6-4 繋ぐ絆と紡がれる願い

 ミレルカの手の中で、玉音石が薄く光を放つ。

 一回、二回、三回。一定のリズムで、玉音石が点滅して対となるものを持つ相手からの応答を待つ。


『――ミレルカ?』


 やがて、ミレルカの鼓膜を震わせた声。

 たった数分しか待っていない、けれど何時間も待っていたような感覚。待った末に聞こえた声に、知らず知らずのうちに俯いていた顔が素早く上がった。


「ヴェル兄!」


 応じてくれた相手の名前を大きな声で呼び、すぐに慌てたように周囲へ視線を向ける。

 自身の喉から出た大声に反応して魔獣が近くまで寄ってきていたら――そんな恐ろしい想像が頭をよぎったからだ。


 だが、ミレルカたちの周囲に魔獣の姿は見えず、気配もしない。

 ちらりと傍にいるベルムシオンを見上げると、彼もまた静かに頷き、魔獣が寄ってきていないことを肯定した。

 内心ほっとしつつ、ミレルカは改めて玉音のブレスレットで繋がった相手へと声をかける。


「ヴェル兄、聞こえる?」

『ああ、聞こえてる。……びっくりした、念の為にと思って持ってて正解だったな』


 返ってくるヴェルトールの声には、確かに驚いたような色が含まれていた。

 ああ、よかった。彼も彼でもしものときのことを考え、玉音のブレスレットを持ってくれていた。

 じわじわと胸に広がる安堵と感謝の思いを感じながら、ミレルカが言葉を続ける。


「よかった、ヴェル兄もこれ、持っててくれてて……」

『それはこっちのセリフだっての』


 柔らかい声色で一言返してから、ヴェルトールは言葉を重ねた。


『で、ミレルカ。俺に連絡してくるってことは、何かあったのか』


 一転し、真剣な声での言葉。

 ヴェルトールが発した声に反応し、ミレルカの背筋が自然と伸びた。


「うん。あのね、セシリア先生たちを見つけたんだけど」

『ッ本当か!?』

「本当。でも、セシリア先生が一緒にいる人たちの中に怪我してる人がいて……ヴェル兄、転移魔法で一気に町まで移動できない? 難しいこと、お願いしてるとはわかってるんだけど……」


 言葉を紡ぎながら、ミレルカの眉間にシワが寄っていく。

 ヴェルトールが平然と使ってみせる転移魔法だが、数ある魔法のうち、高度なものの一つだ。

 ベルムシオンを発見したときは何事もなく発動することができたが、今回は人数が多い。場合によっては、上手く転移させることができないかもしれない。


 だが、今。この状況で頼れるのは、ヴェルトールだけだ。


『……人数にもよるが。正直、三人以上はちょっと厳しくなってくると思う』


 やはり、厳しいか――。

 顔をしかめたミレルカだったが、続いたヴェルトールの言葉を聞いた瞬間、その表情は消え去ることになる。


『魔力を一時的に増幅させることができたら、なんとかなるかもしれないが……』

「……魔力を、一時的に」


 はつり。呟くように、ヴェルトールが発した言葉を復唱した。

 ミレルカの脳内にある錬金術のレシピ本のページが高速でめくられていく。

 今のままでは不可能に近い。だが、ヴェルトールの魔力を増幅させることができれば可能になる。


 ――ならば。可能になるようにするのが、ミレルカの仕事だ。


「ヴェル兄。魔力を一時的に増幅できたら、三人以上の転移ができるんだよね?」


 先ほどまでとは異なる、わずかな力強さを含んだ声で問いかける。

 ミレルカの声色の変化を敏感に感じ取り、傍にいるベルムシオンが眉間にシワを寄せた。


『まあ、魔力を増幅することができたらだけどな』

「わかった」


 一言返事をし、ミレルカは玉音のブレスレットから顔をあげた。

 凛と背筋を伸ばして見つめる先は、セシリアと一緒にいた行商人風の男だ。


「おじさま。馬車の積み荷は無事ですか?」

「え? ああ、まあ……。全部とはいえないが、ある程度は無事だ」


 男の返事を聞いたミレルカが一つ頷く。


「なら、おじさま。その中にセヘル草の花びらとメロウの鱗、マズニの根はありますか?」


 脳内でめくられていたページが、ぴたりと動きを止めた。

 行商人風の男はミレルカが口にした素材の名前から何をしようとしているのか気付いたのか、大きく目を見開いた。


「……ある。質の良いものをいくつか仕入れられたから、フルーメの街にも持っていこうと思っていたところだったからね。しかし……お嬢ちゃん、君の腕は確かなのかい?」


 そういった行商人風の男は、少々訝しげな顔をしていた。

 彼は商人だ。ミレルカが彼に対して要求していることは、商品を使わせてくれという頼みだ。できるなら商品を無駄にしたくはないというのが、おそらく彼の本音だろう。

 ミレルカが作ろうとしているものは、熟練の錬金術師でも失敗する可能性がある魔法道具――安息の篝火と同じ難易度の道具だ。丁寧に作ったとしても材料を無駄にしてしまう可能性は常に付きまとう。


 この場にいるのが、一般的な錬金術師であれば。


「あら。おじさまは私の腕を信用してくれていないのでしょうか」


 ことり、首を傾げてミレルカは自信のある笑みを浮かべる。


 今、この場にいるのは誰よりも多くの知識を持った――小さな金剛級の錬金術師だ。

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