6-5 繋ぐ絆と紡がれる願い

「おそらく、おじさまと私は同じレシピを思い浮かべていると思います。私には、そのレシピの調合を成功させる自信があります」


 そっと、自身の胸に手を当てる。


「私は安息の篝火を完成させられる。そのための技術も知識もある。これは胸を張って宣言できる」


 つまり、今、互いに思い浮かべているものを作るためにもっとも必要な材料――作り手の技術と知識も足りているのだと主張する。

 己の中に宿る知識を大々的に使うのは今まで避けていた。大々的に知識を披露するよりも、この知識と技術で家族をそっと支えていけたらそれでよかった。

 だが、今はもう、そんなことをいってもったいぶっている場合ではない。


「私はミレルカ・ジェラルペトル。資格はもっていないけれど、フルーメの街一番の錬金術師だろうという自信があります。どうか私を信じてください、おじさま」


 言葉を紡ぐミレルカの胸で、ローブの留め具に使われた魔法石が透明な輝きを放った。

 それを目にした行商人風の男が一瞬目を見開き、すぐに何やら考え込んだのち、傍に控えていた青年へと視線を向けた。


「持ってきてくれ」

「……いいんですか? 旦那様」


 行商人風の男が発した一言を耳にし、青年が目を丸くする。

 彼らからすればミレルカは幼い少女だ。腕が良いというのも完全な自称。錬金術師を名乗っていても、資格がない時点で信用度は大いに下がる。彼らからすれば、ミレルカは信用できない小娘だ。


 まさか、行商人たる男が信用できない相手に貴重な商品を渡すという選択をするとは思わなかったのだろう。

 物言いたげな顔をする青年へ、行商人風の男は返す。


「構わない。――賭けだ、このお嬢さんを信じてみよう」

「……わかりました」


 わずかな空白のあと、青年は自分たちが隠れていた木陰へと向かっていった。

 数分というわずかな時間のあと、ミレルカたちのところへ戻ってきた青年の手には、一つの木箱があった。

 青年の手によって、木箱がミレルカの足元へ置かれる。


「この中にさっきいってた材料があるから」

「ありがとうございます。おじさま、お兄さん」


 素材を提供するという決断をしてくれた二人へ、深々と頭を下げてお辞儀をする。

 その後、木箱の蓋を開け、ミレルカは木箱の中に入っていた素材を早速手にとった。

 セヘル草の花びらにメロウの鱗、マズニの根。そして、先ほどベルムシオンが採取してきてくれた素材の残り。それらを組み合わせれば、この窮地を脱することができる。


 体調不良を訴える身体を叱咤し、再度コッパー鍋とバーナースタンドと向き合う。

 急いで調合の準備を始めるミレルカだったが、その背中にそっとベルムシオンの手が触れた。


「……ミレルカ嬢。大丈夫か?」


 そ、と。静かな声でベルムシオンが問いかけてくる。

 他の人たちには聞こえないよう、気を使った声量での声は、ミレルカの鼓膜を優しく揺らした。


「今の時点でも、かなり無理をしているだろう」


 は、とミレルカの目が見開かれる。

 弾かれたような動きでベルムシオンを見上げ、なんとかごまかそうと口を開く。

 だが、こちらを真っ直ぐ見下ろすベルムシオンの瞳を前にすると何もいえなくなり、開いた唇をそっと閉じ、苦笑いを浮かべた。


「……気付いてました?」

「他の人たちはまだ気付いていなさそうだが」


 声量を変えずに前置きをし、ベルムシオンが答える。


「先ほどから具合が悪そうだとは思っていた。……ミレルカ嬢にしかできないことだとわかってはいるが、本当に大丈夫か?」


 ミレルカに向けられる目や声は、どこまでもミレルカのことを心配している。

 相棒に余計な心配をかけてしまっていると思うと、申し訳なさがじわじわとミレルカの中に湧き上がってくる。

 だが、今は無理をしてでも動かないといけない場面だとも、ミレルカは考えている。


 ヴェルトールに迎えに来てもらうための条件を達成に導けるのは、ミレルカ一人だけなのだから。


「大丈夫です、心配させてしまってすみません」


 嘘だ。頭はぐらぐらしているし、油断すると足がふらつきそうになる。身体全体もひどく重たく、横になって休みたいくらいだ。

 けれど、今はそれをやっている余裕は一切ない。


「だから、心配しないでください」


 そういって、ミレルカは少し青い顔でふにゃりと笑った。

 説得力など皆無に近いが、まだ休むという選択肢を選ぶわけにはいかない。自分一人しかなんとかできる人がいないのなら、もう一踏ん張りするまでだ。

 しばしの間、無言でベルムシオンがミレルカを見つめる。

 やがて小さく息を吐きだすと、ベルムシオンの手がミレルカの頭に触れ、わしゃわしゃと小さな頭を撫で回した。


「……全てが終わったらしっかり休むように。いいな?」

「はい。……ごめんなさい、我が侭をいって」


 頭を撫でる大きな手は、ミレルカの体調を気遣ってか、できるだけ頭が揺れないように注意してくれている。

 ベルムシオンの気遣いに内心感謝しつつ、ミレルカは再度コッパー鍋へ視線を落とした。


「いいや。むしろ、多大な負担をミレルカ嬢にかけてしまって申し訳ない」


 苦笑いを浮かべて呟かれたベルムシオンの声は、ミレルカの耳にだけ届いて消えていった。

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