7-2 転生幼女の新たな門出

 ベルムシオンの手当てを終え、彼とともに部屋を出る。

 離れていたのは一日の間だけだが、過ごし慣れた自宅といえる施設にとても久しぶりに帰ってきたように感じられる。きっと、それだけ今回経験した冒険が濃密な時間だったのだろう。


 二人で並んで廊下を歩き、施設の中を進んでいく。

 ここで過ごしている子供たちはもうすでに起きているのだろう、廊下を歩くだけでもあちこちから元気よく遊び回る声が聞こえてきた。


「ここの子供たちは、皆健やかに過ごしているのだな」


 すぐ傍にいるベルムシオンが呟く。

 彼の声に反応して見上げると、柔らかな表情をしているベルムシオンの姿が視界に入った。

 ベルムシオンの表情につられ、ミレルカも緩い笑みを浮かべる。


「セシリア先生が愛情をたくさんくれてるから、みんな元気に過ごせてるんです」

「……良い方なのだな、セシリアさんは」

「はい。血の繋がりはありませんけど……でも、自慢のお母さんなんです」


 ちょっとだけ胸を張り、ミレルカは自慢げな表情でそういった。

 実際、セシリアは自慢の母親だ。血の繋がりはない、実の母親ではない――けれど、ミレルカをはじめとした孤児たちに愛情を注ぎ、実の子供のように接してくれる。

 そんなセシリアだからこそ、ミレルカもあのとき探しに行きたいと思ったのだ。


「ここに来たばかりのときは元気がなかった子も、セシリア先生と過ごすうちにどんどん元気になっていくんですよ。多分、実際に接したらどれくらい元気いっぱいなのかわかるかと――」


 ミレルカがそう言葉を重ねた頃、二人の足が子供部屋の前を通る。

 瞬間、ミレルカの声に反応し、中で遊んでいた子供たちが元気よく顔を出した。


「あ、ミレルカ姉ちゃん!」

「ミレルカ姉起きた!」

「ミレルカお姉ちゃん、具合はもう大丈夫?」

「お客さんも一緒だー! こんにちは!」


 最初にミレルカの声に反応して顔を見せたのがアリスとアラン。続いてアリュも顔を出し、最後にベルムシオンにも声をかけたのがヤツェク。他の子供たちも四人があげた声に反応し、わらわら姿を見せた。

 一気に声をかけてくる子供たちに戸惑うベルムシオンとは反対に、ミレルカは慣れた様子で幼い彼ら、彼女らの声を受け止め、こちらに飛びついてくる子は優しく抱きとめる。


「おはよう、みんな。私の具合はもう大丈夫だから安心して。まだあんまり無理はできないけど」

「じゃあ、一緒に遊ぶのはまだ駄目?」

「それくらいなら大丈夫だと思うけど……あんまり激しい遊びは駄目かも。静かな遊びなら大丈夫だと思うよ」


 そういいながら、ミレルカはちらりとベルムシオンを見上げる。

 すると、ミレルカが何をいいたいのか即座に理解したのだろう。ベルムシオンが表情を緩め、小さく頷いた。

 ミレルカも同様に表情を緩めて頷き返してから、己に飛びついてきた子供たちを見る。


「ベルムシオンさんも大丈夫っていってくれたから。またあとで一緒に遊ぼうね」

「やったー!」

「ミレルカ姉ちゃん、ありがとー!」

「お客さんも、いいよっていってくれてありがとう!」


 ミレルカの返事を聞いたアリスとヤツェクが無邪気に喜び、アランがベルムシオンを見上げて感謝の言葉を口にする。

 自身にかけられた声に反応し、ベルムシオンはアランのほうを見ると、己よりもずっと幼い彼の頭に触れて優しく撫でた。


「気にしなくていい。ミレルカ嬢と一緒に遊ぶときは、彼女の体調に十分注意してくれ。ミレルカ嬢には昨日、少し無理をさせてしまったんだ。少しでも体調が悪そうな様子があれば、そのときはすぐに休ませてほしい」

「はーい、わかった!」

「良い返事だ」


 ベルムシオンがますます表情を和らげ、もう一度アランの頭を撫でる。

 ささやかな冒険をしている間もベルムシオンのさまざまな表情を見てきたが、状況が状況だったため、真剣な表情を目にすることが多かった。

 そのためか、こんなにも柔らかい表情もできるのか――と、ミレルカは少しだけ目を丸くした。


「声をかけてくれたところ申し訳ないが、僕はミレルカ嬢とセシリアさんに少々話がある。少し待っていてくれないか?」

「わかった! ミレルカ姉ちゃん、お客さん、またあとでねー!」


 元気よく片手をあげてアランが返事をし、アリスやヤツェク、アリュをはじめとした子供たちに軽く声をかけた。

 アランの声に反応し、子供たちはぶんぶんと手を振ったあと、直前まで楽しんでいた遊びに戻っていった。

 数多くのおもちゃや子供向けの絵本で満たされた部屋の中で、わいわいと遊ぶ子供たちの様子を眺めながらベルムシオンが口を開く。


「本当に元気がいいな、ここの子供たちは」

「ふふふ。でしょう? みんな元気いっぱいでいい子たちなんです」


 ミレルカは少しだけ胸を張り、自慢げな声色でそういった。

 その後、ベルムシオンを真っ直ぐに見上げ、わずかに首を傾げる。


「ところで……ベルムシオンさん。さっき、私とセシリア先生にお話っていってましたけど……なんですか?」


 ミレルカのみに話であれば、なんとなく予想ができる。

 なんせ、ミレルカは今回の冒険でなかなかに無茶をした。後々でヴェルトールから説教をされるのは確定している。冒険をともにしたベルムシオンからも、無茶をしたことについて説教なり注意なりされてもおかしくはない。


 だが、ミレルカ一人だけでなく、セシリアにも話となると、一体どのような話なのかあまり想像ができない。

 不思議そうな顔と声で問いかけたミレルカに対し、ベルムシオンは気にするなといいたげに首を左右に緩く振った。


「何、少しな。詳しくはセシリアさんを見つけてからにさせてくれ」


 そういわれてしまうと、それ以上追求しにくくなってしまう。

 少しばかり首を傾げつつも、ミレルカは小さく頷いた。 

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