6-7 繋ぐ絆と紡がれる願い
下準備を進めながら言葉を交わしているうちに、コッパー鍋の底からは細かい泡が溢れ、水面に向かって立ち上っている。すっかり水から湯へ姿を変えており、いつでも調合に移れる段階に入っていた。
大きく深呼吸をし、肺の中にあった淀んだ空気を吐き出し、新鮮な空気をめいっぱい吸い込む。それだけで少しだけ、ほんの少しだけ体調がよくなった気がした。
(よし)
脳内に綴られたレシピに従い、ミレルカが最初に手にとったのはフルゥミントの葉だ。
下準備の段階で細かく刻まれたフルゥミントの葉を湯の中に入れ、葉からにじみ出るエキスを抽出する。
同様に細かく刻んだハイデヒースの実も入れると、フルゥミントの爽やかな香りの中にハイデヒースが持つ甘やかな香りが加わり、鍋の近くにいるミレルカとベルムシオンの鼻をくすぐった。
丁寧に、ゆっくりと鍋の中身をかき混ぜたあと、ミレルカの手がついに提供してもらった素材へ伸びた。
(ここからだ)
気をつけなくてはならないのは、ここからだ。
もう一度深呼吸をしたミレルカの指先がメロウの鱗に触れ、光の加減によって虹色に輝いて見えるそれをつまみ上げた。一枚、二枚とコッパー鍋の中へ放り込み、右回りで三回かき混ぜる。
次に選んだのは、適度な大きさに切り刻まれたマズニの根。片手でわし掴むようにして刻まれた根を手に取り、さまざまな素材が煮える鍋の中へ投入した。
鍋の中で煮える湯は、素材を入れるたびに変化する。
フルゥミントの葉を投入した際は薄金色に彩られ、ハイデヒースの実が投入された際は透き通った海を思わせる青色になる。かと思えた、メロウの鱗が入った瞬間には美しく濃い黄金色へ移り変わった。さらにマズニの根が加えられれば、今度は雪のような白色へと表情を変える。
見る者によってはこれで本当に大丈夫なのか、不安になってきそうな色の変化。
だが、これでちゃんと合っているのだと、ディオサの涙についての知識を持つミレルカは理解している。
マズニの根を加えたあとはかき混ぜず、すかさず最後の素材であるセヘル草の花びらを鍋の中へ放り込んだ。
薄い桃色を帯びた花びらが鍋の中で煮える魔法薬に触れた瞬間、魔法薬全体の色が薄く虹色を帯びた透明な液体に姿を変えた。
「ベルムシオンさん!」
魔法薬が変化した瞬間、ミレルカがベルムシオンの名前を呼ぶ。
傍で待機していたベルムシオンがすかさず呼び声に反応し、鍋の上に手をかざした。
その姿勢を維持したまま、ベルムシオンは薄く唇を開き、細く息を吐いて深呼吸をする。自身の中に巡る力へと意識を向け、蛇口から水が滴り落ちるように、手のひらから透明な力が鍋の中へと注ぎ入れられる様子をイメージした。
ベルムシオンが意識を集中させてからわずかな時間が経つと、鍋の中で煮込まれる魔法薬が帯びている虹色の光が強まった。
無事に魔力が注ぎ入れられている――そのことに安堵しつつ、ミレルカは急いで魔法薬をかき混ぜはじめた。
(絶対に、失敗はできない)
素材を提供してくれた行商人風の男のためにも。
今も心配そうな視線を送ってきているであろうセシリアのためにも。
傷を負い、セシリアとともに危険な森の中に身を潜めていた人たちのためにも。
そして、手伝いをしてくれているベルムシオンのためにも。
失敗せず、一発でディオサの涙を完成させなくてはならない。
緊張で早鐘を打つ心臓を落ち着かせながら、ミレルカは黙ってスプーンを使って鍋の中で煮込まれる魔法薬をかき混ぜ続けた。
右へ五回。左へ三回。さらに右へ六回。左へ五回――頭の中にあるレシピを何度も参照しながら、慎重にかき混ぜていく。
やがて、鍋の中で煮える魔法薬からキラキラとした光を帯びた蒸気が吐き出され、爽やかさとほのかな甘さを感じさせる特徴的な香りがミレルカとベルムシオンの鼻をくすぐった。
「……できた」
コッパー鍋の中で揺れる、虹色を帯びた美しい液体。
ミレルカになる前にゲーム画面ごしで目にした魔法薬が今、目の前にある。
作り上げられるという自信はあった。だが、失敗したら――という不安があったのもまた事実だ。
ベルムシオンの手を借りながら、高難易度の魔法薬を完成させることができたという現実をじわじわと飲み込む中で、ミレルカの胸に強い歓喜が生まれた。
「できた!」
せり上がってくる歓喜に従い、ミレルカが大きな声をあげる。
瞬間、その場でミレルカとベルムシオンの様子を伺っていた全員の顔に驚愕と歓喜の色が浮かんだ。
わっと一斉に声があがり、傍で人間たちの様子を眺めていたファーヴニルもそちらへ視線を向ける。
「すごい、本当に作れるなんて……!」
「いやはや……これは驚いたな。かなりの才能があるお嬢さんだ」
セシリアが感極まった声で呟き、行商人風の男も目を丸くしてそういった。
二人に対してピースサインをして得意げに笑ったのち、ミレルカは再び手元にある玉音のブレスレットへ視線を落とした。
まだ通信は繋がっているようで、ブレスレットに使われている玉音石が薄く光っている。少しだけほっとしつつ、ブレスレットへ向かって唇を開いた。
「ヴェル兄、まだ聞こえてる?」
ミレルカの呼びかけに対し、ヴェルトールの声がすぐに返ってくる。
『ああ、聞こえてる。……お前、本当に作ったのか? ディオサの涙を?』
通信をつけっぱなしにしていたため、ミレルカが何をしたのか、何を作り上げたのか、ヴェルトールにも聞こえていたらしい。
こちらへ呼びかけてくるヴェルトールの声にも驚愕の色が含まれており、得意げな気持ちがミレルカの中で生まれた。
「ベルムシオンさんの手も借りたけど、ちゃんと作ったよ。行商人の人が材料を持ってたから、譲ってもらって、それで作った」
『マジか……。ミレルカお前、とんでもないな……』
「協力してくれたみんなのおかげ。それで、ヴェル兄。ディオサの涙があれば、みんなをフルーメの街に運べるよね?」
得意げな気持ちを一旦抑え、ヴェルトールへ確認をとる。
ヴェルトールも錬金術師の一人だ。ディオサの涙がどのような効能がある魔法薬なのかは、彼もよくわかっているはず。
通信の向こう側でヴェルトールが少しだけ笑ったあと、言葉を返す。
『わざわざ聞かなくても、ミレルカなら予想できてるんじゃないか?』
――つまりは、イエスだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます