7-4 転生幼女の新たな門出

 今。

 今――この人は、なんといったのだろう。


 引き取りたい? ミレルカを?

 ……ベルムシオンが?

 全く予想していなかった言葉を前に、ミレルカはぽかんとした顔しかできなかった。


 じっとベルムシオンの顔を見つめてみるが、彼はセシリアのほうを真っ直ぐ見つめているため、どのような顔をしているのか、わかりにくい。

 ミレルカと同じ反応をしていたセシリアだったが、彼女よりも早く我に返り、表情を引き締めた。


「……それは、ミレルカの里親になりたいということで、間違いないわね?」

「ああ」


 ベルムシオンが即答する。

 彼の様子をじっと見つめながら、セシリアは静かに考えた。


 これまで、ミレルカを引き取りたがる人は何人もいた。

 だが、その人の多くは大人しくて聞き分けのいいミレルカを『大人にとって都合のいい子供』としてみなしている気配があった。

 彼女を本当の子供と同じように、愛情をもって育てたいと考えている人ではなく、子供をアクセサリーのように思っていそうな人がほとんどだった。故に、セシリアは首を横に振り続けてきた。


 だが、ベルムシオンはどうだろう。

 ベルムシオンは、フルーメの町の外からやってきた旅人だ。そして、ミレルカの護衛を引き受け、彼女とともに危険に満ちた森を歩んだ人でもある。これまでミレルカの里親に立候補してきた人間とは何かが違う。

 ぽかんとした顔をしている血の繋がらない我が子の様子を一瞬だけ確認し、口元に手を当てて、セシリアは口を開いた。


「どうしてミレルカなのかしら」


 ぽつり。

 セシリアの唇からこぼれた一言が空気を震わせ、ミレルカとベルムシオンの耳に届いた。


「あなたと行動をともにしたのがミレルカだからというのが理由かもしれないけど。ミレルカを引き取りたいと思った、具体的な理由を聞かせてくれる?」


 あまり考えたくはないが、ベルムシオンが純粋な良い人ではない可能性もある。

 もし純粋な良い人でなければ、この問いに対する答えで大体わかるはずだ――これまで断ってきた相手と同じように。

 ミレルカは、セシリアが面倒を見てきた子供たちの中でもっとも『手がかからない』子供だ。大人びた振る舞いをして、まだ幼い子供たちの姉としてみんなを見守り、錬金術で日々の生活を助けてくれる。まだ親に甘えたい年頃だろうに。


 だから、ミレルカがここを出る日が来るのなら、彼女がのびのびと過ごせる相手のところへ――と考え、慎重すぎるほどに里親候補の相手を見てしまう。

 ほかの子供たちの場合でも同じだが、ミレルカの場合は特に。

 セシリアの問いかけに対し、ベルムシオンは顎に手を当てて考え込んだ。


「……そうだな。まずは、セシリアさんの言うとおり、ミレルカ嬢が行動をともにした相手だから……というのはある」


 ベルムシオンが紡ぎ出す答えが、静かに響く。


「だが、彼女が持つ錬金術に関する知識と才能を必要としているという理由もある。どちらかといえば、こちらのほうが大きい」

「私の?」


 黙って大人たちのやりとりを耳にしていたが、ミレルカは思わず声をあげた。

 ベルムシオンの瞳がミレルカへ向けられ、穏やかに細められる。


「ともに森の中を進みながら、ミレルカ嬢が持つ錬金術の知識や技術を見させてもらった。基本的な魔法道具から高難易度のものまで、鮮やかな手付きで作ってみせてくれた。僕が知っている錬金術師の中で、ミレルカ嬢の実力はトップクラスだ」


 そういったベルムシオンは、柔らかな表情をミレルカへ向けている。

 お世辞や嘘をついている様子はない、真正面からの褒め言葉はミレルカを思い切り照れさせるには十分すぎるほどの威力がある。


 褒められたことへの嬉しさと、自身が持つ知識や技術から生み出される力を認めてもらえたことへの喜び。そして、真正面から褒められることによる気恥ずかしさ。

 さまざまな感情が内面で渦巻き、ミレルカは口元をもにゅもにゅと動かした。

 やがて、喜びや嬉しさに背中を押され、はにかむように笑う。


「……ありがとうございます。ベルムシオンさん」

「別に。僕は思っていたことをそのまま口に出しただけだ」


 ゆるりとした動きでベルムシオンの手が伸ばされ、ミレルカの頭に触れる。

 一回、二回――と頭を撫でてくれる手は大きく、セシリアやヴェルトールに撫でてもらったときとは違った心地よさがミレルカの中に広がった。

 二人のやりとりを微笑ましそうに眺めたのち、セシリアが再び表情を引き締めて口を開いた。


「ミレルカを引き取りたいのは、そういった理由?」


 セシリアの声に反応し、ベルムシオンは再度セシリアへ視線を向けた。

 ミレルカを撫でる手を止め、ゆっくりと手を離しながら大きく頷く。


「僕はこれでも遍歴騎士をしている。多くの遍歴騎士は、錬金術師とパートナーになり、ともに旅をしている。……僕は気が合う錬金術師が見つからず、長らく一人旅だったが」


 ちらり、と。ベルムシオンの視線がミレルカへ向く。


「ミレルカ嬢と森を歩いたとき、僕は何度もミレルカ嬢に助けられた。彼女の才能や知識が必要だと感じたし、彼女との冒険は実に楽しいものだと感じた」


 そこで一度言葉を切り、ベルムシオンが自身に出された紅茶に口をつける。

 喉を潤し、軽く息を吐き出す。

 次の瞬間、ベルムシオンはミレルカへ視線を移し、宝物やそれに近い何かを見るかのように目を細めた。


「一度きりの冒険、一度きりの相棒。そんな一時的な関係ではなくて――叶うなら、正式なパートナーとしてミレルカ嬢とともに旅をしたいと思ったんだ」


 ベルムシオンの唇から紡がれた言葉を耳にした瞬間、ミレルカは再び目を丸くした。 

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