4-5 破裂音で彩る第一歩

 焚き火の傍で身体を休めたのち、二人並んで再び森の中を歩く。

 つい先ほどまでいた川の傍には、誰かがいた痕跡がはっきりと残されていた。

 しかし、川の傍を離れてからは誰かが残したと思われる痕跡はどこにも見当たらない。地面に足跡の一つや二つ残されてないか目をこらしてみたが、他の生き物たちの痕跡にかき消されている。


「……ここからは捜索も難航しそうだな」


 はつり、とベルムシオンが小さく呟く。

 彼もミレルカと同じことを考えていたようで、少々険しい顔をしていた。


「そうですね……むしろ、ここまで痕跡をたどってこれたのが奇跡だったのかも」


 彼の言葉に同意しながら、ミレルカは布鞄へと手を伸ばした。

 残された痕跡を追うのが難しいのなら、ここからは道具に頼って捜索を進めるのが一番だ。


「なので、ここからはこれを使って探しましょう」


 しゃらん。

 布鞄から抜かれたミレルカの手がベルムシオンへ向く。

 握り込んだ手をわずかに緩めれば、重力に従って手の中にある魔法石の破片が落下する。チェーンで繋がれたそれは地面に落ちることなく宙で静止し、チェーンがわずかに音をたてた。

 ミレルカが取り出したものを目にした瞬間、ベルムシオンの目が大きく見開かれた。


「ミレルカ嬢、それは……探査のペンデュラムか?」

「はい。私が作ったものだから、ちゃんとした錬金術師の人たちが作るものよりは性能が落ちると思うけど……役に立つと思うから」


 確認するようなベルムシオンの声に、一つ頷く。

 ベルムシオンは少しの間、信じられないものを見るような目でミレルカを見つめていたが、やがて探査のペンデュラムに手を伸ばした。

 振り子の部分にあたる魔法石の破片をじっくりと観察したのち、小さく呟く。


「……いや、見たところ……実によくできている。紅玉級の錬金術師たちが作るものと比較しても、性能が劣ることはないだろう。……驚いたな、こんなものまで作れるとは……」

「褒めすぎっていう気もするけど……でも、ありがとうございます。錬金術の本は昔からたくさん読んでたから、ちょっと自信あるんです」


 実際は、それだけではないけれど。

 ちょっとだけ自慢げに胸を張り、ミレルカは得意げな顔をしてみせる。

 ベルムシオンは、そんなミレルカの様子をどこか微笑ましそうに眺めたのち、探査のペンデュラムからゆっくりと手を離した。

 大きな手がペンデュラムから完全に離れたタイミングで、ミレルカは息を吸い込んだ。


「ルテラ、ルテラ。セシリア先生はこの森の中にいる?」


 口にするのは、探査のペンデュラムを起動させるための言葉。

 一言、二言で済む短い呪文に反応し、魔法石の破片の中に光が灯る。空気中に存在する魔力の中から、ミレルカが指定した人物の魔力を拾い上げ、光へと変えていく。

 次の瞬間、魔法石の破片の中で揺れていた光が一瞬弾け、白く強い光を放った。


「!」


 光が弾けたのは、ほんの一瞬。

 とっさに目を伏せて光を遮断し、また瞼を持ち上げる頃には、白い光は少しずつ弱まっていった。

 本当に一瞬の反応だったが、その光はミレルカとベルムシオンに確信を与えた。


「……探査のペンデュラムが一瞬だが強く反応した。それも、なかなかにはっきりとした反応だった」


 探査のペンデュラムは、探している対象の魔力を吸収して光を放つ。使用者は、その光の強さから探している対象が近くにあるのか否かを判断する道具だ。

 以前、ミレルカが施設の中で探査のペンデュラムを使用したときは、セシリアは近くにいなかった。故に、吸収できる魔力の量は少なく、光も弱かった。


 だが、今度は明確に強い光を放った――と、いうことは。


「この森のどこかに、セシリア先生がいる……!」

「……そういうことになるな」


 ミレルカに、ベルムシオンも深く頷く。

 来た道を一度だけ振り返り、もう一度探査のペンデュラムへ視線を向け、ミレルカは考える。


「……探査のペンデュラムは、捜索対象の魔力を吸収して反応する魔法道具です」


 ベルムシオンの視線がミレルカへ向けられる。


「ペンデュラムの魔法石が強く反応したということは、この場にセシリア先生の魔力が多く残っていたということです。でも、反応したのは一瞬だけ」

「あとは光が弱まっていった。……以上のことから推測されるのは……」


 ミレルカとベルムシオンの視線がぱちりと交わった。

 ベルムシオンの表情を見てすぐにわかった。考えていることは、同じだ。

 すぅ、と息を吸い込む音が同時に聞こえる。


「多分ですけど、この辺りを通ったのは一瞬だけだった」

「おそらくだが、この辺りを通過するだけで長時間はとどまらなかった」


 よく似た答えが重なった。

 ミレルカもベルムシオンも、探査のペンデュラムから得られた情報をもとに予想したのは同じ内容だ。


 魔力は、何もしていないときでも少しずつ体外へ放出されている。

 探査のペンデュラムは、空気中に放出された捜索対象の魔力を吸収する性質があるため、捜索対象が近くにいれば吸収できる魔力量も増えて光が強くなる。反対に、捜索対象が近くにいなければ吸収できる魔力量も減り、光が弱くなる。


 今回の場合、探査のペンデュラムが強く反応したのは一瞬だ。故に、セシリアがこの場にいたのは間違いない。

 だが、あとは光が弱まっていったため、強く光り続けられるほどの魔力は残っていない。つまり、今はこの場にいない可能性が高い。

 二人で同じような答えを出し、ミレルカとベルムシオンはにやりと笑う。


「やはり、ミレルカ嬢は聡明だな」

「ベルムシオンさんも、さすがは歴戦の冒険者です」


 お互いを称え合う言葉を送り、くすくすと笑い合う。

 まだ知り合って日が浅い、こうして冒険に出るのも今回がはじめてだ。

 だというのに、ミレルカもベルムシオンも、互いに古くからともに行動しているパートナーのように感じた。


「さて。では、探査のペンデュラムでこのような結果が得られたわけだが。ここからどのように捜索を再開すればいいか、聡明なミレルカ嬢ならすぐにわかるな?」

「ええ。答えは、探査のペンデュラムがより強く反応する方角へ向かえばいい。セシリア先生が通過した道には、セシリア先生の魔力が多く残されている。それを辿れば、自然とセシリア先生のところに辿りつくはずです」


 ちょっとのドヤ顔とともに、自身の考えを口にする。

 得意げな顔で話す小さな錬金術師を見つめ、ベルムシオンはその小さな頭をぐしゃぐしゃ撫でた。


「正解だ。そうと決まれば、先を急ぐぞ」

「はあい!」


 元気よく返事をしたミレルカが一歩先を歩き、ベルムシオンもそれに追従する。

 魔除けの香を炊いているとはいえ、何が出てくるかわからない森の中。警戒するにこしたことはないと判断し、自身の剣に手を置いた。


 ――それにしても。


 ちらり、と。ベルムシオンは己の前を歩く少女を見やる。

 魔除けの香を自作できるのはわかる。あれは、錬金術師ではない子供でも簡単に作ることができるほどに簡単な魔法道具だ。


 だが、探査のペンデュラムはそうではない。適切な加工方法と正しいレシピ、そして十分な錬金術に関する知識がなければ作ることができない。紅玉級のレシピはいずれも癖が多く、紅玉級になったばかりの錬金術師でも製作に失敗することがある。

 それを、目の前の少女が持っている。購入したのでも誰かから借りたでもなく、作ったとそういっていた。


「……もしかしたら……」


 ぽつ、ととても小さな声がベルムシオンの唇からこぼれ落ちる。

 その呟きが聞こえたのか、前を歩くミレルカがきょとんとした顔をし、ベルムシオンへ振り返った。


「ベルムシオンさん? どうかしました?」

「いや、なんでもない。僕は問題ない。ミレルカ嬢はきちんと前を向いて歩くように。転ぶぞ」

「はあい。なんでもないなら、いいんですけど……」


 不思議そうな顔をしつつも、ミレルカが再び前を向く。


 年齢のわりに聡明で、錬金術師としての知識も十分すぎるほどにある。技術力はどこで磨いたのかはわからないが、紅玉級のレシピのものも丁寧に作り上げてみせる腕。


 ……もしかしたら。

 もしかしたら、ミレルカ・ジェラルペトルという少女はベルムシオンが思っている以上の才能を持っているのかもしれない。


 ベルムシオンが一人、静かに考える中、ミレルカの胸元で透明な魔法石が木漏れ日を反射してプリズム色に輝いた。

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