6-6 繋ぐ絆と紡がれる願い
ミレルカが脳内のレシピから引っ張り出したのは、ディオサの涙という魔法薬だ。
金剛級に分類される魔法薬の一つで、数ある魔法薬の中でも最高級品とされている。使われる素材も最高級品なだけあって、入手が難しい希少なものばかりだ。
フルゥミントの葉。ハイデヒースの実。セヘル草の花びら。メロウの鱗。そして、マズニの根。これらの素材を調合用の鍋の中でじっくり煮込み、濾過して溶け残った素材を取り除いて完成となる。
これだけなら簡単そうに思えるが、ディオサの涙は煮込む過程が少々面倒という特徴がある。決まった方向に決まった回数だけかき混ぜ、一定の量を保ちながら魔力を注ぎ込んで、はじめて完成となる。少しでも手順を間違えれば全てが駄目になってしまうため、金剛級に分類されている。
素材を集めるためにお金がかかるうえに、調合する際に手間もかかる。
だが、効果は非常に高く、少量口にするだけで魔力を大幅に高めることができる――最高級品に恥じない効果を持つのが、ディオサの涙だ。
「ベルムシオンさん。私はこれから、ディオサの涙を作ろうとしています」
コッパー鍋へ水を注ぎ入れ、バーナースタンドの下で勢いを失いかけていた焚き火へ燃料となる小枝や葉っぱなどを入れていく。
焚き火が再度勢いを取り戻すと、バーナースタンドの上にコッパー鍋を置いた。
続いて、下準備が必要な素材に刃を入れ、下準備を進めていく。
迷いのないミレルカの手付きを眺めていたベルムシオンだったが、ミレルカの唇から紡がれた魔法薬の名前に思わず目を見開いた。
「ディオサの涙……まさか、作れるのか?」
「作れます。レシピもしっかり頭に入ってますから」
手は止めずに、ミレルカは大きく頷いた。
レシピも必要な素材も、確実に守らなければならない手順も、全て頭に入っている。
入っているのだが――体調不良を抱えている状態で、しっかりと作り上げられるかどうかとなると少々怪しくなってくるのも事実だ。
「……でも、少し不安なところもあるので。ベルムシオンさん、少しお手伝いをお願いしてもいいですか?」
特にミレルカが心配しているのが、魔力を注ぎ込む過程だ。
ミレルカが今感じているのは、主に体内にある魔力の量が減ってきた際にみられる症状だ。
まだ幼いミレルカが体内に蓄えられる魔力の量は少なく、自然と回復する量もまだ少ない。今の状態では、ディオサの涙を完成させるために十分な量の魔力を確保できないおそれがある。
だからこそ、ベルムシオンの手を借りたかった。
ともに森の中を進み、ファーヴニルという危険性の高い相手とやりあった信頼できる相棒である彼に助力を願いたかった。
危険に満ち溢れた森という場所で、ミレルカがもっとも信頼できるのは――セシリアではなく、ともに危険を乗り越えてきたベルムシオンだ。
「……僕が手伝いを?」
ぽかんとした顔を見せたベルムシオンへ頷き、ミレルカは言葉を発する。
「ディオサの涙を作る工程の一つに、魔力を一定の量で注ぐというものがあります。ですけど、今の私だと注ぎ込む魔力が途中で不足してしまう可能性があるので……」
「その工程の手伝いを僕がする、というわけか」
ゆっくりとした動作で頷き、ミレルカはベルムシオンの言葉を肯定した。
「ベルムシオンさん、ファーヴニルの注意をひきつけてくれてたとき、多分ですけど……魔法、使ってましたよね?」
ミレルカの呼びかけに反応してこちらへ向かってきたとき、ベルムシオンの動きは普通の人間が出せる速度ではなかった。
改めて、あのときのベルムシオンの姿を思い浮かべながら問いかける。
ミレルカからの問いかけに対し、ベルムシオンは静かに頷いた。
「これでも魔法は得意だ。ミレルカ嬢の指摘どおり、あのときも魔法を使って一時的に速度をあげていた。故に、魔力を注ぎ入れる作業も問題なくできると思う」
「なら、よかった」
もしベルムシオンに断られていたら、倒れることを前提に作業を進めなくてはならなくなるところだった。
内心ほっとし、ミレルカの顔にほっとしたような笑顔が浮かぶ。
「こう……蛇口で水を細く出すくらいの量で、注ぎ入れるんです。その工程に入ったらお伝えしますので……お願いします」
そういって、ミレルカは素材の下準備を進める手を一度止めた。
ベルムシオンの顔をしっかりと見つめたのち、丁寧に頭を下げ、改めてお願いする。
自身よりも幼く小さな少女が頭を下げている。相棒ともいえる少女が自分に対して頼み事をしている――その現実を静かに見つめたのち、ベルムシオンは彼女の頭に手を乗せた。
頭に触れた大きな手の温度に反応し、ミレルカが思わず頭をあげる。
「拝命した。その作業が必要になったら遠慮せずに呼んでくれ。大切な相棒の頼みだ、見事にこなしてみせよう」
落ち着いた声がミレルカの鼓膜を震わせる。
ベルムシオンの唇から紡がれた声は、度重なる無茶で少々弱っているミレルカの心を優しく支えてくれた。
自分一人ではない。ここまでともに歩いてくれた存在がいる。
誰かが傍にいてくれているという現実は、弱ったミレルカへ新たな活力を注いだ。
「ありがとうございます、ベルムシオンさん。……本当に、ベルムシオンさんがいてくれてよかった」
「それはこちらのセリフだ、ミレルカ嬢。ミレルカ嬢が助け、支えてくれたおかげで僕は今ここにいる」
だから、今度は僕がミレルカ嬢を支える番だ。
当然だといいたげな表情と声色で付け加え、ベルムシオンは再度ミレルカの頭を撫でた。
大きな手のひらから伝わってくる温度に少しだけ意識を向けたのち、ミレルカもベルムシオンの頭へ手を伸ばす。
だが、小柄なミレルカの身体では彼の頭に触れることができず、指先でベルムシオンの頬を軽く撫でる程度の接触で終わった。
「……頼りにしてますからね」
青白さのある顔で、わずかに微笑みを浮かべたあと、ミレルカはベルムシオンの姿から視線を外した。
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