かを考えていたようだったが、やがて静かに口を開いた。
「ミレルカはどうしたい?」
そして、問いかける。
ミレルカがどうしたいのかを。これからの道を。
つまり――セシリアがベルムシオンをミレルカの里親として認めると判断したということだ。
「私はね、ミレルカ。あなたをずっとここに置いておくことを心苦しく思うときがあるの。あなたが見送ってきた子たちのように、あなたが幸せになれるのなら、この人と一緒に行きたいと思うのなら、私はあなたを送り出したい」
そういって、セシリアが穏やかな笑みを浮かべる。
ほんの少し寂しそうな――けれど、ミレルカへの愛情が込められているとわかる笑み。
これまで見てきたものとは異なる彼女の微笑みを目にした瞬間、ミレルカの胸の中にかすかな寂しさが広がった。
「ベルムシオンさんも、無理にあなたを連れて行こうとはしないって言ってくれたわ。だから教えてちょうだい」
そこで一度言葉を切ってから、セシリアは改めて問いかけてくる。
「ミレルカ。あなたはどうしたい?」
真っ直ぐな問いかけが、ミレルカの鼓膜を震わせた。
「……私は」
セシリアからの問いに答えるため、ミレルカは唇を動かした。
だが、そこからすぐに答えが紡がれることはない。唇が数回ほど動くが、音が発されることはなく、ただただ音のない言葉を吐き出すだけで終わった。
「私、は」
自分は――どうしたいのだろう。
錬金術の知識や技術を大々的に披露するつもりはなかった。今回はその必要があったから披露しただけで、何事もなければ己の知識や技術をひけらかすつもりはなかった。自身が持つ豊富な知識や技術で、セシリアたち家族を助けながら穏やかに暮らしていけたら、それで十分だった。
ところが、今はどうだ。ベルムシオンと過ごしたささやかな冒険の時間を楽しいと感じて、叶うならば正式に彼の相棒になりたいと思った――思ってしまった。ささやかに家族を支えて生きるのではなく、自身の知識や技術を大々的に披露して旅をする道を選びたいと、そう思った。
家族を支えながら静かに生きるのがミレルカの望みであったはずなのに。
「……私、は……」
何度も答えを口に出そうとするが、言葉を失ってしまったかのようにミレルカの喉からは何の音も発されない。
やがて、ミレルカは静かに眉尻を下げ、視線を手元のカップへ落とした。
「……ごめん、なさい。少し……考えてみても、いいですか」
なんとか言葉にできたのは、答えを先延ばしにする返事のみ。
セシリアにもベルムシオンにも申し訳ない気持ちになるが、この場ですぐに答えが出せない以上、一度保留にするしか選択肢がない。
おずおずとした声でそういったミレルカへ、セシリアとベルムシオンは一つ頷いた。
「ええ、もちろん」
「今後の人生が決まる大事な選択だ。僕は傷が完全に治るまで、フルーメの町に滞在する予定だ。しばらくはかかるだろうから、ゆっくりと考えてくれ」
「すみません。ありがとうございます、セシリア先生。ベルムシオンさん」
そういってくれた二人へ、ミレルカは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべて返事をした。
靄がかった心のまま、手の中にあるカップで揺れるミルクティーの水面を覗き込めば、眉尻を下げて情けない顔をした自分と目が合った。
(私は、本当に……どうしたいんだろう)
ここでセシリアたち家族とともに、静かに暮らしていきたいのか。
それとも、ベルムシオンの正式な相棒になり、彼が歩む遍歴騎士としての旅に同行したいのか。
どちらも大事な願いで、どちらも大切にしたい願いだ。だからこそ、自分の心がわからなくなってしまう。
両方の願いを叶えることはできない。ミレルカが選べる道はどちらか一つだけ。
(どっちの道を、私は選びたいって思ってるんだろう)
約束された安寧か、それとも危険と隣り合わせだけれど刺激的な冒険の日々か。
先の見えない闇に包まれた道に放り出されたような気分になって、ミレルカはひっそりと溜息をついた。
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