7-3 転生幼女の新たな門出
「セシリア先生!」
「あら、ミレルカ。もう具合はいいの?」
ミレルカとベルムシオンがセシリアを無事に見つけたのは、子供たちと触れ合ってから数十分が経過したあとだった。
どうやらセシリアは無事に戻ってきてからというもの、孤児院の仕事で駆け回っていた。セシリアがいそうな場所を見に行ってもことごとくすれ違い、なかなか捕まえることができなかった。
やっとミレルカがセシリアを捕まえることに成功したのも、彼女が休憩するときはダイニングキッチンにコーヒーを淹れに来ることを思い出し、待ち伏せしていたためだ。
もし、待ち伏せしていなかったら捕まえるまでもっと時間がかかっていたに違いない。
いつも座っている椅子から勢いよく立ち上がり、ミレルカはやってきたセシリアへ不満げな瞳を向ける。
「私はこのとおり平気。それよりセシリア先生のほうが心配。セシリア先生、私よりも消耗してたと思うのに、そんなに動き回って大丈夫なの?」
声だけでなく、ミレルカの表情にも不満げな色がのる。
全身で不満があると訴えるミレルカだが、セシリアは緩く笑うだけだった。
「ええ、大丈夫。家のことができてなかった分、取り戻せるように頑張らないとね」
「家事とかみんなのお世話とか、そういうのは私とヴェル兄で手分けしてやるのに」
といっても、ヴェルトールは普段ここにはいない。
彼の手伝いが期待できるのは、一時的に帰ってきている今の間だけだが。
「ヴェルトールに手伝ってもらえるのは、ここにいる間だけでしょ。頼りにしすぎないの」
セシリアもそれをよく理解している。
そのことをセシリアからも指摘されれば、何も言葉を返せず、ミレルカはむくれた顔をした。
子供らしい反応に少しの微笑ましさを感じつつ、ミレルカの隣に座っていたベルムシオンはゆっくり立ち上がった。
「無事に体調が戻ったようで何よりだ。セシリアさん」
「ええ。そちらも、少しは傷の具合がよくなったかしら。目が覚めたみたいでよかった。ええっと……」
「ベルムシオンだ。あのときはばたばたしていたし、改めて名乗らせてもらおう。ベルムシオン・ダフィネだ。今回はここに所属している子供であるミレルカ嬢の世話になった」
そういって、ベルムシオンは改めて深々とお辞儀をした。
改まった雰囲気を感じ取り、セシリアも同様にベルムシオンへ一礼する。
「ご丁寧にありがとうございます。改めて……この孤児院で院長を勤めているセシリア・ロザヴェニカと申します。こちらこそ、ミレルカちゃんを守り、導いてくれて本当にありがとうございました」
その言葉のあと、セシリアは足早にダイニングキッチンへ向かっていく。
そして、セシリアが普段愛用しているものとミレルカが愛用しているもの、そして来客があった際に使っているものの合計三つのカップを取り出し、それぞれのカップに手早くお茶を準備した。
ベルムシオンが放つ改まった雰囲気を前に、何か真剣な話があるのではと考えての行動だ。
ミレルカも先ほどまでとは異なるベルムシオンの雰囲気に、思わずしゃんと背筋を伸ばした。
「どうぞ。お口にあえばいいのですが」
「ああ、わざわざすまない。病み上がりだというのに」
「いいえ。これも私の仕事の一つですから。……はい、ミレルカにはこっちね」
「ありがとう、セシリアさん」
セシリアがベルムシオンの前に来客用のカップを置く。
軽い言葉を交わしながら、ミレルカの前にもカップをそっと置き、二人の近くにある席についた。
ミレルカとベルムシオンの鼻を、優しい紅茶の香りがくすぐる。
カップいっぱいに満たされた紅茶の赤とミルクの白が混ざって作り出すミルクティーの色と甘い香りは、ミレルカが何度も感じてきたものだ。
自身が愛用しているカップに淹れてもらったミルクティーを飲みながら、ミレルカはセシリアとベルムシオンをちらりと見る。
思い出すのは、セシリアを探してあちこち見て回る前。じゃれついてきた子供たちの一人であるアランにいっていた言葉だ。
『僕はミレルカ嬢とセシリアさんに少々話がある』
あのときは答えをすぐに教えてもらえなかったが、話とは一体何なのだろうか。
内心、首を傾げているミレルカの傍で、大人たちは言葉を交わしている。
「さて……ベルムシオンさん。真剣なお話をしたそうな空気を感じましたけれど……何か私にご用がおありでしょうか?」
セシリアがいつもの席に座り、ベルムシオンへ問いかける。
ベルムシオンも再び椅子に座ると、セシリアが用意してくれた紅茶を一口、口に運んだ。
すっきりとした香りと、舌の上に広がる心地よい渋みを満喫する。飲みやすいその味を楽しんだのち、ベルムシオンはゆっくりと唇を動かした。
彼の表情に浮かぶのは穏やかな微笑みと、わずかな感嘆だ。
「ああ。ミレルカ嬢もいる場で、セシリアさんと少し話をしたいと思っていた。直接口に出していなかったのに、よくわかったな」
そういったベルムシオンへ、セシリアも穏やかに笑って返す。
「これでも人の様子を観察するのは得意なの。孤児院には子供たちを引き取りたいっていう人たちも多く来るけど、やってくる全ての人が善良な人だとは限らないもの」
「なるほど。孤児院という場所だからこそ、鍛えられた観察眼というわけか」
どこか納得したような声色で呟いたのち、ベルムシオンは手に持っていたカップをソーサーの上に戻した。
かちゃん。陶器と陶器が触れ合う高い音が場の空気を震わせる。
たったそれだけの音が、今この場を満たす空気を真剣なものへと一瞬で切り替えた。
「セシリア・ロザヴェニカさん」
ベルムシオンが改まった様子でセシリアの名を呼ぶ。
そして、ミレルカが密かにずっと気にしていたことへの答えを口にした。
「本人の同意があることが前提になるが。ミレルカ・ジェラルペトル嬢を引き取りたい」
ベルムシオンの唇から紡がれた言葉に、ミレルカもセシリアも大きく目を見開いた。
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